1章 その2 ミティア教国の審察官 ②
ミナが一仕事終えた頃には、陽はとっぷりと暮れていた。
くたくたの足を引きずり、職場である官舎の門をくぐる。正面に建つ官舎の石壁には残光により形作られた陰影が波を打ち、三列に整然と並んだ窓にはすでにちらほらと明かりが灯っていた。正面口への通路の端にはけやきが植えられており、薄墨色に伸びた影がミナを包む。火照った身体に思いのほか肌寒さを感じ、彼女は小さく身震いした。
「おかえり」
厳めしい扉の前にリズが待っていた。ポーチの柱に寄りかかり、くだけた調子で手を振っている。日中の口論などまるで気にしていないように。
「ただいま」
小さく手を振り返しながら、心の中でミナは彼女に感謝した。どれだけ勝手なことを言おうとも、リズは一人の友人として接してくれる。今も昔も、それは変わることがない。
審察課の同僚となってからは三か月だが、二人はかれこれ四年の付き合いになる。
四年前、ミナはどん底にいた。唯一の家族だった母と死に別れた彼女は、身寄りも住む場所もないまま、吹き荒れる感情に自分を見失っていた。そんな少女を引き取ってくれたのが、第十七教区の教区長であり、リズの父でもあるサットン・ホールだった。
サットンはその前年、妻と次女――リズの二つ下の妹――を事故で亡くしていた。同じ年頃のミナに亡き娘の姿を重ねていたのかもしれないし、彼女の境遇を他人事と思えなかったのかもしれない。いずれにしても、ミナにとってそれは大して重要なことではなかった。大切なのは、彼が手を差し伸べてくれたという事実だ。
暴風真っただ中にいる十歳の少女に、リズたち
特にリズ。彼女は時間がある限りミナに付き合ってくれた。ひどいことも言ったし、ひどい姿を見られもした。それでも彼女は怒ることも軽蔑することもなく、離れて行くこともなかった。やがて嵐が過ぎ去り海面が凪いだ頃、彼女はミナにとってかけがえのない無二の存在となっていた。
「あの男の娘さん、無事だったよ。癒護院に送っといたから」
リズの言葉に、ミナはほっと息をついた。
「よかった! ありがとう!」
「ついでに薬も店に返しといたから。そっちも心配しないで」
「あ……忘れてた」
「知ってる」
「……ありがとうございました」
「よろしい」
腕を組み、鹿爪らしい表情で頷くリズ。と、その目にいたずらっぽい笑みが浮かぶ。
「あと、お父さん――教区長からの伝言。我らが聖アンティキア教会の執務室へ来なさい、とのことであります」
「教区長が?」
「今度は何をやったの?」
からかうような口調に、むっとするミナ。
「なんでやらかしたこと前提?」
「自分の胸に手を当ててみてはと愚考いたします」
ぐう、と言葉に詰まる。言い返せないのが悔しい。
ミナには注意力というものが欠如しており、普段からミスを量産していた。持ち物をなくしてしまうのは日常茶飯事、つまずいて転んだ挙句に教会の備品を壊したり、約束を忘れてすっぽかしたり、ゴミと間違えて聖篇を燃やしかけたりと、小さなものから大きなものまで枚挙にいとまがない。
ただし、これは彼女自身のせいではなく、加護を持つ者にとっての、ある意味宿命のようなものだった。
加護を授かった者は、聖痕が刻まれる以外にもう一つ代償を支払わなければならない。それが何になるかは人それぞれで、視力を失った者もいるし、利き腕の自由をなくした者もいる。ミナの場合、注意を払う能力がそれだった。
そんな彼女を、リズは上手くサポートしてくれている。今日の昼間の一件もそうだ。彼女一人だったら、間違いなく男を取り逃がしていただろう。曲がりなりにも今の仕事をこなせているのは、リズのおかげだと言っても過言ではない。
「教区長、ほかに何か言ってなかった?」
「何も」
「……わざとじゃないんだよ?」
「知ってる」
「うー、どれだろう……」
「ま、行けば分かるでしょ。いつものことだし、骨は拾ってあげる」
無数の心当たりを胸に、ミナはおっかなびっくり教会へ向かった。
官舎に隣接する聖アンティキア教会は、彼女たちが活動する第十七教区の中心教会である。その来歴は古く、格の高さではラテナの中でも三本の指に入るだろう。
