第十六話 奇跡の母親
老人ホーム巡りをしている時に、びっくりする事があった。
あの健さんが、深谷の老人ホームでヘルパーとして働いていたのだ。まっ白髪のくたびれたおじいさんになっていて、一瞬誰だか分からなかった。人のせいにばかりして、綺麗事ばかり言って、自分というものをまったく持たないで生きてきた人の成れの果て、という感じがした。
咲さんと別れてからずっとひとりだったのか、誰と付き合ってもうまくいかなかったのか、なんとなく独りで生きている人、という感じがした。バーテンダーとしてはもうどこも雇ってくれず、ヘルパーとして再出発したのだろう。関わり合いたくないので、即座に顔を隠して退散した。健さんは私に気付かなかったようでほっとした。
また、電車の中からホームの売店で働く奈々ちゃんを見かけた事もある。年相応になっていたが、何となく主婦のパートという感じがしたので、家庭を持って幸せになれたんだろうと安心した。
ホームを歩く、かつてのお客さんを見た事もある。俯き、着古したスーツを着て、あまり颯爽としていなかったので、今は銀座で遊んでいないのかという気がした。
二十歳前後の息子とおぼしき青年と歩く望ちゃんを見かけた事もある。すっかりいいお母ちゃんになっていて、嫉妬して対抗心を燃やすまでもなかったと思った。
また、祝子が万引きをした大宮のショッピングモールでレジ係りをしていた初老の女性は、麻耶組を仕切っていた麻耶ママだった。
熊谷から帰るタクシーの女性運転手は、深雪組を率いていた深雪ママだった。
久喜のゲームセンターで警備員をしていた男性は、江里子組のボーイ長だった。
コンビニでプリンを買った時に私の顔を凝視していた女性店員は、江里子組でナンバーツーと呼ばれた京子ちゃんだった。
そして祝子が収容された少年院で配膳係りをしていた女性は、あの江里子ママだった。
もうひとつ、受付で
「そうです、山路祝子さんの面会ですね。こちらへどうぞ」
と笑顔で言ってくれたのは、十年以上行方不明だった江里子ママの娘さんだった。
本当に、いつどこで誰に出くわすか分からない。何となく、私は自分だけが落ちぶれたように思っていたが、あの頃銀座で輝いていた人たちも、銀座を離れざるを得ない人生を送っていたのだ。精一杯しがみつこうとしただろうが、それでも、どうしても、離れざるを得なかったのだろう。
バブル経済の崩壊は、私や江里子ママや、多くの人の人生を変えた。
だがもしかして「みんなのその後」を知らしめる為に、祝子はわざわざ非行を「してくれた」上に、あえて少年院へ「入ってくれた」のかも知れない。
かつて自分が
「逢いたいです、逢えますか?」
と、多くの男性を誘い出した事を思い出す。あの頃私は本当に病気だったのだろう。そして私の愛を求めて飛んできた男性たちも愛情に飢えた病人だったのだろう。彼らも今は私のように「治って」いるだろうか?
