91 相手の目的が分かるころには、準備はすでに終わっている

♤hiroaki


 交渉が始まらないまま二十分は経っただろうか。

 最初に堀口と会話してからこの場は一切進展していなかった。

 転生庁からの進言はないし、彼らの攻撃も中途半端な銃撃のみ。


 暇を持てましたスノーマンと俺は、正面遠方で戦闘が起きているのを眺めながら、雑談するしかなかった。


「なあ、これ今何してるんだ?」


 周囲には氷壁。

 至る所に弾丸がめり込んだそれは、限界になると補修されずっと俺達を守っている。

 

「耐えてるんだよ。見ればわかるだろ? ずっと僕に守られてるんだからそれくらいは理解してほしいね」

「いや、それは分かってる。でもおかしいだろ。こんだけ撃ち込んでるんだ。流石にあいつらも銃火器が通用しないことなんて気づいているだろ。なんでこいつらはそれでも撃ってくるんだ」


 手段を変えるわけでもなく、ただ同じことを続けるだけ。

 とても天下の転生庁の選び抜いた策とは思えない。


「僕の息切れを待っているのかもしれない。彼らにも弾切れはあるだろうけど、それは僕にも同じことが言える」

「息切れするのか?」

「まさか。この程度で息切れ、もとい魔力切れするなら氷河なんてつくれやしないよ。そして、それは彼らも分かってるだろうね」


 ただ銃弾を防ぐだけの能力と、砂漠を丸ごと氷河にする能力。

 どちらの方が大変かなんて考えなくても分かる。

 このまま銃撃を続けたところでスノーマンにはダメージを与えられないことは、明白だった。


「それなら、なんでこうなってる」

「まあ、時間を稼いでいるんだろうね。殺す気なら残弾数なんて気にせず全力を尽くすべきだし」


 スノーマンの発言の通り、彼らが銃撃する頻度は低い。

 弾幕のような激しい射撃ではなく、まるで威嚇するかのような射撃。


 明らかに殺すことは目的ではない。

 それよりも、ここが戦場だと思い出させる意味合いの方が強く感じた。


「なぜ時間稼ぎを? そんなの今までだっていくらでも出来ただろ」

「どうだろうね。当然、彼らは時間稼ぎをする必要なんてないはずだ。時間稼ぎをするつもりならはなから戦闘を開始すべきじゃないからね」

「なら、何のためにこんなことをしてる」


 そもそも俺達は籠城していたんだ。

 放置していれば、勝手に時間は経ってくれるような状況であったのに、 ホテルを破壊してわざわざこんな状態にして時間を稼ぐ。

 言ってみれば俺たちの退路を断ってから、時間を稼いでいることになる。


 俺達が何の力も持たない弱者であれば、退路を断つことは極めて有効。

 しかし、いざとなれば強硬手段に出れる俺達にする作戦としては随分と杜撰に思える。転生庁としても、俺達が自暴自棄になることは望んでいないはずなのに。


「でも、それは僕らの目線で考えた話だ。彼らには彼らの事情がある」


 再びの銃声。

 氷壁によって防がれたそれは、新たな氷壁によってカバーされ、新時代のオブジェクトと化している。


「例えば?」

「僕らは長い間あのホテルに滞在していた。放棄されたホテルなだけあって物資は尽きかけていた、そうだろ?」

「まあ、それは確かに」


 実際、避難警報が出てからはホテルの整備はなかった。

 ルームサービスなんてもってのほかで、物資の補充すらない状態。

  

 どう考えたって一般的な人が住むような場所じゃない。

 俺達みたいなはぐれもののための住居と化していた。


「僕らはどれだけ時間を経ったとしてもあそこに滞在する気だった。でも、そんな情報彼らは知らない」

「逃げることを危惧したってことか?」

「そう考えるのが普通だろうね」

「じゃあ、ここに留めておきたい理由があるってことか」


 俺達が把握出来ている情報と彼らが知っている情報は同じじゃない。

 彼らからすれば、俺達の居場所が把握出来ている間に行動を起こしたいと思っても不思議ではなかった。


「まあ、だからといって僕らに出来ることはない。危害を与えてはいけないうえに、君を無理やり逃がすには体力が足りないしね」

「大人しく術中にはまるしかないってことか」

「とりあえずはヒカリが暴走してないことを祈るばかりだね」


 遠くのビルで何だか分からない光が見えている。

 おそらくディルナの能力だろう。戦闘状態にはあるようだ。


 その手前。

 堀口という女性を筆頭とした団体は相変わらず無線で通信をしている。

 ひっきりなしに耳に手を当ててなにかを話しているのが見えた。


「ここに留めておきたいから、俺達が逃げる前に交戦を開始した。それは分かる。だが……」


 首をぐるりと回して、現状を再び確認する。


「……分からないな。ここに留めて何がしたい? 他国からの応援とかか?」

「どれだけ凄い技術だろうが、この場を捨てる覚悟がなきゃ僕らを完封することなんて出来ないよ。そして、それは有り得ない。捨て駒をこんなに用意するのは人道に反してるからね」


 そりゃそうだ。

 転生庁の人間がこんなにもこの場にいる。

 それこそが、捨て身の作戦がないということの証明。


「まあだが、全く予想がつかないというのは嘘だ」

「本当か?」


 負ける可能性は万に一つもなかったんじゃないのか?