歴史を感じさせる重厚な門をくぐり、重い足取りで執務室の前へ辿り着くと、ミナは深呼吸を繰り返した。よし、と自分の背中を押すように呟き、扉をノックする。
「どうぞ」
調度は本棚とデスクだけの、執務室と言うにはこざっぱりとした部屋だった。燭台とペン立てが載った簡素な執務デスクの向こう、窓からの残照を背に、恰幅のいい樽のような男が革椅子に身を沈めている。ミナの上司であり、恩人でもあるサットン第十七教区長である。
年は四十前後。丸顔に大きな鷲鼻。その上にちょこんと載った眼鏡は小さく、どこかちぐはぐな印象を与える。けれど奥に覗く紅瞳には、長く聖職者を勤めてきた者特有の厳しさと慈愛が入り混じった光が湛えられており、この人物が身分相応の人格者であるということを示していた。
デスク前に立ったミナに、サットンは微笑みかけた。
「急に呼び出してすいませんね。仕事はもう?」
「はい。先ほど片付けてきました」
かしこまってミナが答える。慈愛に満ちた笑顔に油断してはいけない。そのせいで不意打ちを食らった経験は数知れず。気は抜けない。
「そうですか」
うんうんと頷くと、微笑みを崩さずにサットンは続けた。
「どう、片付けてきたのですか」
「どう、と言いますと……」
「しっかりと、最後まで、片付けて来たのかということです」
相手が何について言っているのかを悟り、ミナの顔が強張った。先ほどまでとは比べ物にならないほどの緊張が全身を駆け巡る。何も答えられずにいると、サットンは憂いを帯びた顔でため息をついた。
「審察課の仕事は、罪人を裁きの門へと送ること。違いますか?」
「……その通りです」
「偽証してはならないという以外に、ミト教には何の戒めもありません。しかし、だからといって何をしてもいい、ということではありません。むしろ、何の戒めもないからこそ、自らを厳しく律していかなくてはならないのです」
椅子の中で窮屈そうに身体を揺するサットン。
「審察課は、ただ単に教区の治安を守るためにあるのではなく、ミト教徒としての清浄さを保つためにあるのです。罪人とは、背信者です。彼らの行いは、神に対して肥溜めをぶちまけているようなもの。厳罰に処されなければなりません」
厳罰という言葉に、ミナは唇を噛んだ。
ミティア教国では、偽証以外に六種の罪が法により定められている。すなわち殺人、強姦、傷害、詐欺、窃盗、犯罪幇助である。そして、これらの行為に対しては神罰に準じた罰が執行される。つまり火刑である。
申し開きは認められない。例えどのような事情があろうとも、触法した者は一律に厳罰に処される。だからこそ昼間の窃盗犯も必死に逃げ、悲痛な声で許しを乞うたのだ。
そして。
あの後、ミナは彼を逃がした。いや、彼だけではない。審察官になって三か月、彼のようにやむにやまれぬ事情がある者、故意ではなかった者――そういった多くの罪人たちを彼女は逃がしてきた。
教国の法に、彼女は不信を抱いていた。もっとはっきり言えば、それが不完全なものであると確信していた。
過ちを犯しただけで死ななければならないのは、間違っている。例え過ちを犯したとしても、真の悪意に根差したものでないのなら、やり直す機会が与えられるべきだ。それが彼女の胸に深く刻まれた信念だった。
ならば、そもそも罪人を捕まえなければいいのではないか? だが、彼女にとって重要なのは逃がすことではなく、もう一度機会を与えることなのだ。犯行に至る背景を聞かなければならないし、二度と罪を犯さないと誓わせる必要もある。そして当然、被害も取り戻さなければならない。
逃がすといっても、そのまま街中へ解放するというわけにはいかない。関係者には顔が割れてしまっているし、事件の噂は近辺に広まるからだ。匿える場所があればいいが、一介の審察官であるミナにはそんなものを用意する力はない。だから彼女は、何日分かの水と食料を渡した上で、良く言えば街の外へ送り出す――悪く言えば追放する――ことにしている。今日のあの男についても、それは例外ではない。