私は誠心誠意を持って接客に取り組む一面もあったが、
「逢いたいです、逢えますか?」
と半ば騙すような形で男性を呼び出す病的というか、不誠実な面もあった。どちらも間違いなく私がやった事だが、申し訳ない事をしたという思いは拭えない。
昔、本当の愛が分からないと言っていた人がいた。私も正直な所、分からなかった。今もばっちりと表現は出来ない。だが曖昧な表現で良ければこう言える。
私の愛は、信じる事。何があっても信じ続け、味方でいる事だ。
そしておそらく、母の愛は何年会えない相手でもきちんと迎える事なのだろう。もしかして、父の事も迎えてあげようと、待っていたのかも知れない。たくさん男性は変えたが、決して同棲はしないでいてくれた。そして男性が帰った後、必ず物憂げな顔をしていた。
父を思っていたのだろうか。
母の純潔さを感じる。
母と縁があったのは、住み慣れた坂戸の老人ホームだった。何か、坂戸に深い縁を感じる。坂戸を忌み嫌い、銀座にこだわった自分を今更ながら恥じる。
「お母さん、良かったね。ここなら私も面会に来やすいよ」
そう声を掛けた。
ただ八十歳を前にして、まだ女を捨てていないのには閉口する。ヘルパーの男性に車椅子からベッドに移す際に抱えられた事を
「ハグされた」
などと言う。幾つだと罵りたい心境に駆られるが、ぐっと堪える。七十九歳で、おむつで、車椅子で、バアサンいい加減にしてくれと言いたい。
ただ考えようによってはそれさえ幸せなのかも知れない。本人が楽しいのならば。
自宅に帰り、家事を終え、椅子に座ってテレビを付ける。
祝子が黙って私の膝に乗って来た。
そのまま前を向いてテレビを見ている。
傍から見たら異様な光景かも知れないが、私は黙ってそのままにしている。
娘よ、あなたは小さい頃にじゅうぶん甘えられなかったのかも知れないね。
だから今、その分を取り戻そうとしているのだろう。
良いよ、そうしてくれて有難う。
そのうちすっと立ちあがり、別の事を始めた。
今日の分はこれで良いのかな?
「お話しよう」
と、祝子が静かに言う。
「うん、お話しよう」
二人で好きなタレントや、映画やドラマ等、とりとめのない話をする。私は母と会話らしい会話がないまま育った経緯がある。だからこそ、たくさんの人と会話が出来るクラブホステスという仕事が好きだった。
娘と会話をしよう。
たいせつな娘とたくさん会話しよう。
神様、このかけがえのないひととときを、かけがえのない人生を、本当に有難う。
娘は十七歳の誕生日を彼氏さんと迎えた。
そして彼氏さんの紹介で、行田のイタリアンレストランでアルバイトを始めた。
少年院で資格を取る事の醍醐味を味わったのが快かったらしく、帰って来ると何かしらのテキストを必ず広げる。少年院あがりとはいえ、偉い子だ。
最近では
「今日は福光(ふくみつ)くんの所に泊まる」
と、きちんと言ってから外泊してくれるようになった。本当に良かった。無断外泊ほど心配な事はなかったのだから。
そして初めての給料日、自分の店のケーキを三つ、買って来てくれた。
「食べよう」
そう言われ、嬉しくて顔がほころんでしまう。
「有難う」
ひとくち、ひとくち、それこそちびちび食べる。少ない量でお腹いっぱいにしたいからではなく、あまりに有り難くて、勿体無くて、どんどん食べられないのだ。
「残りのひとつはおばあちゃんに持って行ってよ」
そう言ってくれた。
「有難う。おばあちゃんも喜ぶよ」
いつの間に、こんな家族孝行な子になっていてくれたんだろう。
翌日、母の面会に祝子が買ってくれたケーキを持参する。
「これは祝子が初給料で買ってくれたケーキだよ」
そう言うと、母もニコニコしながら食べている。
そう言えば、昔ケーキ屋でアルバイトしていた頃、同世代の男の子が母親の誕生日ケーキを嬉しそうに買って行くという微笑ましい出来事があったものだ。あの親子もきっと本当に幸せな時間を過ごしただろう。ケーキを買うというのは幸せという事だ。そして買って貰えるというのも幸せを実感できる出来事だ。
こんな幸せもあったのか。
私があまりに喜んだせいか、祝子は給料日のたびにケーキを買って来るようになった。
「祝子、嬉しいけど毎月買わなくていいよ。お金使いなさんな。その分つもり貯金しな」
と言ったが、
「毎月ケーキ買えるって事は、毎月ちゃんと給料貰えているって事だよ。従業員価格で買えるし」
と返してきた。本当にそうだ。祝子ほど真摯に働く若い子がどこにいるんだ?