 都市ごと壊してしまうような作戦ではなくても、君たちを殺せる可能性があるってことなのか?


「合っているかどうかは知らないけどね」


 疑問はつきないが、スノーマンも確証はないのか具体的なことは何も言わない。


「彼らは勝算もなしにこんな場所に来るほど馬鹿じゃない。直前、自分たちのホームで大敗北を喫してるんだ。何かしらの策がある。この時間稼ぎだって苦し紛れの逃げじゃないはず」

「だったら何だって言うんだ?」


 転生庁本部で彼らは俺達を逃した。

 これは紛れもない事実だ。


 なら、この場に無策で来るはずがない。それが普通。

 準備する時間は十分にあった。彼らには策があるはずなんだ。


「彼らは確信した何かを待っている。『何か起きれ』っていう奇跡を待っているわけじゃない」

「そんなの分かってる。当たり前だろ」


「じゃあ、彼らが予測出来る何かが答えだよ」

「……その何かが知りたいんだけどな」

 

 普通に考えれば、彼らが待っているのは追加の応援だろう。

 それかすべてを解決する兵器の開発かもしれない。

 だが、そのどちらもそこまで場所にこだわる必要はない気もする。


「俺達を見失うのが嫌だったのか、それともこの場にこだわる理由があったのか」

「さあね。どうせすぐに分かるさ。兵糧攻めがしたいんじゃなければね」

「嫌なこと言わないでくれよ」


 流石に餓死するまでここで足止めされるってのはごめんだ。

 危機的状況になればこちらも、全身全霊をもってこの場から離れざるを得ないし。


「いったい何を待ってるんだろうな」


 変わらない現状を憂いていると、突如平衡感覚が狂った。


「なんだ……?」

 

 何が起きたか分からず、素早く周囲を確認する。

 一番最初に目に入ったのは、ホテルの残骸だった。


 残骸は乱雑に、けれども高く積み上がっている。

 直後、積み重なった瓦礫が崩れた。

 

「……地震?」


 網膜から入ってくる情報が三半規管が伝えてくる違和感と合致した。

 地震特有の浮遊感。

 揺れているのか揺れていないのか定かではないようなふらついた感覚。


 そういえば、最近地震があったような記憶がある。

 これはその余震ってことなのかもしれない。

 

「奴らが待ってたのはこれなのか?」

「まさか。地震を細かく予想するなんて不可能だ。君だってそんなこと分かってるだろ」


 揺れに対応するために体を地面につけ四つん這いになる。

 残念ながら、頭を隠すための机はなく、心もとないが、両手で頭を覆った。


「じゃあ、これが不測の事態だっていうのか」


 確かに地震は予測出来ない。

 プレートの動きなんてものを人間が完璧に把握出来るはずがないのだ。

 いつか絶対に起きるってことは断言出来ても、その細かい時期までは分からない。


 だが、そうなるとこの地震はただの地震ってことになる。

 転生庁が待つ何かは他にあって、この地震は誰も予想していなかった完全なイレギュラー。

 そんな偶然があるってのか?


「……いや、違うな」


 そんなわけないだろ、と否定するよりも前に同じく伏せた状態のスノーマンが否を唱える。


「深く考える必要なんてなかったんだ。奴らの名前を思い出せ」

「……名前を思い出す?」


 揺れが大きくなる。

 明らかに大きい。いくら地震に慣れた日本人だからって呑気にしていられる震度を超えている。

 

 幸い周囲の建造物は戦闘によってそもそも崩されていた。

 思考の邪魔はされても、すぐさま命にかかわるような状況にはなりえない。


「どういう意味だ……?」

「僕らは何なんだ。始まりを思い出せ。究極的に言えば奴らの仕事はたった一つなんだ」


 始まり?

 僕ら?

 奴らの仕事?


 スノーマンの言葉を反芻するとすぐに分かった。


 彼らがなぜ時間稼ぎをしていたのか。

 彼らがなぜこの場所にこだわったのか。

 そして、彼らが何者なのか。


「さて、吉と出るか。凶と出るか」


 堀口が呟く。

 それは俺の考えを肯定するようだった。


 正面遠方で何かとてつもないエネルギーが上空に放たれたのが見える。

 丁度、ヒカリが戦闘していた場所だろうか。


 そのエネルギーはいつもより歪んだ上空の雲を割る。

 それは何かとてつもないものが来る予兆のようだった。


「ホント無茶苦茶しやがる」

 

 そういえばそうだった。

 彼らの仕事は究極的に言えば立った一つ。

 そして、彼らが正しく予想出来ることもたった一つ。



 サイレンが鳴る。

 俺の頭上に大きなゲートが開いた。



 


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