6年間耐久お弁当レース

葉月りり

第1話

 息子は私立の中高一貫校に通っていました。


 親が勧めたわけではありません。息子が自分で決めたことです。私は公立でいいと、むしろ公立に行ってほしかったんですけどね。


 公立には給食があります。給食…なんて素晴らしい制度でしょう。1日3食のうち1食をまるっきり意識から外していい、それだけで主婦のメモリ残量がずいぶん変わると思います。


 しかし、息子の通う私立校には給食はありません。カフェテリアなんてハイカラな名前の学食があるんですけど、そんなに大きくないので、いつも大混雑でなかなか利用できないようです。


 このようにして中高6年間耐久お弁当レースが始まったのですが、それも今春でゴール、終わりました。


「6年なんて甘い甘い。兄弟がいると10年だって当たり前だったりするよ」


 そうですよね。皆さん当たり前のように大変なことをこなしていて、頭が下がります。今、レース真っ最中の方、この4月から参戦する方、健闘を祈ります。


 最初は慣れないので、頑張らなくちゃと気負ってましたね。「男子のお弁当」なんて本を買ったりして。でも、お弁当の料理本っておかしいですよね。載ってる写真、あれ、絶対、フタ閉まらないと思うんですけど。


 コンビニやスーパーのお弁当、参考になりますよね。カロリーも表示されてるので、息子の年齢相応のボリュームの参考になります。


 頑張って手作りを、なんて一月も持ちませんでした。冷食、コレのおかげでなんとか6年間やり遂げられたようなものです。冷食メーカー様に感謝申し上げます。


 息子のお弁当を作るようになって、私も勤務先にお弁当を持って行くようになりました。息子と同じお弁当を同じように冷たい状態で食べる。これ、色々気付きがあってよかったです。


 粗挽きウィンナーは茹でてから焼いた方が美味しいとか、おひたしは擂り胡麻と鰹節と醤油で和えてしまった方が美味しいし水も出にくいとか。


 オムライスのチキンライスは、ご飯を炒めて作るのではなく、炊き立てのご飯に、炒めてケチャップで味付けした具を混ぜた方がご飯がパサパサにならないとか。


 お弁当は作るのも大変ですけど、お弁当箱を洗うというのがまた負担ですよね。おかずカップを使ってもプラスチックに着いた油汚れは落ちにくいです。


 お弁当箱は私が夕食の食器を洗い終わる前に出せば、私が洗ってあげるけど、そこを逃したら自分で洗うというのが、うちのルールでした。


 洗ってあげると言っているのだから、サッサと出せばいいのに。うちの息子、最高3個、自室に汚れたお弁当箱を貯め込んだことがあります。


 さすがに4個目のお弁当箱を使う気はありません。でも、私は当てつけのようにお弁当を作ります。


 私は息子の部屋からガチャガチャの空きカプセルを拾って来ました。(またなんで捨てないんだろうね)貯めてあるお弁当箱は無視です。


 カプセルをよく洗って除菌剤も使います。卵焼き、ウィンナー、唐揚げ、茹でブロッコリーをラップで包んでそれぞれ4つのカプセルに入れて、またそれをアルミホイルで包んで銀色の球にします。


 丸いおにぎりをカプセルの大きさに合わせて3つ作ってアルミホイルで包みます。これで銀の球が7つ出来ました。


 その球にそれぞれ「弁」「当」「箱」「を」「あ」「ら」「え」とマジックで書いて紙袋に入れて、「おにぎりだよ」と言って渡しました。


 その日、学校から帰った息子はすぐに貯めた弁当箱を洗っていました。


「なんか呪いのドラゴンボールとか言われてウケた」


と、言ってましたが私は知らんぷりして


「3日放置だからね。菌が繁殖してるよ。しっかり洗って!これからはちゃんと出すこと!」


 私は息子の洗ったお弁当箱にさらに熱湯をかけて消毒しました。


 息子も中学の時はよく反抗しました。憎まれ口も聞くようになって、私もつい腹が立って嫌味を言ってみたり。でも、どんなに言い合いをしてもご飯は食べさせなくてはいけません。お弁当も作らなくてはいけません。子供にご飯を食べさせることが私の存在意義、と言うと大袈裟でしょうかね。


 でも、あまりに腹が立ってお弁当で仕返しをしたことはあります。おかずをお弁当箱の底に敷いてその上にご飯、真ん中に梅干し。パッと見、日の丸弁当にしたり、同じようにおかずを隠してご飯の上にメザシとうぐいす豆、桜でんぶを乗せて、メイちゃんとさつきちゃんのお弁当にしたりして嫌がらせしてました。


 あれ? 私、結構お弁当作り、楽しんでいたのかもしれません。


 高校生になると親子喧嘩もグッと少なくなりましたが、まだまだ子供っぽいところがありますね。男の子ってこんなものなんですかね。


 この春から息子は大学生です。地元の大学なのであと4年はうちにいるでしょう。でも、4年後は分かりません。この子のご飯を作ることもあと少しかもしれません。


この間、


「お母さん、朝早くから起きて弁当作るの大変だったよね。僕が部活頑張れたのも、勉強頑張って大学合格できたのも、お母さんの弁当のおかげです。ありがとうございました……


って、言ってくれたの! もう涙出そうだったわよ」


と、近所の同級生のお母さんが涙目の笑顔で話してくれました。


 なんて素敵なゴールでしょう。羨ましい限りです。


 でも、私は期待なんてしてません。うちの息子にそんなこと言えるわけないのは私が1番良く知ってます。


 6年間、ほとんど残さずお弁当を食べてくれたこと、それだけで満足です。自分がやり切ったということにも満足しているのかもしれません。


 それに、成長した息子のこの身体。中学入学時には私より小さかったのに、こんなに大きく逞しくなってくれたことがとても嬉しいのです。


 朝昼晩、私の作ったご飯がこの身体を作ったんだと思ってはいけませんか?


 厚くなった胸は唐揚げで出来てるかもしれません。プリっとしたお尻はポテトサラダかも。伸びやかな手足は生姜焼きのような気がします。


 卒業式が済んで息子は最近ゲーム三昧ですが、今日は大学の入学の手引きなんか読んでます。


「お母さん、あのさー」


あら、話しかけてきました。


「大学ってさ、授業ごとに教室変わるじゃん」


「うん、お母さん行ったことないけど、そうなんじゃない」


「弁当、どこで食ったらいいんだろう」


「はあ?」


おわり

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