90 一縷の望みをかけて唯一の勝機を狙う。

❤dhiluna


 相変わらず視線はない。

 けれど、さっきと違い彼には明確な殺意がある。 

 これは時間稼ぎではなく、何かを狙った意識の分散。


 いつも通り、私には彼らが何を狙っているかなんて分かりはしない。

 けど、それでいい。いや、それが良い。


 何を狙っているのかわかっている状態での戦闘など私が求めているものじゃないんだ。


「さあ、どうする」


 私の予想通り、彼らの目的がただの時間稼ぎであるのだとしたら、おそらく前のような複雑な作戦は存在しない。

 状況は悪い。


 私の視線感知は進化し、小森の策は減っている。

 当然、普通にやれば負けはない。


「どこ見てるの? 出来れば会話をしてくれると助かるんだけど」

 

 何の情報もないまま、時間だけが過ぎていく。

 彼らの唯一の武器である白煙のみがただこの部屋に充満している。


 もしこの中に遅効性の毒が混ぜられていたら、死んでいるな。

 そんなことを考えながら、オフィスの中を壁に手を添わせながら散策する。


「ここまで情報がないのは初めてだよ。本当に戦闘する気ある?」


 もしかしてまたフェイク?

 私はまた小森の言葉に踊らされただけなのかもしれない。

 嫌な考えが頭をよぎった。


 ――プシュッ。

 

 再びの白煙。

 情報が増えるどころか、減っている。

 いや、白煙が飛んでくる方向を思えば、もしかしたら情報は増えているのかもしれない。

 

 だが、使えない情報であることには変わりなかった。

 そもそも、白煙が飛んでくる方向も正確に分かっていないのだ。

 意味はない。


 戦闘開始を告げたのは良いものの、小森自身にも特に作戦はないのかもしれない。

 状況は先程とあまり変わらないまま時間だけが過ぎていく。


「良いんだね。このまま何もしないのなら、私にだって考えがあるよ」


 今までの攻防において、私からアクションをしかけることはほとんどなかった。

 当然ながら、私と小森では出せる火力に差があるし、防御力にだって差がある。

 

 私が本気を出してしまうと小森を殺してしまう可能性がある。

 不殺の契りを破ってしまう。

 それは出来ない。

 だからこそ、いつも私は受け身だった。


「でも、これが最後だもんね」


 白煙越しにあたりを見回す。

 クルリと回ると、私の周りの煙が動きに従って揺らめいた。

 

「本気で行くよ。死なないでね」


 寂しかったオフィスが光り始める。

 今まで鳴りを潜めていた光球が私を囲むように出現した。

 

 私の臨戦態勢。


 白煙が私の光球に照らされていつもより幻想的な風景が生まれる。

 こういった煙と光のマリアージュが綺麗になるのは何かしらの物理現象が関わっていたような気がするが、私には残念ながら分からない。


 改めて姿勢を正す。

 乱雑に地面に散らばった仕事道具に足が当たった。

 

 このオフィスを使っていた企業には申し訳ないが、私が今からすることは目を瞑ってもらうことにしよう。

 転生庁が、わざわざここを戦場にしたってことはそういうことだ。


「じゃあ、まず伏せて」


 光球が横に伸びる。

 フリスビーのような形状になったそれは、高速で白煙をかき分けた。


 立っていればおそらく胴体が真っ二つになってしまうような軌道。

 けれど、速度自体はたいして早くない。

 注意していれば、死ぬような失態を彼はしないだろう。


「見つからないなぁ」


 思ったよりデスクが邪魔になっている。

 光のフリスビーはある程度の視界を確保したが、かといって、完全に視界が開けたわけでもない。


 仕方ない。

 心を決めて、慎重にゆっくりと足を進める。

 その直後だった。


 プシュッという聞きなじみのある音とともに、ようやく確保できた視界もすぐに潰されてしまう。やはりスモークだけは大量に用意されているらしい。

 どうせなら毒入りにすればよかったのに、と敵ながら思う。

 