「私は自分が作った料理を、お客さんが喜んで食べているのを見るのが好きなんだよ。好きな事を仕事にして、その上給料まで貰っているんだから、こんな良い話どこにある。それにいつか自分の店を出すって夢があるんだ」
とも言った。自分の店を出すなんて、親子で同じ夢を持つのか。
誠実に働いたのが評価され、一年後に正社員契約をしてもらえた。
「私は就職するの。保証人になってよ」
そう言って書類を差し出す娘。
「ここに名前を書けばいいの?」
以前、母と同じ会話を交わした事を思い出す。またしても逆の立場だ。世代がひとつ降りてきたような嬉しさ、そして大きな幸せと安心を祝子から貰った。
娘は調理師の資格を活かし、生き生きと働いている。気力、体力は使うらしく、ぐったりしている時もあるが、新作だ、試作だと言って、家の台所で色々な料理を作ってくれる事も多い。本人は練習のつもりだろうが、私は助かるし嬉しい。勿論作ってくれる料理はおいしい。まともな味覚が育っている証拠か?
仕事をしながら高卒認定試験を受け、見事に合格。ああ私もそうすれば良かった。私の代わりにこの子は高卒認定試験を受けてくれたのだろう。
今の私に何が出来るだろう?
懸命に働く祝子を精一杯支え、母の介護をし、自分も働き続ける。
それくらいか?他に何か出来る事は?
家事を終え、椅子に座ってテレビを付ける。
祝子が黙って膝に乗って来た。
そのまま二人でテレビを見る。
「この政治家、タコに似ている」
「ほんと、タコチューってあだ名付けよう」
「あはははは。このオヤジ、見るからに女たらしそう」
「ほんと、スケベザウルスってあだ名にしてやろう」
「このコメンテーター、朝もワイドショーに出ていた」
「よく稼ぐねえ。家でも建てるのかな」
「あ、この料理法覚えておこう」
「いいね、祝子の仕事に役立つね」
「また後でお話しよう」
「是非そうしよう」
仕事から帰ってきた私に祝子が静かに言う。
「今日、何時から、お話、出来る?」
頭の中で素早く時間配分をする。
「八時から出来る」
「なら八時からお話しよう」
すっと別の事を始める祝子。
手早く用事を済ませて祝子とのお話タイムを確保しよう。クラブ時代に時間配分する習慣を付けておいて本当に良かった。それが今に活きている。
神様、本当に有難う。
…八時になった。
「祝子、お茶が入ったよ。お話しよう」
「私が試作したシュークリームが冷蔵庫にある」
と言って、冷蔵庫からシュークリームをふたつ取り出す祝子。
「祝子、これ、おいしいねえ」
「でしょう」
「きっと人気商品になるよ」
「チーフも褒めてくれた」
「良かったねえ。祝子がチーフになれるよ」
「十五年、早いって」
「おいしいけど、寝る前に食べると太るから、それだけが心配だねえ」
「だったら寝なきゃいいんだよ」
「あははははは。そうだねえ。祝子、発想が凄いねえ」
「今日、仕事中にじゃがいも落っことしちゃったんだ。ポテット」
「あははははは。じゃがいもをポテット落としたんだあ」
「うん、おかしかったよ。帰りにお菓子、買ったよ」
「あはははは。お菓子買って、おかしかったねえ」
「ほんと」
駄洒落娘、再び。
誰かと会話がしたいと思って育った私にとって、娘との会話はこの上なく「嬉しい話」だ。そう、クラブ時代に多くの人と会話した時以上に「有難い話」であり「幸せな話」だ。
神様、こんなに穏やかな時間を有難う、有難う、心から有難う。
家事を済ませ椅子に座ってテレビを付ける。
祝子が黙って膝に乗ってきた。
そのままテレビを見続けている。
重い、足が痛い、だが拒否したくない。だからそのままにしている。
今日はなかなか立たない。三十分くらいそのままでいる。
重い、足が痛い。トイレにも行きたい。それでも拒否しない。
そのうちすっと立って別の事を始めた。
