宇宙人花子(仮名)
竹神チエ
傑作じゃなくても意味はある……と思う。
仮に花子と命名するとして。
その宇宙人 花子は、二十一回目の誕生日に、両親からソロ旅行専用の宇宙船をプレゼントされた。
花子が属する宇宙人種は長命なので、二十一とてまだ子供だ。人間の感覚なら、ソロ型宇宙船は三輪車みたいなものだろう。
花子はどちらかというとインドア派で、いつもおうち時間を大切にしていたのだが、このときばかりは新しいおもちゃに興味を持った。もらったばかりの宇宙船で、さっそく宇宙旅行に出ることにしたのである。
人間の感覚なら、近所の公園に遊びに行くくらいのノリだ。
宇宙船にはボタンがみっつ付いていて、それぞれ行先が決まっていた。
花子はそのボタンのうち、いちばん近くにある星のボタンを押した。仮にその星の名を「ナンモネーヨ」とする。宇宙船はぴぴっと音を鳴らすと、スムーズに動きだした。宙に浮かぶと、一直線、ナンモネーヨ星を目指す。
ナンモネーヨ星に着くまでには、ある程度の時間がかかる。
花子は手の平サイズの機械を使って、読書を楽しむことにした。
その機械はスマホみたいなもので、小説サイトにアクセスできる。最近の花子はホラーやミステリージャンルの小説が好きだった。この日は『私と読者と仲間たち』というタイトルの新作が目に留まる。ジャンルはホラーだった。
花子は読み始めて数行で、「これは面白い」と直観でわかった。あっという間に数ページを読んでいった。
内容は、主人公のソロ青年が、まったくのフィクションで書いていたホラー小説を小説サイトに投稿している場面から始まる――その小説のタイトルも、『私と読者と仲間たち』だった。
日常をつづったエッセイ風の小説だったのだが、とある読者とのやりとりでもめ、架空の人物としてそのユーザーを断罪する内容を投稿したところ、それが現実となる。そしてなんやかやあって、読者のひとりひとりがエピソードが展開するごとに姿を消していき……というものだった。
たぶん、ラストは仲間たちと共になんとかして犠牲者を救出するのだろう。
あいにく、すべて読み終わる前に、宇宙船が目的地ナンモネーヨ星に到着した。
花子は宇宙船から降り、周囲を見回した。なんにもない原っぱだった。
花子は準備運動に二十一回屈伸をしたあと、おうち時間でなまったからだに刺激を与えようと、いっちょランニングに励むことにした。このままダラダラすごしていたら直観で健康に悪いと思っていたのだ。
スマホに似た機械を自身の頭についている収納スペース――花子は頭頂部が発達しているタイプの宇宙人だ――にしまい、周囲をながめた。なんもねえ原っぱだったが、ものすごく遠くに、なにかあった。花子は視力を調節して、そのなにかを確認した――花子は視力を調節できるタイプの宇宙人だ。
そのなにかは、なにかの尊い神さまを模した彫刻だった。尊さはなんとなく異星人にも直観で伝わるものである。花子はそれをゴールに決めた。
「※※◇〇▽~~||***+??##」
花子は気合の言葉を発すると、二十一本の足をフル稼働して走り出した。花子は二十一本の足がはえるタイプの宇宙人なのだ。
花子はゴールの彫刻に到着すると、頭からスマホ(みたいな機械)を取り出し、記念撮影をして、また宇宙船へと二十一本の足をフル稼働して戻った。おうち時間でなまっていた足も、すっかり調子を取り戻していた。
と、どういうことでしょう。なんもねえ原っぱに、二台目のソロ宇宙船が不時着した。ソロ宇宙船は大破したが、操縦者はパラシュートで脱出していたらしい。ふわんふわんと空から降りて来る。
「〇〇◇$$&==***!(あ、太郎じゃないの!)」
「‘‘}}++*””!!!!(そうだよ、花子。ぼくだ!!!!)」
翻訳すると、「ハナコオオオ」「タロオオオ」という叫びをあげながら、二匹の宇宙人は走り出した。彼らが出会った瞬間、大地がひび割れ、
――ナオキが書いた小説はここで終わっていた。
「なんやこれは。『傑作や、受賞や、ベストセラーや!』じゃなかったんか」
ナオキが「読んでくれ」と見せてきたスマホを、私は付き返した。そこには小説の執筆画面が表示してあったのだが、内容は以上のとおりである。
放課後、教室を出ようとしていた私を引き止めたナオキの顔は真剣で。まさか告白でもしてくるのかと思ったのに。まったく、私の純情を返してくれよ。
「おもろいやろ?」
「ぜんぜんやで」
「うそやんっ」
驚愕の表情に、こちらが驚愕する。
「え、なんでこれがいける思うたの?」
「傑作やん。ここからさらに物語は加速すんねん」
「いやいや。いきなり太郎出てくるとか意味不明やし。なんや不時着て。大地ひび割れてもうてからに、どうなってんねん」
「ふたりは生き別れの兄妹なんです」
