13章その1 罪と裁き①

「何を言っているのですか、ハル・クオーツ審察官? 頭でも打ったのですか?」

 素早く車椅子を回転させ審察官たちに向き合うと、マズローは早口でまくしたてた。

「何度も審問に答えたでしょう? 私は殺していないと」

「では、今ローザに語って聞かせたことは何ですか?」

「くだらない! 勘違いをしているようですが、神に誓って、私はローザを火刑から救い出そうとしていただけです。――そらご覧なさい。神罰は下らない!」

 両手を広げて、勝ち誇ったようにマズローは叫んだ。

「そもそも、こんな夜中にあなた方は何をしているのですか。聖堂へ入る許可を出した覚えはありませんよ」

「ええ、許可はいただいていません。人殺しに許可をもらう必要なんてありませんから」

「まだそんなことを! 私の無実は神が証明してくださっている。神を愚弄する気ですか!」

「この期に及んで、まだ言い逃れできると思っているんですか?」

 呆れ切ったハルの声。

「仕方ありません。じゃあ、俺たちがあなたを断罪するに至った経緯を説明します。無実を主張するのであれば、まずは静かに聞いてもらえませんか?」

「……いいでしょう」

 挑戦的な目で応じるマズロー。対して、ハルは落ち着いた口調で語り始めた。

「今回の事件ですが、正直に言うと、当初はどう考えればいいのかまるで見当もつきませんでした。住民全員が犯行を否定し、外部からの侵入も困難。そんな状況で、まったくの的はずれな調査をしていました」

 悔しそうに唇を噛む。

「隠し通路の存在が明らかになった時にはようやく解決だと思ったんですが、甘かった。第一の事件の夜、確かにクラッドは聖堂へ侵入していましたが、その後は一歩も町から出ていないことが判明したからです。一方、町の中にはクラッドの姿はない。では彼はどこに消えたのか?――また振り出しに戻された気分でした。けれど、そこにこそ解決への取っ掛かり、糸口があったんです」

 気を落ち着かせるように一息つく。思考の道筋を整理しているようにも見える。

「では、クラッドの行方について検討してみましょう。考えられる可能性は四つ。クラッドは町の中にいるか外にいるか、そして生きているか死んでいるか、の組み合わせです。このうち、クラッドが生きたまま町から出ている可能性はすでに消去されています」

 加護と視認により、クラッドだけでなく町から出た者は一人もいないことが確認されている。

「次に、クラッドが町の中に潜伏している可能性はどうでしょうか?」

 クラッドが一連の事件を起こしたとするならば、これが最も妥当な線といえる。

「まず潜伏場所ですが、徹底的な調査の結果、隠し部屋といった類も存在しないと結論されました。ならば、住民の誰かが匿っている? クラッドの加護で住民の誰かを魅了すれば可能でしょう。ですが『侵入者を匿っていない』と審問に全員が答えています」

 匿う場所自体もこの町には存在しない。

「住民の誰かと入れ替わっている? 町の人間は顔馴染みで、しかもクラッドは特殊な身体的特徴を有しているため、入れ替わりは不可能です」

 付け加えると、もし入れ替わりがあったとして、入れ替わられた住民はどこに行けばいいのだろう? 隠れる場所は存在しないし、殺されたとしてもその死体を隠す必要がある。

「以上から、この可能性も消去されます。よって、残念ながらクラッドは死んでいると言わざるを得ません」

 残す可能性は二つ。ハルは慎重に話を進めていく。

「では、町の外にクラッドの死体があるという可能性はどうでしょう? 死体ならば『足跡』の加護に引っかからないかもしれませんし、理由はともかく彼は死体として町の外へ遺棄されたのではないでしょうか? では、死んだとすればそれいつのことでしょう? 先ほどの検討で、町の中には生きたまま隠れる場所はないと結論づけられていますから、それは事件当夜であると考えられます」

 より正確に言えば、クラッドが町に侵入してから事件発覚までの間だろう。

「ただしこの場合、町から一歩も出ずに死体を処分しなければなりません」

 事件後に町の外に出た人間はいないことからこれは明白だ。

「物見櫓を使えば、遺棄自体は誰にでも可能です。ですが、どれだけ力の強い男が放ろうと、せいぜいが町のすぐそばまででしょう。そして、町の周囲に死体がないことはあなたとロンゾによって確認されているので、この可能性は消去されます。では、遠くまで飛ばせる人間だったら? これはあくまで論を進めるための仮定の話ですが、この町唯一の加護持ちであるあなたが放り投げたとしたらどうでしょう?」