「あ、でもそうすると私が逃げちゃうか」


 ジレンマだ。

 私を倒すためには、スモーク自体に仕掛けが必要だが、何かが仕込まれたスモークを使ってしまうと私が逃げてしまう。

 時間稼ぎをしたいのなら、それは悪手でしかない。


「早く出てきてよ。ちょっとは私の顔を拝もうっていう気はないの?」


 お相手の事情はなんとなく理解したが、だからといって私の意見は変わらない。

 さっさと姿を現して血の滾るような戦闘がしたいんだ。

 こうやってかくれんぼを続けるのは私の本意じゃない。


「あんたの顔は散々見てるよ。どれだけ長い付き合いになったと思ってるんだ」


 後方から声が聞こえる。

 声の位置は誤魔化せない。彼は今、私の後ろで何かを企んでいるはずだ。


「そりゃそっか。君たちは私を倒すために必死だったんだもんね」


 返事をしながら、ゆっくりと振り返る。


「回数で言えば勝木紘彰の方が見たが、より印象に残ったのは君の方だ」

「そっか。でも、それって写真だったりとか動画だったりとか、画面越しの私でしょ? きちんと肉眼で見ようって気はないの?」


 声の位置は変わらない。

 私の向いている方向に、奴はいる。


「そこまで私情を挟むなんてことはしないさ。余裕なんてないんだ」


 相変わらず視線はない。

 会話によって私の位置を把握しようとしているのかもしれない。


 リスクをとりながらリターンをとる良い行動だ。

 ここまでの実力差がなければ、リスクリターンが取れた行動であったはず。


 だからこそ違和感が残る。

 お互いに場所が割れた場合、勝つのは私だ。

 この行動が得策とは思えない。

 

 何か別の作戦があるのかもしれない。

 そんなことを思った時だった。

 

「……なんだ?」


 突如として現れた強力な魔力反応。

 間違えるはずがない。さっきの銃なのか棒なのか判別がつかないそれだ。


 声と同じ前方から、強い反応がする。

 戦いの高揚感からか存在を忘れていたそれが、こちらに接近してきていた。

 曖昧な反応のため、それが何者かが持っているものなのか、それとも放り投げられているものなのか今の段階では判別はつかない。


「そっか。そういうことだよね」


 けれど、私には見えている。

 サイリウム型の魔力装置とは反対方向から、私に向けられているスコープが。

 より進化した私の視線感知は正面からだけでなく全方向への感知を成立させている。


 そういえば、この戦闘の始まりもスピーカーだった。

 声がフェイクかどうかは私には判断がつかない。

 なら、そういうことなんだ。


「本命はこっちだろ」


 強力な魔力反応が放物線を描いている。

 これは誰かが持っているわけじゃない。投げられている。


 なら、私が警戒すべきはスコープ。 

 正面からの警戒を捨て、意識を集中させる。


 直後、固く鈍い音がオフィスに響いた。

 弾丸を避けるために、一瞬後方にジャンプする。

 空中に浮いたまま、視線を横に向けた。


 ――空砲?


 本来射撃されるはずの弾丸が飛んでいない。

 音だけ?

 そんなわけない。


 正面がフェイクのはず。

 しかし、その考えを否定するかのように白煙の壁に穴が開く。

 

「本命だよ。考えすぎさ」


 穴から飛び出してきたのはサイリウムをこちらに向けた小森。


 私の身体はまだ宙に浮いている。

 光球も遠い。そもそも今度の攻撃は光球では防げない代物の可能性だってある。

 しかも、飛ぶ気で跳んでない状態の私は、飛行できない。


 ――避けられない。


「今度は早いよ」


 頼みの綱は緊急回避。

 光の速度で逃げる私は、着弾と同時に離脱できる。

 これは以前の戦闘の時と同じだ。


 けど。


 もし相手の攻撃も光に準ずる速度であったなら?

 答えは分からない。

 

 いつまでも着地しない四肢とは裏腹に思考だけはクリアに動く。

 出来れば致命傷にはならないことを祈りながら、言葉を返した。


「……そうみたいだね」 


 銃口が光る。

 急激に増加した魔力が天を穿った。





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