89 世界は基本的に思い通りにならない。
❤dhiluna
魔力感知は再転生者であれば、誰であろうと持ち合わせている普遍的なもの。
もちろんその感知能力に良し悪しはあるが、基本的に生まれた時から身についている。
当然私にも。
けれど正直、私の感知能力はお世辞にも高いとは言えない。
なんとなくそこが危ない気がするな、と気づける程度。
いわゆる女の勘と大して変わらない。
そんな私の感知能力でさえ不便しないほど強大な魔力がそこにある。
どう考えても囮だ。
もし転生庁が魔力感知に関する知識がなかったとしても、何の考えもなしに魔力の塊をぶら下げているとは考え辛い。
「ま、考えても無駄か」
どうせ全てをいなして勝つつもりなんだ。
目の前にぶら下がった餌から逃げてやれることなんてない。
ゆっくりと歩いて、魔力の発生源へと近づく。
その発生源に届くと思った直前、障害物の存在に気付いた。
「壁か」
スモークによって遮られた視界では気付けなかったが、正面に壁がある。
発生源へと注意を払いながら、一瞬立ち止まった。
警戒すべきことであることは間違いない。
私が魔力を感知出来ないなんて高を括っている可能性は低いし。
「ま、でも大丈夫か」
何かあるならやってみろ。
そんな気持ちで、特に警戒をするわけでもなくただ壁に手を当て、それを割る。
経年劣化によるものか、それとも私の力が強かったのか、壁はすぐに割れた。
中にある鉄骨越しに魔力の発生源が見える。
「なんだこの棒」
人を叩くのに丁度良いサイズの円柱。
何か例えるとしたら交通整理の赤い棒だろうか。
「どうやってこんな小さなものにこれだけの魔力を込めたんだか」
全く、人間の技術力には恐れ入るよ。
元々、小細工なんて必要のない私達には到達しえない領域をいつも開拓してくれる。
弱者ゆえの戦略とはこういったことを言うのだろう。
「でも、なんもないな」
私が意気揚々と罠を踏み抜く人間であるというのは分かっているはず。
であれば、ここまで分かりやすい場所に何もしかけないというのは有り得ない。
「まさか……」
周囲を見回す。
スモークは私が壊した壁から常に漏れ出ていて、以前よりも薄くなっていた。
少しだけ視界の良くなったオフィスには誰もいない。
視線も感じなかった。
机の上にきちんと並べてあった仕事道具が床の上に乱雑に散らばっている。
「……嫌な予感はしてたけどやっぱそうなんだ」
ただただ時間が過ぎていく現状を見て、予感は確信に変わる。
「君、私のことを倒す気ないでしょ」
どんな素晴らしい作戦を見せてくれるのか楽しみにしてたんだ。
それなのにひどいよこんな仕打ちは。
「君の役目は時間稼ぎだね?」
何を待っているのかは正直分からない。
けれど、何かを待っているのは確実。
「ねえ、それで良いの? 君だってリベンジしたいんでしょ」
視線はない。
けれど、私の動向が確認出来ないほど遠くへ行ったとは思えない。
「私情を挟まないのが綺麗ってのは分かる。けど、多分そうそうないよ。私達が相対することなんて」
おそらく私の声は届いている。
返事はないけれど確かに届いている。そうでなくてはおかしい。
「やろうよ。誰もこんな状況望んでない」
このまま何も起きないなんてゴミみたいな展開は有り得ない。
君だってそう思うだろ。
「私は君たちが時間を稼ぎたいというのなら、君との勝負が終わった後もここで待つ。時間稼ぎには付き合うよ」
私の行動原理は知ってるはず。
君たちのすべてを凌駕してそれでも勝つこと。
それなら、君たちの目的である『時間稼ぎ』に付き合わないなんてことはあり得ない。
「まあ、でもそれが分かっていることと、行動に移すことはやっぱり違うよね」
彼がこのような膠着状態を望んでいないことは分かっている。
いや、多分、そうじゃない。
ただ私がそう願っているだけ。彼が硬直状態を望んでいないとそう願っているんだ。
でも、それでいい。
「じゃ、待ってるから」
言いたいことはそれだけ。
あとはただ待つだけ。
ゆっくりと目を閉じ、座してその時を待った。
♢komori
ヒカリの発言通り、俺達転生庁の当面の目標は時間稼ぎ。
俺自身がヒカリを倒すかどうかというのは二の次で、ただヒカリをこの場にとどめておくというのが最優先。
だから、正直な話をするとこの場に彼女を倒すだけの兵器は存在しない。
ただ時間を稼ぐために用意されたスモークと、どうなってもいいオフィス。あとは拳銃を持たせた
唯一の勝ち筋は使えるかどうかわからない魔力の籠った銃のような棒。
だが、その特性によってヒカリに感知されてしまうという欠陥付きの代物だ。
どうやったって勝てない。
前みたいに勝ち筋を手繰り寄せることすら難しいような絶望的な状況。
「……分かってる」
こんな大事な時に私情を挟むなんてことはしてはいけない。
この場は俺一人の物じゃない。
転生庁が全てを賭して用意した舞台だ。
そんな舞台で一人勝手に行動するなんて許されない。
いつも投げ捨てたいと思っていたこの称号があったとしても、そんな勝手な行動は許されやしない。
人類の希望が人類の希望たるためには、甘えることは出来ない。
だが、同じくらい分かっていることもある。
ヒカリは真摯だ。
時間稼ぎに付き合うと言ったなら、それは覆らない。
俺が負けたところで、彼女はおそらくこの場を離れないだろう。
だが、それはあくまで俺の予想だ。
「……確かなことじゃない」
イレギュラーが起きて、ヒカリは勝木紘彰を連れてどこかに飛んでいく可能性だってある。
そもそもこの場に留まってくれないかもしれない。
分の悪い賭けだ。
そもそも賭けなくてもいい。俺はこのままやり過ごせばいいだけ。
「……分かってんだよ、そんなことは」
スモークを手に握る。
最初に使ったのと同じただ白煙を出すだけのもの。
時間稼ぎに特化したそれは煙を出す以上の性能を持ち合わせてはいない。
彼女にとって白煙は幾度となく経験したもの。
さらに言えば、今回俺の手元に暗視ゴーグルはない。
「まあ、冷静に考えれば打つ手なしだよな」
彼女の挑発に乗っても勝ち目はない。
けれど、このまま時間を稼ぐだけが俺の役目だとも思えない。
「信じてる」
白煙灯のピンを抜く。
少しだけ悩んで、それでも前方へと放り投げた。
❤dhiluna
――カツン。
目を閉じた私の耳がとらえた床に何かがぶつかる音。
その直後、プシュッと煙の出る音がした。
その音には聞き覚えがある。
いつも彼らが使っている私への妨害工作。
「……白煙」
再びの時間稼ぎか、それとも戦闘開始を告げる号令か。
私には判断がつかない。
「来るの?」
当然、返事はない。
視線もない。状況は相変わらずで、ただ白煙がこの場に増えただけ。
ただの時間稼ぎと考えるのが普通。
けれど、そんなわけがないと否定する自分がいたのも確か。
そしてその予感は確信に変わる。
今まで私にしか従わなかった白煙が何者かによって、流れを作られている。
誰かがこの部屋に入ってきた。そう違いない。
「約束は守れよ」
何処からか聞こえる待ち望んでいたその声。
聞こえてきた瞬間から心臓の鼓動が高鳴っているのが分かった。
「そう来なくっちゃ」
世界は基本的に思い通りにならない。
だからこそ、願ったシーンが目の前に現れた時、気分があり得ないほど高揚するのだ。
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