 一瞬身じろぐと、マズローは抗議しようと口を開いた。が、ハルが機先を制する。

「だとすると、死体が町から飛び出るなんて異常事態を街道商会が見逃すはずがありません。この町は彼らによって目視で終日監視されているのですから。さらに、彼らは付近一帯の巡回も終日行っているので、地面に落ちた死体は当然発見されるでしょう。巡回が届かないほどの遠方まで死体が飛んだ可能性は? いいえ、町は二十メートルはある外壁に囲まれています。車椅子のあなたは物見櫓に上れませんし、飛距離にはおのずと限界があるでしょう」

 街道商会はサウスウェルズだけでなく、この付近一帯の町を隈なく監視している。上記の初期条件に加え、初速の限界(せいぜい人がボールを投げる速度より幾分速い程度)を考えあわせると、その広大な監視網を飛び越えることは不可能だ。

「つまり、外へ放り投げた死体はまず間違いなく落火たちに発見されるということです。ではそうなったとして、彼らはその死体がクラッドだと気づくでしょうか? もちろんです。クラッドの身体的特徴から確認は容易でしょう」

 地面に落ちた衝撃で死体に傷がついたとしても、クラッドと判定するのに大きな障害とはならないだろう。

「では、身元が分からないほどに損壊されていたら? 例えばマズロー司教、あなたならクラッドへの怒りから死体を滅茶苦茶にしてもおかしくありません。けれど、そうなるとバラバラにした時と同様、町の中に死体を損壊した痕跡が残るはずです」

 加えて、放り投げた際に血やら体液やらがまき散らされて、余計な痕跡まで残してしまうだろう。

「誰だか分からないように死体に細工がされていたとしたら? ですが、彼の独特な身体的特徴を隠すのは大変です。顔を潰し、隻腕と聖痕を誤魔化すため全身をバラバラにするくらいでないと意味はないでしょう」

 もちろん、そんなことをすれば解体の痕跡が残るはずだ。投げやすいようにバラバラにした場合もまた同様である。

「そもそもバラバラにしたところで、各部を繋ぎ合わせられてしまえばすぐに身元は判明してしまうでしょう」

 何もないところに突然死体の一部が出現したら、追われる身である街道商会は何らかの攻撃を疑って付近を徹底調査するはずだ。バラバラにして遺棄したとしても、その多くは見つけられてしまうだろう。

「以上を総合すると、死体が発見されればクラッドの身元は確実に判明すると言っていいでしょう」

 そして、地方官のスロースへと報告が行くだろう。クラッドの死体が見つかった、と。さらには、クラッドの仲間たちにも追求が飛ぶだろう。何が起きたのかを確認するために。

「ですが、スロースはこう断言していました。、と。もし死体を見つけていたなら、そんな物言いにはならないはずです」

 同様に、クラッドの仲間二人も「クラッドの死体はすでに発見されている」という素振りを見せることはなかった。

「つまり、死体は町の外へ遺棄されてはいないということです。この可能性も消去されます」

 さて、とハル。

「可能性は一つに絞られました。クラッドは死んでいて、なおかつ町の中にいる、です。彼は何らかの理由で命を落とし、町のどこかに死体として隠されているのかもしれません。ただ、この場合も大きな問題が控えていることには変わりありません。死体の隠し場所はどこか、という問題が。そして調査の結果から、そんな場所が存在しないのもまた確実です。では、他の可能性は? 死体の入れ替わりはどうでしょう? エリス修道女の死体が実はクラッドだったのではないか? これも先ほど論じたように、身体的特徴から不可能です」

 加えて、入れ替わりになったエリスの隠れる場所もない。

「マズロー司教、あなたにもう一度ご登場願うというのはどうでしょう? 『巨腕』ならば、死体が見えなくなるほどにまで握り潰してしまえるのではないでしょうか? ですが、その大部分が水分で組成された人体を跡形もなく握り潰すことは不可能ですし、その際に生まれるだろう痕跡も隠すことはできないでしょう」

 加護といえど、その力は対象物の材質や強度、力学の法則に左右される。

「さて、これで議論は出尽くしたでしょうか? いいえ、まだ一つ可能性が残っています」ハルが顔をしかめる。「これはあまり気持ちのいい話ではありませんが、論を進めるためには避けて通るわけにいきません。それは――です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る