だが、首尾よく街から出られたとしても、彼らにはさらなる試練が待っている。元の街へ戻れないのは当然として、別の街へと移り住むこともできないのだ。
各街の入り口には審問所が設けられており、街に入ろうとする者は、現在の身分を宣言しなければならない。罪を犯し逃げてきた者には、もちろん名乗れるような身分はない。
結局、どれだけミナが手を尽くそうとも、罪を犯した時点で彼らには真っ当な選択肢は残されていないのだ。
――それでも。
ミナは、自分のやっていることが間違っているとは思わない。そもそも、それこそが彼女が審察官になった目的なのだ。
街へ戻れなくても、死んでしまうよりはましなはずだ。そして、死ななければきっとやり直せる。そう自分に言い聞かせて、彼女は罪人を逃がしてきた。
「ミナ」
その声には、呼び掛けた相手への複雑な感情が渦巻いていた。
「あなたのことはよく知っているつもりです。聖篇についての理解はその歳にしては驚くほどですし、つらい体験を乗り越えてきた芯の強さは尊敬に値します。あなたが加護を授かったのも、きっとその賜物なのでしょう。ですが」
サットンはデスクの上に身を乗り出した。その目に矢のような鋭さが浮かぶ。
「国の法をおろそかにするのは感心できません。今、ここで約束してください。今後は法に従い仕事を遂行すると。そうすれば、大ごとになることは避けられるでしょう」
思いがけない言葉にミナは息を呑んだ。
彼女の行為は犯罪幇助であり、発覚すればただちに火刑とされるはずのものだ。大ごとになることは避けられる――つまりそれを不問に付すという彼の発言は、通常ならありえない譲歩だった。
けれど――
「教区長、よろしいでしょうか」
サットンは何も言わず先を促した。
「確かに、罪人に罰は必要だと思います。ですが、皆が皆、罪を犯したくて犯すわけではありません。そういう人たちには改悛の機会が――やり直しの機会が与えられるべきではないでしょうか」
「偽証した者には、神は有無を言わさず罰を下されますよ」
「神が偽りだけを禁じ、殺人を禁じなかったのは何のためでしょう」
ぴくり、と教区長の眉が動いた。
「聖篇第五章十二節には、こうあります。偽りは世にある悪徳の中で最も卑しいものである、と。だからこそ神は偽証を禁じたのです。逆に言えば、神にとって最高の美徳とは『正直であること』なのではないでしょうか」
淡々とした口調で続ける。先ほどは突然のことで動揺したが、今はもう平静を取り戻していた。いや、それは平静というより、どこか他人ごとのような、自分を突き放すような感覚だった。事ここに至っては「正直」に白状するほかない。それで死ぬとしても――それはそれ。
「そうであるなら、例え罪を犯したとしても、正直にそれを告白し、心から贖罪を捧げるのであれば、神はきっと赦してくださるはずです。神が偽証以外の罪に神罰を設けなかったのは、罪人からやり直しの機会を奪わないためだと、私はそう思います」
一気呵成に言い切って、ミナはまっすぐに教区長を見つめた。言いたいことは言った。あとは裁きを待つだけだ。
教区長の口から大きなため息が漏れた。
「ミナ、あなたは聖篇のこととなると本当に手強いですね。この間の公会議での議論を彷彿とさせるほどですよ」
その瞳からはいつの間にか鋭さが消えており、代わりにどこか悲しげな色が浮かんでいた。
「あれこれと言いましたが、本音を言うとですね、あなたに危険な橋を渡ってほしくないのですよ。あなたの親代わりとして、ね」
「それは」
不意をつかれ、口ごもる。
これまでの四年間、サットンが親代わりを自称することは一度としてなかった。おそらく養父という立場を押し付けないがための配慮だろう。その彼が、わざわざそれを口にしたのだ。その意味が肩に重くのしかかってくる。
「すいません、教区長」
だが、こればかりは曲げることはできない。
「そうですか」
これ以上の説得は無意味だと見て取ったのだろう、一瞬苦しそうに顔を歪めたサットンは、静かに言った。
「分かりました。では、この話はこれでおしまいです」
