令和三年の三月三十日。――千佳の場合。

大創 淳

第十回 お題は「ゴール」


 ――僕はウメチカというペンネームのボクッ娘。とある小説サイトでエッセイを連載して、もう一年となる。そして毎年行われているという『KAC』……も、もう最後のお題となった。初挑戦だった。そして、このエピソードが公開される頃に、僕は完走したことになるの。……きっと、その瞬間に、溢れてくる涙をどうすることもできないと思うの。



 泣こうとして泣くわけではなく、自然に溢れてくる涙……このお題で僕は、経験したからなの。思えばマラソンと同じで、僕は走ったの。今日のこの日に――。


 それを告げられたのは、二十九日のお昼。僕がスマホで、お題を確認していた、まさにその時。梨花りかが……僕の名前で応募したの。とあるハーフマラソンの御案内に。「それって、勝手に名前を語ったんだよ」と、僕は怒った。……何もわかってないの。走るには色々と調整がいるんだよ、とてもデリケートなものなんだから。そう加えたかったけど、



「梨花が走るの? 僕の名前で」と、続けたらね、梨花は、何て言ったと思う?


「ううん、千佳ちかだよ。これは間違いなく千佳の役目だから。

 千佳に『ゴール』を飾ってほしかったから。スマホ見てて『どうしよう……』なんて思ってたんでしょ。妹想いの優しいお姉ちゃんが、ちゃんとシチュエーションを作ってあげたんだから、文句はなしよ。それに千佳だけではなく、せっちゃんにも課題を与えてあげたんだから、ゴールしたら、二人で感動の渦に呑まれなさいね」と、言ったの。


 ……何だか、とっても調子よく、

 要領も良いっていうのか……


 それ以上は、もう多くは語らなかった。


 せっちゃんとは、日々野ひびのせつ。梨花と同じ趣味を持つ女の子だ。つまりプラモデル。梨花と一緒にプラモデルを作って楽しんでいる女の子。今度、コンテストに応募するという。



 ――健闘を祈る。そんな思い。


 そして、その思いのまま当日。令和三年の三月三十日の朝を迎えた。


 ゴールがあるのなら、まずはスタート地点。……バスで移動してきた。人は参加者だけで、テレビで中継されることとなる。理由は密を避けるためで、ちょっと寂しい。


 五十年前に万博のあった場所からスタートとなる。聳え立つ太陽の塔を見ながら、その幕は切って落とされた。颯爽たる走り。緊張とは裏腹に心地よい興奮で胸が弾むの。


 気温も上昇……

 五月上旬並みの気温。流れる風景や、風の香り楽しむ刻……


 それが変化を遂げる。僕は思う。――順調ばかりではないの。朝のジョギングも経験しているはずだったけど、それとは違う険しき道。……何でなの? と思えるほど、乱れるペース。息継ぎ。半端ない疲労感の両脚。多分、上昇する気温が体力を削るから。



 それにランナーたちのペースが速い。僕よりも年下の男の子や、お母さんくらいの歳の女性。二十代のお兄さんもお姉さんも……全員で十五名が走っている。僕が段々抜かされる。もう後ろから数えた方が早い順位に至る。そして、脚が縺れ転ぶ。地面に着く。


 暑い地面。焼けそうな感じ……


 泣きそうになる。……丁度そんな時だ。上半身を起こせば梨花が……歩道にいる。そして「泣くな」と言うの。「皆見てるよ、千佳のこと。応援してるんだから。ゴールに着いたら、せっちゃんが待ってるよ、課題を終えてね」と、笑顔で励ましてくれたから。



 ――頑張れるよ。


 立ち上がる。心の汗を拭きつつ、また走る。……KAC2021の執筆を思い出す。これまでの「お題」に対する挑戦の日々を。アルバムのように脳裏を駆ける。完走することが目標となったあの日。始めは一つでも挑戦と思っていたのだけれど、割と早く第一回目を終えた時に沸々と、完走することが目標になった。目標があるから、ゴールがある。そしてまた、そこからがスタートとなる。……そうだったんだ。


 梨花、ありがと。

 そのことを僕に教えたかったんだね。


 膨らむ想い。そうゴールには、せっちゃんがいた。満面な笑顔で僕を迎えてくれた。


 課題はやり遂げたそうだ。梨花の手を借りずに一人で、最初から最後まで一つのプラモデルを始めて完結させたの。梨花が仕組んだ二つのゴールは、見事に達成できたのだ。



 そしてまた、完走できたのは、応援して頂きました皆様の励ましがあったからこそ。

 心から、ありがとうございました。


 でも、ゴールはまた新たなるスタートです。僕らはまた物語というマラソンを走っていきます。それはきっと、エンドロールする未来永劫の物語へと続いていくことでしょう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

令和三年の三月三十日。――千佳の場合。 大創 淳 @jun-0824

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