QK部の休憩
黄黒真直
コール・ゴール
ゴールが近い。あと一歩だ。あと一歩でゴールできる。
「また移された……」
「あんな一直線にゴールに向かったら、妨害されるわよ」
みぞれは頬を膨らませた。
みぞれ達四人は、
四人が囲む座卓には、六角形のマス目が敷き詰められたボードが置かれていた。マスは、赤、青、黄、そして黒の四種類がある。それらの上に、駒とゴールが置かれていた。
これは、伊緒菜が最近買ったボードゲーム「コール・ゴール」だ。自分の駒をひとマス動かし、三枚の手札から一枚を出して効果を発動する。これを順番に繰り返し、最初にゴールしたプレイヤーの勝ちとなる。
みぞれはゴールのひとつ隣まで来ていたが、伊緒菜がカード「コール・ゴール」を出し、ゴールを動かしてしまった。
ゴールは黒いマスの上に載っている。しかし誰かが「コール」すると、ゴールは黒マスの番号順に移動していってしまうのである。
伊緒菜が二番から三番に移したことで、ゴールは伊緒菜のすぐ近くへ移動してしまった。
次はみぞれの手番だ。駒を隣の黄色マスへ動かすと、手札を一枚出した。
「『黒同士のチェンジ』。二番と四番をチェンジします」
「あら、そんな強力なカードをまだ持ってたなんて」
みぞれは黒いマスをボードから外して、場所を入れ替えた。このように、「コール・ゴール」ではマスを動かすこともできる。
ちなみに、マスの初期配置もランダムに決める。マスを裏返しのまま、ボードの裏からはめ、ひっくり返して盤面とするのだ。遊ぶたびに違う展開になるのである。
みぞれの隣に四番が来たので、再びゴールが動けば、即座にゴールできる。みぞれは依然有利なままだった。
「次、あたしか」
みぞれの隣で、
「このままだと、また伊緒菜先輩が勝っちゃうから、それはなんとか阻止しないと」
「そううまく行くかしらね?」
伊緒菜はこの手のゲームに強かった。
手札はランダムであり、一枚使うたびに山札から一枚引く。もちろん、他人の手札はわからない。一方で、盤面のどこに何があるかは全員が把握できる。
伊緒菜はこのように、運と知恵が必要なゲームが得意だった。
「じゃ、あたしはこっちに動きますね」
津々実は駒を動かし、赤いマスに乗せた。
「それから……これ! 赤カード『導火線』!」
手札を出して、駒を動かす。繋がっている赤マスの上を移動し、黒の四番に近い位置まで移動した。
赤は炎をイメージしている。炎が広がるように他のマスを赤くしたり、導火線を伝うように赤マスの中を移動できたりする。プレイヤーが自由に動ける強力な効果が多い。
「あれ、そこでいいの?」とみぞれ。「三番の近くじゃなくて?」
「そりゃね」津々実は微笑んだ。「このゲーム、ゴールがかなり頻繁に動くっぽいから、先に移動先に行っておいた方がいいと思うんだ」
「正しい判断ね」伊緒菜が眼鏡を押し上げた。「でも、あなたやみぞれが近くにいるのに、誰がゴールを動かすかしら? ねぇ、
伊緒菜は隣の
「少なくとも、私は動かせませんね……」
「動かせない? つまり今は黒のカードを持ってないってことね」
「あっ……いえ、そんなことないです」
「誤魔化すの下手ね」
慧は一度そっぽを向いた後、また盤面に目を戻した。慧の周りには、黄色いマスと青いマスがある。
他の駒も確認した。津々実は赤マス、みぞれは黄マス、そして伊緒菜は青マスに乗っている。伊緒菜はゴールに近いが、その方向は……問題ない。
「えっと、じゃあ青マスに動いて……青カード『滑走』」
「あら、本当にそれでいいの?」
「少なくとも、このターンは問題ないはずです」
青は氷のイメージだ。つるつる滑る氷のように、その上の駒は加速したり、止まれなくなったりする。
「滑走」は、上に乗った駒を、盤面の端まで真っすぐ滑らせ続けるカードである。ただし、滑る方向は自分で選べる。青はこのように、プレイヤーが半強制的に動かされる効果が多い。
慧は自分の駒を一直線に動かした。青も赤も飛び越えて、一番端まで移動する。
そして、伊緒菜も駒を動かした。
これがこのゲーム最大の肝である。プレイヤーが出したカードの効果は、駒ではなく盤面に作用するのだ。つまり、同じ色のマスに乗ったすべての駒が一斉に影響を受けることになる。
場をよく見て、誰にどんな効果を与えるか? それを思考し、ランダムなカードを駆使してゴールにたどり着くのが、この「コール・ゴール」である。
伊緒菜の位置からは、一直線に進んでもゴールには届かない。伊緒菜はゴールの横を素通りして、端の青マスへ移動した。
「これは悪手だったかもしれないわね、慧」と伊緒菜はにやりと笑った。「このマスの周りには、全色揃っているわ。私はここから、どの色でも選べる」
「そ、それは、私も同じです」
慧は強がった。
伊緒菜は自分の手札を確認した。いまあるのは、青カード一枚と黄カード二枚。