「兄妹なんです、ちゃうやん。え、どういう話にしよ思っとったん?」
「ラブロマンスやんか」
「ロマンス? こっからロマンスいくつもりなん?」
「禁断の兄弟愛やん」
「ていうか、宇宙人やし」
「宇宙人でもええやん。そこが新しいやん」
新しいのだろうか。新しくても面白いとは限らないと思うのだが。
ナオキは自信満々だが、私は一番重要な点を指摘した。
「あんさ、これぜんっぜん完結してないやん」
「してへんで」
「してへんで、て。あんたはなぜそう自身満々なんでしょうね。なんで途中やめのやつ見せて、ドヤ顔しとんの、この人は」
「つづきは」ナオキは頭をトントン叩く。「このなかにあるのさ」
「あるのさ、て。なにかっこつけてあほなことをいうとんの。物語はなあ、頭のなかにあるだけじゃあかんねん。書くことでやっと物語といえんねんで。なにが傑作じゃ。未完の傑作て、貴様、文豪気取りか」
「こっからおもろなんねん。とりま反応みたかっただけやん。つめたっ。なにや、マジでカッカしとってからに。びびるわ」
逆切れしてくる相手に、こっちもキレそうになる。
「こっちは人待たせとんねん。こんなしょうもない話、見せてくんなや」
「なんやなんや! 授業も聞かんと、いっしょけんめ、書いたのにっ」
「授業は聞け、あほんだら」
「いっしょーけんめー、書いたんですぅぅぅ」
ナオキは顔を赤くして地団太を踏む。どうやら、本気で書きはしたらしい。内容はともあれ、その気概は汲んでやろう。
「わかったわかった。まあまあ、おもろいとこもあったで」
「やっぱ、おもろかったんやん」
「まあまあな。なにを書いてあるかはわかりました」
「さすがおれの彼女や」
「だれが彼女やて?」
「え、お前や」
「待て待て。幻聴が聞こえる」
「お前とおれの仲やないか。もうこれすなわち彼氏彼女でしょう」
「ちゃうわ。いうても幼なじみや」
「幼なじみいうたら、もう思春期には恋仲でしょう」
「頭沸いとんのか、自分」
「やったら、この小説が告白代わりや。花子はお前、太郎はおれや。ふたりで築こうラブロマンス」
キッモっ。あかんあかん、マジ逃げたなってきたぞ。
「花子ちゃうし、宇宙人ちゃうし、生き別れた兄妹でもないし。なんなら、誕生日的には私の方が上やで。お前、弟やん」
「弟にもなってやる。つき合おう、花子」
「誰が花子や」
あんな、と私はナオキに説明する。
「私、彼氏おるし」
「は?」
「彼氏おるし」
「御冗談を、はっはっは」
「はっはっは、いうても彼氏おるし。B組のカクタくん、私の彼氏やで」
「知らんがな」
「いうてへんしな」
ナオキはショックを受けたらしい。ひざから崩れ落ちて、皿を割る勢いで音を立てる。
「なんやそら。幼なじみ敗北説は認めへんで。カクタいうたら、ちっさ頃、将来の夢は『おまんじゅう』いうた子やんか。ケチやし、趣味は五百円玉貯金やぞ」
「酷い言いようやな。かっこええやん、カクタくん。やさしいし」
「はっ、騙されとる。騙されとるよ、この子は」
ぶつぶつ文句をたれていたナオキだが、「文豪は筆を折る」とスマホを操作し始める。
「どないした?」
「消すんや」
「そのあほ話を?」
「そーです、この傑作を消すんですわ。もう続きを書く気力をなくしたんでね。さっぱり削除いたします」
「……あかんで、ナオキ」
私はナオキに近づくと、スマホ画面を手でかざして隠した。
「それはあかん。どんな話でもゴールは決めな」
「突然どうした」
「ゴールや。完結はゴールなんや。それまで花子はいろんな経験をすることでしょう。太郎にも会う。で、そこからどうするかを、お前はちゃんと書かなあかん」
「もうええねん」
「もうええちゃう。どんなくそ話も書いた方がええ。走り出した物語はゴール目指して書かないかんねん。それが物語を生み出したもんの使命やんか!」
「花子、めっちゃええこというやん」
「花子ちゃうけど、めっちゃええこというたわ」
「おれ、書くわ」
「おう、書けやナオキ。完成したらまた見せぃ。私が読んだるからな」
ナオキは決意の満ちた顔をした。
「花子の物語、おれがきっちりゴール決めてやんで」
翌日、ナオキは小説を完成させる。
「どうや、花子」
「まあ、よう書いたんとちゃう?」
ちっとも面白くなかったけどな。
「これ、コンテストに出すつもりや」
「やめとけ、ナオキ」
「なんでや」
「なんでもや……いや、もう出したらいい。出してまえ、ナオキ!」
そして……。
「酷評の嵐やったぞ、花子」
「あれやな。場合によっちゃ、リタイアもありやったかもしれんな」
宇宙人花子(仮名) 竹神チエ @chokorabonbon
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