ママチャリ選手権
葵 悠静
本編
「さて!! お待たせいたしました! ママチャリ選手権夏休み一時間スペシャル! ママチャリキングVSロードバイク! 夢のエキシビジョンマッチ! ママチャリキングはロードバイクにすら勝ってしまうのか!!」
暗いスタジオから反転、ライトが入り乱れる激しい光が画面を覆い、いつもの倍は気合が入っているオープニング映像が流れる。
それは一般道をママチャリに乗った主婦が走っているただの日常風景だが、編集の力でまるで映画のワンシーンのような迫力になっている。
ママチャリ選手権とは一年前突然始まった深夜番組だ。
発達したドローンの力を使い、空撮で一般道でママチャリ同士が走っているのを勝手にレース化し、実況と解説を行っているのである。
あまりにわけのわからない番組構成により、視聴者から関心が集まりそして日常風景をレースぽく白熱した戦いを演じている風に実況する映像を見て、番組はすぐに人気となった。
番組開始から一年経った今では深夜番組では考えられない平均視聴率15パーセントを記録している。
「さて、初のエキシビジョンマッチ! 解説はおなじみ!! 陽明さんにお越しいただきました!」
「よろしくお願いします」
「陽明さん今回の戦いをどう見ますか」
「そうですね。ママチャリキングの回転力がいくら早いといっても、相手はロードバイクですからね。ママチャリにも限界はあります。そこを考えるとやはり緻密な作戦力が必要になってくるんじゃないでしょうか」
ママチャリキングは番組で一番の人気を誇る一般人。
現役高校生でママチャリで通学をしている。
一回目の通学からこれまで番組内で敗北をしたことがない。
だからママチャリキングなのだ。
その実態は毎朝遅刻ギリギリで全力でママチャリを漕いでいるだけのしがない学生だが……。エンターテイナーショーは視聴率さえ取れれば何でもいいのだ。
「そうですね! 陽明さんの口からも出てきましたが、作戦力! 今回はこれが非常に重要になってきます。双方ともに念密な作戦を頭に叩きこんでいるはずです! しかし今回はハンデとして、ママチャリキングのホームである通学路をレース会場としています。作戦力ではママチャリキングが上を行くことができるのでしょうか!」
「このコースは信号が一定間隔であるんですね」
「そうなんです! それではさっそくコースを見ていきましょう! スタートは通学路の一番最初の信号からスタートします。そしてその後二つの信号を越えた後、緩やかな上り坂が続きます。そして最後の最難関、三つの連続した信号を越えることで、学校であるゴールにつく約十五分のコースになっております」
「信号が重要なキーポイントになっていますね」
「そうですね! では説明はこのあたりにしてさっそく映像を見ていくことにしていきましょう!」
そして画面が切り替わり、ストレッチを行っているロードバイク選手とゆったりした様子で深呼吸をしているママチャリキングの姿が映し出された。
「両者ともやはり気合が入っていますね。この日は真夏日だったので暑さも尋常ではないはずです」
「人通りはどうなんですか?」
「そうですね、夏休みに入ったばっかりということで、この時間帯は人通りは普段より少なくなっているようにも感じますね。レースにはもってこいの環境です! ただ、路駐をしている車が多いようにも思いますね」
「そこも障害物として一つポイントですね」
「両者とも位置につきましたね。……おや? ママチャリキングがスタッフに何やら耳打ちしているようです。スタッフは慌ててロードバイクの選手にかけていき、耳打ちをする。えー、どうやら特別ルール、少しハンデが加えられたようです。スタートはスタッフの掛け声ではなく、ママチャリキングが動きはじめたらスタート。これで序盤のレース展開は、ママチャリキングが前に出る形となりそうです」
「でもそれだけではすぐにロードバイクに追い越されてしまうので、あまりハンデにはなりませんよ」
「そうですよね。何か作戦があるのでしょうか」
一瞬の完全なる静寂の後、ママチャリキングがペダルに足を置き、一漕ぎした。
「おっとママチャリキングが動いた! レーススタートです!!」
「いよいよ始まりましたね」
「非常に楽しみですね! ロードバイクも一瞬後にスタートを切る! 起動力は両者ともに変わらないようですね」
「これは踏み出すママチャリキングの筋力が相当あるということですね」
「さすがはママチャリキング! さっそくロードバイクを引き離すのか!? いや、やはり加速が速いロードバイクに一瞬で抜かれてしまった!」
「抜かれたのにママチャリキングにはまだ余裕がありますね」