それから、今まで出たカードを思い出した。黒が四枚、赤が一枚、青が六枚、黄色が六枚。
カードは全部で三十八枚ある。赤、青、黄がそれぞれ十枚と、黒が八枚だ。赤、青、黄には、同じ効果のカードが二枚ずつある。
既に十七枚が使われ、残りの山札は九枚。ちなみに、山札がなくなったら、使われたカードをシャッフルして再び山札にする。
伊緒菜はまた、全員のこれまでの行動も思い出していた。誰が何色のマスにどの順番で乗り、どのカードを使ったか。十五回程度なら、伊緒菜には覚えられた。
「運次第だけど、これでいいんじゃないかしら?」
そう言って、隣の青マスに移動する。そして、黄色のカードを出した。
「黄色カード『蟻地獄』」
黄色は砂漠のイメージだ。竜巻や流砂で、プレイヤーをその意志とは無関係に強制的に移動させる。
「黄色マスにいるのは、みぞれと慧ね。二人とも、そこの『蟻地獄マス』へ移動よ」
「またゴールから離された……」
次はみぞれの手番である。みぞれの手札は、黄色の「竜巻」、青の「流氷」、黒の「コール・ゴール」だ。そう、実はみぞれ自身が、ゴールを移す手段を持っているのだ。
しかし今はゴールが遠い。
そして「流氷」は、好きな青マスとその隣マスを、駒ごと入れ替えるカードだ。つまり、ひとマスしか移動できないカードである。
すると、一歩動いて「竜巻」だろうか。幸い、竜巻の移動先は、ここよりもゴールに近い。
「黄色マスに移動して、黄色カード『竜巻』」
ぴょい、と四番の黒の近くに移動する。これで折りを見て「コール・ゴール」を発動すれば、まだ勝機がある。
次は津々実の手番である。津々実はずっと、腕を組んで考え込んでいた。
「つーちゃん、どうしたの?」
心配になってみぞれが聞く。
「ちょっと思ったんだけどさ……さっき伊緒菜先輩はそこの青マスに移動したけど、どうして赤マスに移動しなかったんだろう? 赤マスの方が便利なのに」
「赤のカードがないからよ」と伊緒菜は答えた。
「だとしても、赤に移るべきです」津々実は強弁した。「今回は、まだ赤のカードがほとんど使われてません。ってことは、山札に眠っているはずです。そこの赤マスはいくつも繋がってるんですから、赤マスを辿っているうちに赤カードが出て、一気にゴールへ近付ける可能性が高い。なのにそうしなかったのは、何が何でも青マスに行きたかったから」
伊緒菜は表情を変えない。しかし津々実は、自分の推理の正しさを確信していた。
「理由はわかりませんが、とにかく、伊緒菜先輩は青マスに行きたかった。よって、こうです」
津々実は駒を動かすと、カードを出した。
「赤カード『延焼』。これで、伊緒菜先輩のいるマスを赤にします!」
津々実はマスをひっくり返した。マスの裏面は、すべて赤色になっているのだ。
それを見て、「あっ」と言ったのは、慧だった。
「え?」
津々実が反応すると、伊緒菜はにやり、と笑った。
「『待った』は、無しよ。さ、慧。行動して?」
なぜバレたのだろう、と慧は思っていた。悩んだ末、駒を赤マスへ移し、赤のカードを出した。
「赤カード『導火線』……です」
「ええっ!? なんでそんなカードを!? ここで!?」
「これでも一番弱いのよ……」
伊緒菜が眼鏡を押し上げた。
「津々実は、赤カードが山札に眠っていると言ったわね。その通りだと思うわ。でも、赤カードが今まで使われなかったのには、他に理由がある。そうよね、慧?」
「どういう意味、慧?」
「私、最初から赤カードを二枚持っていて……赤マスをずっと目指してたのにいつも邪魔されて、一度も乗れてないの。しかも、今は赤カードが三枚で……」
「出さざるを得なくなったわけね」
伊緒菜が説明を引きついだ。
「赤カードは一枚しか出てなくて、今まで赤を踏んでないのは慧だけだった。だから、慧が赤を溜め込んでるなって思ったのよ」
「でも、だったらなおのこと、最初から赤マスに移動すべきだったんじゃないですか?」
「そしたら、『流氷』とかで移動させられちゃうかもしれないでしょ? 青は残り四枚なのに、流氷はまだ一枚も出てない。これも、誰かが温存してる可能性が高いわ」
その通りだ、とみぞれは思った。
「そして私が自信満々に青に乗れば、津々実が赤マスに移してくれると思ったのよ。じゃ、移動させてもらうわね」
それはもはや、王の凱旋であった。
移動後は、伊緒菜のターン。隣の青マスへ移動すると、「スリップ」でさらに移動して……。
「はい、私の勝ち」
「またかー!」
津々実がのけぞる。慧はうなだれ、みぞれは。
この人はどんなゲームでも本当に強いなぁ、と改めて部長のすごさに感心していた。
QK部の休憩 黄黒真直 @kiguro
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