ゴール好きの彼女

南雲 皋

今日も彼女はゴールする

 彼女は昔から、とにかくゴールインしたがる人だった。


 ボクが彼女と出会ったのは幼稚園の頃。

 同じクラスにいた彼女は、いつも先生にゴールテープを張るようにねだっていた。

 運動会の練習が始まれば大喜びで園庭を走りまわり、かけっこでは常に一番だった。


 ボクは走るのが遅かったから、結局卒園までゴールテープを切ることはなかった。

 三年間同じクラスだった彼女は、そんなボクに何度か走るコツを伝授してくれたことがある。

 ゴールテープが切れなくても、ゴールはゴールだからと励ましてくれたこともあった。


 同じ小学校に通い始めてからも、彼女はゴールテープを切り続けた。

 幼稚園の頃よりは自由にゴールすることが出来なくなったものの、男子に混じって廊下を駆け抜けては先生に怒られていた。


 中学に上がってからは、陸上部に入ることで満足したようだった。

 スタミナが異様にあるために長距離を勧められていたが、早いスパンで何度もゴールしたい彼女は断固として短距離走者であり続けたのだった。


 その頃には、ボクは運動を諦め勉学に励んでいて、おかげでテストの点数が良くない彼女に勉強を教えることになっていた。

 家が近く、お互いの両親も仲がよかったため、彼女の母には特に喜ばれた。


 彼女がスポーツ推薦で受かった高校に、ボクも入学した。

 入試の点数が良かったらしく、特進クラスになったことを一番喜んだのは彼女だった。

 これで高校生活も安泰だと笑う彼女に、ボクは苦笑いを返した。


 その頃になると、もう自分の感情を自覚していて。

 ボクはボクの意思で彼女の隣に立っていた。

 好きな人を支えられるのは、嬉しかった。


 彼女は相変わらずゴールテープを切り続け、高校生で一番になっていた。

 世界一を目指そうと周りが動き出した時、彼女はボクに言った。



「結婚することをゴールインって言うんだって。しゅうちゃん、私とゴールインしよう」



 お付き合いというお付き合いをする間もなく、ボクらは結婚ゴールインした。

 お互いの両親はようやくくっ付いたか、みたいな顔でボクらを見てきたし、彼女がゴールテープを切ることを止めても、世間は彼女に優しかった。


 それから子供が産まれた。

 男の子と、女の子。

 二人の子供は彼女ほどゴールに執着することはなかったが、それでもゴールテープを切るのは好きなようだった。

 子供たちがゴールテープを切るのを、彼女は嬉しそうに眺めていた。

 ボクは、その全てをカメラに収める係だった。


 子供たちが大きくなり、それぞれ結婚した。

 彼女の昔の話を絡めた結婚のスピーチを、ボクは二回とも号泣して話しきれなかった。


 孫が産まれ、育っていき、その頃には彼女の体調が悪くなっていた。

 あんなに走るのが好きだった彼女が、今はもう一日のほとんどをベッドの上で過ごしている。

 ぼんやりとして記憶が無い時間も多いらしく、ふと正気に戻っては時計を見て驚いていた。



「ねぇ、しゅうちゃん。人生のゴールってさ、死ぬことだよね。わたし、生まれて初めて、ゴール、したくないや」



 彼女がそういって小さく笑うのを、ボクは泣くのを我慢しながら聞いた。

 頷いて、手を握って、大丈夫だよって言って。



「わたしが、さきにゴールしたからって、しゅうちゃんは頑張らなくていいからね。しゅうちゃんは、いつだって、一番ビリっけつなんだから」



 それが、最期の言葉だった。

 もう、彼女は最期のゴールテープを切ってしまった。


 ボクは、撮り溜めた思い出に浸りながら、同じクラスの人たちを見送り続けている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゴール好きの彼女 南雲 皋 @nagumo-satsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