人は終わり方を選べるのか?

井上みなと

第1話 終わりを選べなかった人たち

「先生、今晩は何が食べたいですか? 帰りに買って帰りましょう」


 北星の出張治療に付いていった帰り、真琴が買い物を提案した。


 少し遠くの町に来たので、普段とは違う店もある。

 そのためか真琴の声が弾んでいた。


「何かおまえが食べたいものを買いなさい。私は適当でいいから」

「適当は駄目です。先生もちゃんと食べてください」


 真琴が諫め、普段とは違う魚屋に入ろうとした時、向かいの蕎麦屋から派手に物が割れる音がした。


「おやめください!」


 女性の悲鳴も聞こえてくる。


「……」


 北星と真琴は顔を見合わせ、北星は真琴に荷物を預けた。


「人と戦うのはあまり私は向いていないのだが……」


 そうは言っても放っておくわけにはいかないと思ったのか、北星は蕎麦屋に入っていく。


 店の中には髪を乱した、柄の悪い酔っぱらいの男がいた。


「……壮士そうしか」

「ああん、なんだ、お前。だらだらと長い髪をしやがって」

「あなただって、結んでる髪をおろせば、私と似たようなものでしょう。そんな幕末の人みたいな髪をして、今どき……」


 言葉の後半は消したものの、揶揄されていると気づいたのだろう。

 男は吞んでいた酒を置くと、北星に詰め寄った。


「なんだと! 俺が時代遅れだと……」

「まぁまぁ。店の中で暴れるのもなんなので、やるなら表で」

「おう、表に出てやろうじゃねえか!」


 喧嘩を売られたと思った酔っぱらいは勢い良く立ち上がり、店の外に向かった。

 北星はその後ろを歩きながら、小さく言葉を唱えた。


「なんだ、お前。後ろでぶつぶつと……」

「……眠りを与えんことを、恐み恐みも白す」


 酔っぱらいが気づくころには、北星は祝詞のりとを終えていた。

 すでに酔っていたためか、北星の祝詞は直ぐに効き、あれだけ勢いが良かった壮士の男はすぐに寝てしまった。


 簡単に北星のあおりに乗るあたり、単純な性格でもあったのだろう。


 ぐらッと体が揺れた男をなんとか支え、北星が蕎麦屋の端に転がす。


「あ、あの……」

「どうやら寝てしまったようです。こういう男は酒が抜けると気が小さいですから、目が覚めたら代金を請求して、後は追い出せば大丈夫ですよ」


 店の人にそう声をかけて、北星は店の外に出た。


「大丈夫でしたか、先生」


 店の外では真琴が待っており、北星は真琴に何があったかを簡単に説明した。


「そうですか……。壮士ってまったく迷惑な人たちですね。なんであんなことをしてるんでしょう」

「ん~……。彼らも世が世なら、武芸に一生懸命な立派な武士と言われたかもしれないよ」


 義憤に駆られていた真琴は北星の言葉に驚いた。


「先生は暴れていた酔っぱらいの人に同情してらっしゃるのですか?」

「そうだね。彼らは時代の変化についていけなかったんだよ。本当なら親と同じように武士として藩に仕えていたはずが、もう武士の世は終わってしまい、もうすぐ議会まで開かれる。そうするとますます居場所がなくなる」


 議会が開かれると居場所がなくなるという言葉に、真琴は首を捻った。


「新聞で見ただけですが……壮士という人たちは自由民権運動をやっていて、それで議会を開けと叫んでいたのではないですか?」

「うん、議会を開けと運動していた。でも、それで議員になれるのはほんの一握りの人なんだよ。議会となれば、それなりの知識も必要だ。でも、それがあるのは一部の知識人だけ。議会が開いてしまえば、彼らのように腕力でやってきた人たちはいらなくなる。それをきっとわかっていて、どうにもならない思いで酒に走っているんだと思う」

「…………」


 真琴は自分が思っていたより単純ではないのだと知り、複雑な思いを抱いた。


「難しいですね」

「そうだね。ああいう人だって相応しい場所を得られれば、その力を振るえるはずなんだ。あるいはもっと昔に産まれていたら、活躍できたかもしれない。時には幕末の頃に命を全うしていれば良かったと嘆く人もいるからね。でも……人は思うように終わりを選べないんだ」


 悲しいことだけど、と北星が小さく呟く。


「彼のような人も、真琴と同じ年の頃は、遊ぶのを我慢して、武芸や学問に励めば、未来は明るいと頑張っていたのかもしれない。しかし、今や刀の時代ではなくなり、学問は古くなってしまっている。悲しいことだけどね」

「……これからも、そういうことはあるのでしょうか」

「そうかもしれない。世界の動きは激しく、この国もその流れに巻き込まれる可能性が高い。だからね、真琴。おまえは私のために家事などせず、よくお友達と遊びなさい」


 急に自分のことになったため、真琴は首を振った。


「それは駄目です。先生、僕が家事をしないと、ろくに食べないで過ごすじゃないですか」

「私はもう成長するわけじゃないからいいんだよ」


 それでも駄目ですと繰り返し、今度こそ買い物をして帰ると真琴が宣言する。

 北星はあきらめたように笑いながら、どうかこの子が大きくなる間は、出来るだけ世の変化が小さいようにと祈るのだった。




 


 






 

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