ミナは目を見開いた。
「私は、どうなるんですか」
「今後、この件を話し合うことはないでしょう」
サットンは微笑んだ。罪人には決して向けられることがないであろう、心からの笑顔だった。言葉もなく、やがてミナは黙って頭を下げた。
「さて、実はもう一つ話があります」
彼はデスクの引き出しから書類大の羊皮紙が取り出すと、燭台の明かりの下にゆっくりと広げた。
「読んでください」
促されるまま目を走らせるミナだったが、すぐさまその顔に信じられないという驚きが浮かんだ。
『ミナ・ティンバー第十七教区審察官 殿
第六十六教区にて発生した殺人事件について、調査応援の派遣要請あり。ハル・クオーツ第十四教区審察官とともに、事件の解明に当たらんことを――』
以下には合流日時と場所が指定されており、文末には教皇庁の公印が赤く捺されている。
「私が、捜査応援を……?」
サットンを見ると、彼は重々しく頷いた。
ある教区で犯罪が発生し、解決の糸口が掴めない場合、調査応援の要請がされることがある。要請は伝書鳩により教皇庁へと届けられ、庁内で仕分けされた後、場所や内容に応じて適切な教区へと派遣命令が出されるというのが大まかな流れだ。
とはいえ、派遣されるのは大抵が都市部の審察官だった。
多くの国同様、この国でも都市部に人口が集中しており、それに伴い審察官も地方とは比較にならないほど多く配置されている。例えば、首都ラテナは三十五もの教区に分けられており、その中でミナの所属する第十七教区は比較的小さな方だが、それでも審察官は彼女を含め八人いる。一方、辺境では審察官一人という町がほとんどで、自分のところで手いっぱいのことが多い。結果、都市部へと命令が集中することになる。
そのうちの一つが今、ミナに届いたのだ。
「この件があったから、というのもあるのですよ。他教区に行く前に法の順守を約束してほしかったのですが」
「どうして私、なんですか?」
その声には戸惑いがありありと滲んでいた。
調査応援の要請とはつまり、解決困難な事件の発生を意味する。派遣されるのは経験を積んだ審察官が望ましいだろう。事実、白羽の矢を立てられるのは五年以上の経験を有する者がほとんどだ。審察課に来て三か月の彼女に命令が届くなど、どう考えても尋常なことではない。
「私、殺人事件は担当したことがないですし……」
新人である彼女は、研修を兼ねてリズに付いて仕事をしているのだが、今のところ窃盗の現行犯を捕まえるばかりで、凶悪犯罪は担当したことがない。ミナにはまだ早い、というリズの判断からである。
だが凶悪犯罪といっても、大抵の場合は怪しい人間に片っ端から審問をしていくだけで犯人は見つかるし、ミナには加護がある。過保護すぎると何度も抗議しているのだが、リズはただ笑うだけだった。
「通達に来た者の話では、派遣先が問題だということでした」
サットンの言葉に、あらためて命令書を見るミナ。
「第六十六教区は、サウスウェルズという町にあたります。これはここから馬車で三日は掛かる辺境の町で、とても危険な場所です」
その手を異教徒の血に染めることで発展したのが、ミティア教国である。当然、周辺との対立は根深く、少数部族から国に至るまで、見回せば敵ばかりだ。特に辺境の地では異教徒との紛争が頻発しており、それにまつわる凄惨な話は引きも切らない。
いわく、一夜にして町の人間が皆殺しにされた、住民は生きたまま手足をもがれた、流れた血で町全体が赤に染まった、等々。ミナも幼い頃にそれら恐ろしい話の数々を聞かされ、そのたびに泣きながら母にしがみついていたのを覚えている。
「そして、あなたには加護がある」
「つまり、現地で活動する際の安全を確保するため、ということでしょうか」
「加えて、若い者に経験を積ませる狙いがある、とも」
ミナの脳裏にリズの顔が浮かんだ。
――いつものことだし、骨は拾ってあげる。
そう、彼女にはこれまで散々迷惑を掛けてきた。その回数を少しでも減らせないかと、いつも思っていた。この派遣命令はそのための経験を積む、またとない機会ではないだろうか。
