88 自ずと人はドラマチックな展開を望む

♦komori


 戦地から離れて、少し。

 所定の場所まで移動した俺は、スナイパーライフルをヒカリの繭に向け、待機していた。


 全く知らない会社のオフィス、その窓の一つから銃口だけを覗かせる。

 ここからはヒカリの次の行動までただ待つだけ。

 煙草は吸わないが一服くらいは出来るだろう、そんな気持ちだった。

 

「……まあ、君がそんなに大人しいわけないよな」


 目が焼かれないようにスコープから離していた目が、惨劇をとらえる。

 スピーカーを配置していた場所に光の線が下りた。


 わざわざ確認するまでもない。

 音波攻撃は失敗に終わったらしい。

 

 光の繭から飛び出したヒカリに照準を合わせ、引き金をかける。

 引き金を引くと同時に、スコープ越しの彼女と目が合った。


 

 ◇◆◇


 先程まで開いていた窓は一つだけだった。

 しかし、今はほとんどの窓から風が吹き込んでくる。

 さっきまで窓ガラスだったものは小さな破片となって地面に散らばっていた。

 

「君は一度籠れば長い間出てこないような人間だと思っていたよ」


 当然、俺の放った弾丸は空を切った。

 音による妨害がなければ、彼女はその名の通り光の速度で動く。

 不意を突いていない弾丸が彼女に当たるわけがなかった。


「馬鹿にしないでよ。私は自分のやるべきことはすぐにやるタイプなんだ」


 体当たりで窓ガラスや壁を割りながらここまでやってきたはずの彼女には、傷一つない。高速でぶつかれば自分自身にも衝撃が伝わるはずだが、彼女には関係ないらしい。


「馬鹿にしたわけじゃないさ。勇気ある行動だと思っただけだよ。君は視界を閉じてた。何が起きるか分からない非常に危険な状況だったはずだ。それでも躊躇することなく、この場にやってきた。凄いよ」


 ヒカリにとって音響攻撃は完全に予想外だったはず。先手を取られたヒカリが再び攻勢に移るためには勇気がいる。

 さらなる未知の攻撃に恐れないというのは普通では出来ることではない。


「何も考えてない愚者かもしれないよ?」

「いいさ。それならそれで俺が楽出来るだけだ」


 転生庁の策なんて怖くなかったのかもしれない。ただ単純にスコープが見えたから、ここまで来ただけなのかもしれない。


 けど、それでいい。

 ヒカリが愚者であろうと賢者であろうと俺に出来るのは最大限の警戒だけだ。


「あの日の再現といこう。俺はリベンジに燃えてるんだ」


 取り出したのはあの日と同じ白煙。

 放り投げると、視界が白に染まる。

 ここまではあの日と同じ。


 想定よりも広い風通しの穴から白煙がどんどん抜けていっているが問題ない。

 白煙が消える前にまた足せばいい。

 それだけの白煙は用意してきた。


「いいね、私も完勝しに来たんだ。せいぜい全力で頑張ってよ」


 相変わらずの口ぶり。

 まるで自分が負けるとは想定していないような『完勝』宣言。


「そっちこそ足をすくわれないように気をつけろよ」


 あの日と違うのはこの部屋が鏡張りのトリックルームではないということ。

 視線をごまかすような小細工もないし、そもそも白煙越しに彼女をとらえるすべもない。勝算を見出す方が難しいような状況。

 

「良いの? 視線を隠しても君にアドバンテージはない。ゴーグルだってつけてなかったでしょ」

「どうだろうね。でも、これがなきゃまともな戦闘にすらならないだろ?」


 ヒカリの言葉通り、俺の額にゴーグルはない。

 俺に煙を超えて彼女をとらえる術はなかった。

 

「そりゃそうだろうけど……」


 白煙で全く見えないが、彼女は困惑の表情を浮かべていることだろう。

 当然だ。これはあくまで現状を先延ばしにするだけの愚策。

 準備をしてきたはずの転生庁がとる手段ではない。


「だけど、それでいい」


 小声で呟きながら、二本目の白煙を取り出す。

 作戦は順調に進んでいた。


 君は勇気ある人だが愚者ではない。

 自身への絶対の自信から、かなり思い切った行動をとることもあるが、基本的には未知への対処を忘れない。


「さあ、やろうぜヒカリ。最終戦だ」


 俺がやることには裏がある。

 ずっとそういう風に印象付けをしてきた。

 だから、たとえ裏がなくたって君は深読みしてくれる。そうだろ?



❤dhiluna


 白煙によって視界は奪われたが、これは正直大したダメージではない。

 訓練した視線感知によって、もう既に白煙は私への致命的な対策ではなくなっている。


「そのはずなんだけど……」


 以前までの視線感知ですら鏡越しの視線なら感知出来た。 

 しかし、進化したはずのそれは、現在一切の視線を感知していない。


「見られてない……?」


 進化した私の視線感知をもかいくぐるほどのサーチ能力を彼らが持っているとは考え辛い。そもそも私ですら弱点を理解していないんだ。

 部外者の彼らが今回初披露のこの能力の弱点を熟知しているとは思えない。


 いや、そんなはずはない。

 ここまでお膳立てしておいて何もなしなんてありえない。


「ねえ、逃げたわけじゃないよね」


 そんなわけがないと思いつつも、白煙に向かって語り掛ける。

 私たちの因縁など彼にとってはどうでもいいことで、もう一度おびき寄せられただけなのかもしれない。

 そんな嫌な予想が頭に浮かび上がる。 


「でもだとしたらなんで?」


 現状、ここに大した仕掛けはない。

 もし、この後に何か大きなことをするのだとしても、結局は私に通用しないだろう。


 理由は簡単だ。

 ここに小森がいないのなら、私に不殺の縛りは適用されない。

 不殺の縛りがなければ、転生庁の策に困らされることはあっても殺されることはないだろう。前と同じだ。


「まあ、でもとりあえずかくれんぼしたいってことなんでしょ。いいよ。付き合ってあげる」


 前は君が白煙をかいくぐって私を見つける役割だった。

 なら、今度は逆に私が白煙をかいくぐって見つける番。


 ずっと気になってたんだ。

 魔力を大きく放つ物体がそこにある。

 何の意味もないってことはないはず。

 まずはそれから秘密を暴くとしよう。


「楽しませてね」

 

 それは敵に言うべき言葉ではないことは分かっている。

 けれど私は、お願いするように呟き、一歩踏み出した。

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