拒否だけはするまい。それは祝子が私だけに見せる素顔だから。
ひとつ、祝子には意外な趣味があった。
それは写真だ。最初は携帯電話のカメラで近所の猫や景色を写していたのだが、光の取り込み方等がうまいなと感心して見ていた。母や私を写してくれた事もあるが、物凄く上手に撮れていた。父親の血を感じる。
程なく新しくはないが、一眼レフカメラを持つようになった。
「そのカメラ、高そうだけどどうしたの?」
と聞いた所
「お父さんのお古。…貰った」
と目を伏せながら答える。ならばいいと思っていると、こう言った。
「私がお父さんに会っているの、嫌?」
「全然嫌じゃないよ」
「なら良かった」
「祝子、プロのカメラマンになりたいとか思う?」
「それは思わない。だってそれだけじゃ食っていけないじゃん。写真は楽しいけど趣味に留める」
「なら良かった」
「お父さんが今どこに住んでいるとか、仕事どうしているとか、全然聞かないんだね」
「うん、聞かない」
「どうして聞かないの?」
「祝子を授けてくれて、感謝しているから」
二人で同時に頷き、二人で同時に黙った。
決して気まずい沈黙ではなく、むしろ一切を納得出来ている、心地良い、幸せな沈黙だ。
人生のピントが少しずつ合ってきた。
母の面会に行く。部屋に入ると母がきょとんとした顔で言った。
「新しい看護婦さんですか?」
…絶句する。遂に私の事も分からなくなったのか?
「美知留です。あなたの娘」
と答えたが
「え?」
と言ったきりポカンとしている。
その直後に入って来た若いヘルパーの男性を見て急にニコニコする母。
「奥野木さん、今日は何のお話、してくれるの?」
と言う。実の娘を忘れて、ヘルパーの男性の名前はしっかり覚えているとは…。
「昨日、何の話、しましたっけ」
奥野木と呼ばれたヘルパーが、笑顔で言う。
「奥野木さんがハワイに旅行した時の話でしょ」
「そうです」
それは覚えているのか…。
翌週、面会に行った時の事。
母は急に受話器を上げるような仕草をし
「アヤです。今日〇〇商事の井川さんと同伴します」
と、滑らかに言った。ドキリとする。母の心はまだ売れっ子ホステスのままなのか?
更に翌週、部屋に入ろうとドアの前に立つと、母の声が聞こえる。
「キミカです。今〇〇銀行の綾瀬さんと下のレストランにいます。綾瀬さんのお客さんを待っているので、お店に入るまでもう少し時間がかかります」
堂々としたホステスぶりだった。
次に面会に行くと、私の顔を見た途端に笑顔爛漫でこう言った。
「ここのママをやっています、メグミと申します。今日はよくいらっしゃいました」
骨の髄までホステスなのか?
気が進まないものの、母の面会に行く。部屋に入ると母は眠っていた。何となくほっとする。今日はアヤだ、キミカだ、メグミだと、言わないで欲しい。
静かに冬物の洋服と夏物の洋服を入れ替えたり、洗面台を磨いたりしているうちに目を醒まし、私の顔をじっと不思議そうに見ている。
「葉っぱさん?」
と聞くので反射的に頷いた。
「そうです。虫さん、こんにちは」
「ああ、私は虫だったんだ」
葉っぱでも虫でもいい、安全ならばいい。これからは葉っぱさんと虫さんでいこう。もう私の名前さえ忘れているのだろう。
母の車椅子を押して散歩に出る。畑や田んぼの中をゆっくり歩く。やはり車輪が土に埋まってしまう為、車椅子を押しにくい。苦労してアスファルトの道に出る。押しやすいのでほっとした途端、すぐ脇をバイクが通って行った。もう少しでぶつかる所だった。
「ああびっくりしましたねえ、虫さん」
と言ったら
「葉っぱさんだから、よけられる」
と返してきた。駄洒落なのか、なんなのか?よく分からず苦笑する。
だが素人の上に非力の私が路上で母の車椅子を押すのは危険かも知れない。この母がいつまで生きるか分からないが、それでも痛い目に遭わせてあと何年か生きるよりも、体だけは健康なまま安全にいた方が勿論良い。