「王者の余裕、それとも作戦通りといったところでしょうか。しかし! いえ、やはりというべきでしょうか!ロードバイク早い! 見る見るうちにママチャリキングとの差を開いていきます!」
「まだ余裕があるように見えますが、大丈夫でしょうか」
「おっとここで! ロードバイクが一つ目の信号で足止めされました! これは手痛い停止。ママチャリキングは余計な体力を消費することなく、ロードバイクに追いつきます。おっと!? ママチャリキングが信号にたどり着いた瞬間、信号が青に変わった! ママチャリキングは速度を落とすことなく、ロードバイクを抜き去る! キングは運すら味方にしてしまうのか!」
「いやー、ママチャリキングついてましたね」
「そうですね!しかしロードバイクやはり早い。一瞬キングの背中を追う形となりましたが、あっという間にママチャリを抜き去った!これは先程よりスピードが出ているのではないでしょうか? どうなんでしょう、陽明さん」
「ロードバイクにも意地がありますからね。気持ちの分、スピードに変換しているんだと思います」
「おっとロードバイク、またしても信号に引っ掛かってしまった! これにはいら立ちを隠せず、ハンドルを悔しそうに叩いています」
「ママチャリキング来ましたよ!」
「迫ってきたー! 信号は赤だというのにキングが突っ込んでくる! ものすごい勢いで迫ってくるぞ! 信号無視は失格だ! 大丈夫か!? なんということか! また、また信号が変わった! これは運命の女神が微笑んでいるのか、それともキングの作戦なのか!?」
「これも計算の一つでしょうね」
「信号が変わるタイミングを読み測るというのは恐ろしいですね。しかしこのままではまたロードバイクに抜かれて……おっと?両者互角だ! ロードバイクとママチャリが並走しています! 陽明さん、ロードバイクはどうして急にスピードが落ちたんですかね?」
「ここは緩やかな上り坂になっています。ロードバイクも登り坂は苦手です。そしてママチャリキングの回転力がここで活かされている。ママチャリは坂道でも速度を落とすことなくロードバイクに食らいつくことができているのだと思われます」
「なるほど! ここの登り坂も戦略に組み込んできた! ママチャリキング強いぞ! さてレースもいよいよ終盤にかかってきました!! 両者ともにデッドヒートのまま一つ目、二つ目の信号を越えていく! 障害物であるコーン、車をよけながらも凄まじいスピードを維持しています!!」
「素晴らしいですね。ママチャリの速度の限界を超えてますよ」
「おっとここで!! ママチャリキングのスピードが落ちた! 脚力に限界が来たか!? ここでロードバイクはチャンスとばかりにママチャリをグングン引き離します!! やはり、やはりママチャリはロードバイクには勝てない。これはそういう現実なのでしょうか……」
「最後の信号! 点滅していますよ!」
「おっとこれはロードバイク間に合うか!? ……間に合わない!! ここでスピードが途切れてしまった! ラストスパートの加速でかなり体力を消耗しているのか。息が切れているようにも見えます」
「それに比べてママチャリキングは優雅ですね」
「ママチャリキングがゆっくりと、ゆっくりと加速しながらロードバイクとの距離を縮めていきます。ロードバイクはそんなキングの様子を見ることしかできない! ママチャリキングトップスピードで赤信号に迫っていきます! もう何も心配はしておりません。彼が失格になることはありえません……変わった―!! ママチャリキングトップスピードで青になった信号を抜けていきます!」
「結局一個も信号に引っ掛からなかったですね」
「ロードバイクは驚きを隠せなかったのか、出遅れた! さらにロードバイクは体力をかなり消耗している! なんということでしょう!! ママチャリが! ロードバイク相手に! どんどん、どんどん差を開いていくぞ!」
「奇跡の瞬間ですね!」
「ゴールが近い! ロードバイクも負けじと迫ってきます!! しかしママチャリはロードバイクを引き寄せない!! ママチャリ、ロードバイクと距離を保ったまま……ゴール!!!!」
「いや素晴らしい!!」
ママチャリキングが学校の校門に飛び込んだ瞬間、司会者は大声で叫びながら、立ち上がりこぶしを高く振り上げ、解説者も同じように立ち上がり拍手を送った。
「いや!! 素晴らしい! 素晴らしすぎる! これは歴史に残るレースでしょう!」
「間違いないですね!」
「いやあ、興奮しました! それではリプレイとハイライトを見ていきましょう」
こうしてエキシビジョンマッチは見事ママチャリキングが勝利をおさめ、幕を閉じた。
ママチャリ選手権 葵 悠静 @goryu36
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます