87 ピンチの時ほど自分の知らなかった才能が見えてくる

❤dhiluna


 

 頭の中を搔きまわすかのような異質な音。

 本来は使えるはずの能力が全く使える気がしなかった。


「……こんなことになるなら耳栓を持ってくればよかったなぁ」


 能力を使うのに頭を使うというのは間違ってない。

 けどそれは難しい問題を解くみたいな話ではなく、もっと本能的なものだ。


 スポーツ選手が行動の一つ一つをわざわざ深く思考しないように、私達能力者も能力を使う時に一つ一つ深く思考することはない。

 だから、思考へのジャミングは根本的な解決にはならないと高をくくっていた。


「……けど、考えてないだけで考える余裕は必要ってことなのね」


 切羽詰まった状況では普段通りの行動が出来ないように。

 異質な音に思考を奪われた状況では普段通りに能力を使うことは出来ないらしい。


 まるで殻にこもる生物のように光球で自分をすっぽりと覆う。

 とりあえずこれで一旦難を逃れたが、状況はまったく解決していない。

 光の繭に引きこもったままの引きこもりでは、人類の希望との直接戦闘は実現しない。


「さて、どうするべきか」


 銃声は止んでいる。

 もしくは周囲の音で銃声は掻き消されているのかもしれない。

 

「街路灯は無数にあった。範囲を決めずに能力をぶっ放さないと壊すことは出来ない」


 能力が使えないこととは裏腹に、思考は意外と冷静だった。

 少なくとも、やけになって暴走するという最悪の事態は免れている。


「スピーカーの細かい位置までは覚えてないなぁ……」


 スピーカーの存在が私の足元だけでないのなら、破壊するには広範囲の攻撃が必要になる。

 けど、現状の思考能力では細かい範囲の設定は出来ない。

 

「ダメだ。それじゃ人を巻き込む」


 人類の希望を守るために配置された大量の人員。

 命がかかっている以上、私の能力の抑制のためだけに置かれたということは考え辛い。

 それはあまりにも人権を無視しすぎている。


 だから、ただ単純に私たちが脅威だから大量に人員を用意しただけなのだろう。

 が、私には不殺の縛りが掛かっている。


「結果的に最強の抑制になっちゃってるわけか」


 どんな強固な壁よりも固い包囲網。

 私専用の絶対防御。


「こんなに早く詰むとは思ってなかったなぁ」


 油断してないなんて言うつもりはない。

 彼らとの戦闘では油断ばかりだし、ここまで単騎で来たのも油断に他ならない。


 転生庁は私に届きうる攻撃は出来ない、と決めつけていたせいだ。

 物理的でない毒などの攻撃は当然警戒していた。しかし、彼らとの距離感などから即死するような攻撃はない。

 冷静になればなるほど私がこの場に来ても問題ないようにしか思えなかった。

 

「ま、私が想定してない攻撃が来るに決まってるよね」


 彼らが私の想定に納まる程度の人間なら、わざわざこんな場所まで来ていない。

 私の想定を超えてくるからこそ、君との戦いを楽しみにしてるんだ。


 正直、術中にはまった以上、音の攻撃は回避出来ない。不可避の攻撃。

 絶体絶命というほかない。

 いや、死ぬわけではないか。

 だが、それでもこの状況を打開する術がないというのは事実。



「まあ、だからといって諦められるような人間じゃないんだけどね」



 ずっと最強を自称してきた。

 不殺の縛りをするほど下に見ていた相手に負けるなんてプライドが許さない。

 

「私がこの街路灯に乗ったのは偶然。他の街路灯の上に乗る可能性だって十分にあった」


 そもそも街路灯の上に乗ったのでさえ偶然の産物。

 ただ、転生庁が馬鹿と煙は高いところが好きという言葉を信じて『街路灯の上に乗る』というところまでは決めつけていた可能性はある。


「だけど、この位置関係は流石に偶然のはず」


 彼らが武器として利用したのは音。

 私の乗った街路灯の下にはスピーカーがあった。

 

 ここだけにスピーカーがあるとは考え辛い。

 なら、すべての街路灯の下にスピーカーがなくてはならない。


「もともとあった街路灯を利用したのは失敗だったんじゃない?」


 スピーカーがただ点々と置いてあるだけならば、その位置関係に意味はない。

 けれど、普段から利用されている街路灯を利用しているのだとすれば。


「その位置関係は間違いなく等間隔」


 普通に考えて、わざわざ街路灯をランダムに設置する馬鹿はいない。見栄えも悪いし、機能性も落ちる。

 だからなんだって言いたくなる気持ちも分かる。だが、この場では等間隔であることが重要。

 等間隔であれば付近の数本の位置さえ把握ですべてが分かる。


「弱点をそのままにしておくほど、私は馬鹿じゃない」


 能力の副作用によって得られた視覚感知。

 以前の戦闘ではスコープとカメラのレンズを誤認するほどの欠陥品だった。

 

「今は昼。だから街路灯自体に光はない。けど、そんなの関係ないんだ。根本的にそれが光を放つものなら、私は感知する」


 明確な意思をもって目を瞑る。

 今更視覚に意味はない。どうせ繭の中からは何も見えないんだ。


「なんでだろ。手を取るように位置がわかるよ」

 

 マップに目的地を記していくときのように、街路灯一つ一つに狙いを定める。

 答え合わせなんて出来ないけど、それでも間違ってないことを確信した。


「頼むよ。スピーカーを体で守るなんていう愚行はしないでね」


 耳鳴りは不思議としなかった。

 気持ちいいくらいにすんなりと、光の線は地に刺さる。


 新鮮な空気を肺に入れ、繭を消した。

 先程まで聞こえていた気持ち悪い音はもう聞こえない。


「大層な歓迎感謝するよ」


 繭から飛び出し、街路灯を蹴る。

 高く跳び上がった私の視界には大量の兵士が映った。


 驚きからか、それとも耳が聞こえない弊害か、彼らの行動はまちまちだ。

 私に向かって銃を構える者や、狼狽えて隣の者に助言を乞う者。


 大量の兵士自体には目を見張るものがあるが、今の私にとって彼らはモブでしかない。

 取るに足らないただの石ころ。

 

「ようやく区別がつく。君はそこだね」


 殺気なんて調べるまでもない。

 私に向けられた一筋の光。

 スコープ越しに私を見るやつの視線に違いない。


 まるで答え合わせをするかのようにその方向から現れる煙。

 轟音が響いた。






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