母の入浴を担当している女性介護士が言った。
「お母さんは入れ墨があるんですねえ。若い頃の名残りかな?」
母は入れ墨をする際、こんな日が来るとは思っていなかっただろう。しわしわの手足や首の後ろに刻まれた、生涯消えぬ彫り物。要介護状態になり、最初は私に見られ、施設に入ってからは介護職員に見られるようになった。今頃そんな恥をかくとは思っていなかっただろう。
だがもしかして、弱い自分を奮い立たせようと決意して入れ墨をしたのかも知れない。
母の脆さを感じる。
祝子の着替える姿を偶然見た。かつて生々しく残っていたリストカットの跡は、だいぶん色が薄くなり、ほとんど目立たなくなっていた。良かった。あともう何年ですっかり分からなくなるだろう。若いから肌の代謝も良いし、まだじゅうぶん治る。ほっとする。
そして「リストカットで良かった」と思えた。そう、母のように入れ墨をしてしまったら、一生跡が残るのだから。
祝子、リストカットで済ませてくれて有難う。
それでサインを出してくれて、気付かせてくれて、教えてくれて有難う。
やっぱりあなたは私の先生だよ。
祝子が初めてのボーナスをもらった。
「これはないものとして貯金する」
と言って、一円たりとも手を付けず、そっくり預金口座に入れている。
若いのに偉いなと思っているとこう言った。
「お母さんもそうしているもんね」
本当に、子どもは親の背を見て育つ。
そして久しぶりに「お母さん」と呼んでくれて有難う。
今日、久し振りにじっくりと鏡を見て、年相応になってしまった事をつくづく残念に思う。昔はあんなに綺麗だったのに…みんなに綺麗、綺麗、と絶賛されたのに…。
六十五歳の私は確実に若さを失い、疲れが滲み出て、肌も髪も衰え、おばあさんになる寸前だ。
そう言えば母も綺麗な人だった。私の容姿も衰えたが、母はもっと衰えた。母も綺麗とみんなに言われ、もてはやされただろう。
だが娘が美しくなるのは嬉しい。祝子は親の欲目を差し引いてもなかなかの美少女だ。若い頃の自分を見ているような気がする。やはり娘を産んでおいて良かった。自分の容貌は衰えても、娘が引き継いでくれるのだから。
もしかして、母も私に対してほんの少しはそう思ってくれているのだろうか…?
ファミレスの休憩時間に、店長と話す機会があった。
「山路さん、一時期大変そうだったけど、最近はどう?」
と聞いてくれた。
「お陰様で、何とかなっています」
そう答える。十九歳にもなった子が、私の膝に乗るようになったとはさすがに言えない。
「なら良かった。祝子ちゃんが事件を起こした時、山路さんを辞めさせないでくれって樋口さんが必死になって言ってくれたんだよ」
そう言われ、びっくりする。樋口さんというのはディズニーランドのチケットをくれた同僚だ。
「勿論僕も、そんな事で山路さんを辞めさせる気はなかったけど、樋口さんが本当に親身になっていたよ。山路さん何も言わないけど苦しんでいる筈だからって」
「そうだったんですか…」
「山路さん、良い友達持ったね」
「はい、本当にそう思います」
「樋口さん以外のみんなも同じ事を言っていたよ。森川さんも、野口さんも、大内さんも、横山さんも。山路さん良い仕事仲間持ったね」
そう言われ、心から有り難く頷く。
「うちの店、定年が七十五歳に延長になったんだ。良かったらそれまで働いてくれる?勿論パートではなく、このまま契約社員として」
「良いんですか?」
店長が笑顔で頷いてくれた。
…有り難くてたまらない。
何も知らなかったけど、樋口さんやみんながそんな事を店長に頼んで、陰で私を支えてくれていたなんて…。私はここでみんなにそんなに好かれていたなんて…。
派遣時代、みんなに嫌われ、契約更新さえして貰えず、逃げるように辞めた苦い思い出がよぎる。あの経験があればこそ、祝子が事件を起こしたからこそ、こんな幸せを感じられるのだろう。