正直なところ、彼女と離れて仕事をするのは不安だった。しかも、派遣先は異教徒たちのすぐ隣なのだ。けれど躊躇していては、いつまで経ってもひとり立ちすることなどできない。
「分かりました」
ミナは姿勢を正した。
「第十七教区審察官ミナ・ティンバー、謹んで拝命させていだきます」
ミナが退室すると、サットンはその巨躯を力なく椅子に沈めた。先ほどまでと打って変わり、表情は硬い。
「なかなかしっかりした子だね」
陽気な声とともに、ミナが退室したのとは別の扉から一人の少年が入って来た。歳の頃は十前後、眉上で揃えられた赤髪はどこまでも透明で、顔立ちは整いすぎるほど整っている。身なりはフードのついた麻の上下と質素だが、その佇まいからは隠し切れない気品が漂っていた。
サットンは苦労して椅子から抜け出すと、跪いて少年の靴に口づけをした。迷惑そうな顔で少年がひらひらと右手を振る。手首には赤く刻まれた聖痕が見えた。
「いいよ、そんなことしなくても。さっきも言ったけど、僕は命令書を届けに来ただけの、いわばただの伝令なんだから」
「そういうわけには」
「堅物だなあ」
腕組みして壁に凭れると、からかうように少年が言った。
「大丈夫だって言ったのに、急にあの子を説得し出すし。そんなに信用できない?」
「そんなことは」
ない、とは言い切れなかった。口ごもるサットンを見て、少年が小さく笑う。どこまでも無邪気な、だからこそ残酷な笑顔だった。
「どう、なさるつもりですか」
「ん?」
「彼女を、どうされるおつもりですか」
「だから何度も言ったじゃない。審察官としてきっちり働いてもらうんだよ」
そういうことを聞いているのではない――サットンが目で訴える。少年はこれ見よがしにため息をつくと、首に下げた三叉架に手を当てた。
「今後、これまでの件で彼女が裁きを受けることはない。これでいいかな? あ、もちろんあなたが罪に問われることもない。もともと何も知らなかったんだし、この件について一切を黙秘するように頼んだのはこっちだからね」
「なぜ、です」
「すべてを知ろうとしてはならない」少年が微笑みを浮かべる。「それができるのは神だけなのだから。ただ身を任せなさい、あなたにできることはそれだけなのだから」
それは聖篇の一節だった。これ以上の質問は受け付けないということだろう。その言葉にどこか引っかかりを覚えながらも、それを振り払うようにサットンは言った。
「そうですか。ですがせめて一つ、お答えいただけませんか」
「ん?」
「なぜ、ミナなのでしょうか?」
どうして私、なんですか? ――先ほどミナが発した疑問は、そのままサットンの疑問でもあった。もしかしたら、そこにこそ問題の答えがあるのかもしれない。
「さっき、教区長が自分の口で説明してたじゃない」
サットンの顔がさらに歪む。――あなたがそうおっしゃったのでしょう!
「あはは、そんな顔しないでよ。心配するのは分かるけど、可愛い部下の成長を見守るのも上司の大切な役割でしょ? そう思わない?」
物言いたげに黙っていると、少年の顔から笑みが消えた。
「神は偽証を許すと思うかい?」
サットンは眉をひそめた。つまり、偽証しなければならないほどの事情がある、ということだろうか?
「彼女を――彼女たち二人を派遣したのはそれを見届けるため、とだけ言っておくよ」
彼が部屋を去った後、サットンは疲れ切った顔で立ち尽くしていた。
分からないことだらけだった。唯一分かっているのは、この問題の答えを自分が手にすることはないだろう、ということだけだ。
やがて、彼はゆるゆると頭を振った。分るはずのないことを考えても仕方がない。とにかく、ミナの無事が保証されただけでも僥倖だと、今はそう納得しておくしかない。
それにしても――
自嘲の笑みが浮かぶ。
「罪人の身を案じるなど、信徒失格ですね」
ため息をつき、そっと胸の前で三叉の印を切る。
「神よ、どうかミナ・ティンバーの――娘の身をお守りください」
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