86 情報の価値は日々変動する
♤hiroaki
この騒動の始まり。
ここまでの大事になった張本人の一人であるにも関わらず、交渉の場に彼女はいない。
何の役にも立たない俺が言うことではないが、本当に勝手な奴だ。
「こんにちは、堀口君。話は聞いてるよ。あの小森の直属の部下なんだってね。もしかして君も優秀なのかい?」
「どうかなぁ。個人的にはそこら辺の人間よりも優秀だとは自負してるけどあなたのようなイレギュラー相手だと話は変わってくるかもしれない」
単なる雑談のように話す二人だが、俺たちを取り巻く状況は普通じゃない。
俺達を殺すための銃口が360°全方位から向けられている。
生きた心地がしないとはこういうことを言うのかもしれない。
「あまり褒めるなよ。そんなことをしたって僕らはお縄にかからない」
「まさか。こんなお世辞で降伏するなんてあまり作戦を考えてるわけないじゃない。きちんと君達を討伐する気はあるよ」
「そりゃ良かった。無策で突っ込まれたら、僕らが勝ったところで君達は負けを認めないだろうからね」
発言は間違っていない。
けれど何処か嫌味に聞こえてしまうのはこいつに偏見を持ってしまっているからだろうか。
特に嫌な顔をすることなく会話を続ける堀口を少しだけ尊敬しながら、彼女の言葉を待つ。
「それで、交渉ってのは何をする気なのかな?」
周りにボディガードもつけていない状況で、それでも一歩歩み寄る堀口。
「勝利条件を決めないか? 目標もなしに戦争を始めても、ジリ貧になるだろ?」
「意味が分からないね。私達の勝利条件は君達の討伐。決まり切っていることだと思うけど」
「君達の勝利条件はそれでいいさ。けど、僕らの勝利条件もはっきりさせといたほうが良いんじゃないかな。いや、どちらかというと君達の敗北条件か。きちんと決めておかないと引きどころが分からなくなる」
俺達の目標はあくまで『存在の証明』。
この世界に生きていいんだって、認めてもらうことが最終目標。
けれど、それはあまりに曖昧なもの。
転生庁の最終目標の『ディルナ、スノーマン両名の死亡』と比べればそれがあまりにも実体のない目標であるということに嫌でも気付く。
「言いたいことは分かるけど、そんな大事なことを私個人では決められない。私に出来るのは話を通すことくらいだけど、この戦闘の終了条件なんていうのはすぐには結論出ないと思うよ」
「じゃあ、交渉したいってことを伝えてくれるだけで良い。僕だってすぐに結論が出るなんて思っちゃいないさ。けどこれを話し合ってもらわなきゃ意味がないし」
スノーマンは視線を堀口から外し、遥か遠くへと向け、口を開いた。
「来てるんだろ、人類の希望。彼が出した最終決定ならだれもが従う」
「そりゃ来てるよ。けど、残念。どうやらお取込み中らしいね」
「取り込み中?」
堀口も振り返って、視線をスノーマンと同じ方向へ向ける。
「さっき飛び出していったお仲間さんがいたでしょ」
一瞬意味が分からずスノーマンが硬直する。
先に意味を理解したのは俺だった。
「……あぁ」
思わず相槌のように唸る。
それを見た堀口が満足したのか言葉を続けた。
「絶賛彼女と戦闘中らしい。だからこういう大事な話は今は無理だね」
「そいつは残念だ。ま、それなら待つことにするよ」
一瞬で諦めて引き下がるスノーマン。
その行動は俺の予想に反したもので、思わず口を挟んだ。
「良いのか? 相手が何を準備しているのか分からない。さっさと結論を出さないと目標が定まらないだろ」
戦闘が始まった直後は良かった。
ただ命を守るという行動原理のまま突っ走るのが最善。
それ以外のことなど考える必要なんてなかったから。
けれど今は違う。
目標が明確に定まっておらずふわふわと浮ついた状態だ。
勝利の条件が定まるに越したことはない。
「考えてもみなよ。僕らの準備時間と彼らの準備時間は違う。僕らはさっきこの戦闘が始まったことを認識した。けど、彼女たちはずっと前からこの作戦を知っていたはずだ」
「……まあ、それはそうだろうな」
確かに俺達と違い、転生庁にはちゃんとした予定がある。
この場この時のためにいろいろな準備をしてきたはずだ。
それは逆に考えれば、急ごしらえで行えるような準備がないということでもある。
「ここで、時間を稼ぐということの価値が僕らと彼らで違うんだ。彼らがここで時間を稼いだところで得られる情報なんてたかが知れてる。僕らは三人しかいない。装備もない。反対に、僕らが得られる情報は無限だ」
奴らが時間稼ぎを望んでいるのなら、それに付き合ってやろう。とスノーマンは続ける。
「まあ、でも彼女たちが時間稼ぎを望んでいるかどうかは知らないけどね」
「……? どういう意味だ?」
「交渉が必要なのはあくまで僕らだけ。正直転生庁にそんな面倒なこと必要ない」
いつの間にか目の前にいたはずの堀口が遠ざかっている。
それに気づいた直後、スノーマンの言葉を示すかのように、再び銃声が鳴った。
♢komori
全てを見渡せる最後方。
もしここが現代ではなく、戦国時代であったならばおそらく最も安全な場所だった。
けど、ここは科学技術がひしめく現代で、相手取っているのは常識の通用しない再転生者だ。
なら、ここは全く安全じゃない。
どれだけ遠くても光の速度で移動できるのなら、距離は問題にならない上に、全てが見渡せるというのは向こうからも視認されるという リスクがある。
だから、こんな場所にはいない方が良い。
そもそも俺の本職はスナイパーだ。最善を考えるのなら、本陣とは別の場所に潜んでいるに限る。
けれど、今回はわざわざこの場に立つことを俺自身が提案した。
どう考えても愚策だが、それでもやらなければならない理由がある。
たった一人の少女すら倒す事の出来ない我々には、二人揃った彼らを倒すことなんて出来やしない。
なら、まずは分散させる必要がある。
囮になれば彼女はこの場所に来る。
あれだけの激闘をしたんだ。何の記憶にも残っていないというのは正直考え辛い。
というか流石に覚えてくれていると信じていた。
「ここまでは作戦通りといったところか」
普段では気になる独り言も、異音が鳴り響くこの状況では全く気にならない。
予定通り、ヒカリは俺に釣られてここに来た。
音の攻撃も想像以上に彼女には効果があるらしい。
彼女が性格とは真反対の、引きこもる戦略をとっている。
『それでは、一旦身を潜める。彼女に動きがあったら教えてくれ』
インカムに一言だけ添えてその場を離れる。
光の繭は眩しくただ存在感を示していた。
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