その樋口さんが三度目の結婚をする。五十五歳にして、それは快挙と言っていいだろう。三度目の正直で、今度こそ幸せに添い遂げて欲しい。
「おめでとう。幸せになって」
そう言って、お祝い金を渡し、夫婦茶碗と夫婦箸をプレゼントする。
店長も喜んで、店を一日だけ午前休みにして、結婚パーティーを行なう。
店の入り口にはこんな紙が貼られた。
「スタッフのひとりが結婚するので、誠に勝手ながら本日は午前中を休みとさせていただき、ウエディングパーティーを行ないます。お客様にはご迷惑をおかけしますが、午後から通常通り営業させていただきますので、何卒ご理解の程、お願い申し上げます」
その紙を読んだ通行人たちが微笑ましい顔で通り過ぎていく。
さあ、パーティーの始まりだ。
店のスタッフが全員正装して参加する。
新郎新婦の家族や友達も来た。
私も祝子と参加する。
テーブル席を配置し、スペースを作りそこをバージンロードに見立てる。
ドアから入った二人を拍手で迎え、参列してくれたみんなに二人の愛を誓う「人前結婚式」を決行する。
「有難う、こんな事をしてもらえるなんて」
そう言って、五十五歳の花嫁は感激している。相手は十五歳も年下のクリーニング店に勤務する男性だ。クリーニング品を持っていくうちに親しくなったらしい。
「こんな私、よく選んでくれたわ」
そういう彼女に彼は言った。
「こんな私なんて言っちゃ駄目だよ。僕はあなたが良いんだから」
…のろけか?こっちまでニヤニヤしてしまう。
「僕、この人といると幸せなんですよ。全然気を使わないし」
とも言った。
ああ良かった。大事な友達が幸せになってくれた。勿論私も幸せだ。
パーティーの途中、挨拶に来てくれた新郎に私は心からこう言った。
「樋口さんは本当に思いやりの深い素敵な女性です。私は樋口さんのお陰で今もここで働いていられるんですよ」
新郎が笑顔で頷いてくれた。
「山路さんですよね?あなたの事は彼女からよく聞いています。こちらは祝子ちゃんですね。今日は親子で来てくれて有難うございます。必ず彼女を幸せにします。約束します」
そう言ってくれた。
新しい清楚なワンピースをまとい、お洒落をした祝子がにこやかに言う。
「ご結婚おめでとうございます」
「有難う。祝子ちゃん、お母さんを大事にしてね」
「はい、この母は何があっても私を支えてくれた、奇跡の母親です」
そう答える祝子。びっくりして顔を見る。祝子が笑顔で言ってくれた。
「私もお母さんを支えるからね」
あまりに有り難くて返事が出来ない。返事のしようがないのではなく。
とてつもなくつらい時を経験したからこそ感じられる幸福感だ。最初から祝子が普通に育っていたら、それが当たり前と思っていただろう。こんな幸せは得られなかっただろう。
それに自分の子だ。重くても何でも支える。こっちは親なんだから、支えてなんぼだ。
新郎新婦を囲み、みんなで朗らかに笑い合う。
心から笑い合う。
樋口さんも、旦那さんも、スタッフも、誰も彼も、みんなが微笑んでいる。
その日の午後、通常通りに店を開け、営業を始める。普段の制服に着替えて働くスタッフの誰もが笑顔爛漫で、いつも以上に良い仕事をしている気がする。嬉しい事があった時、人はこんなに輝くのだ。
食事をしに来るお客さんがみんな愛おしい存在に思えてくる。ひとりひとり、たいせつにもてなす。
ああこの店で働けて良かった。
クラブ江里子以上の、画材の会社以上の職場に出会えた。
樋口さんにも店長にもみんなにも会えたし、まだまだ働いて良いと言って貰えたし、有り難くてたまらない。人生のピントがどんどん合っていく。
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