84 そして火蓋は切って落とされる

♧horiguchi




 決戦当日。

 私は、一週間ほどかけて作り上げた包囲網を見下ろす位置にいた。


 理由は簡単。私の上司が司令塔だからだ。

 我が軍の最高戦力を早々に失うわけにはいかないということでセンパイは後方に置かれていた。

 部下の私も作戦開始まではここに居座る形となるが、センパイと違って私には最初から仕事がある。短い期間だが、この景色を堪能することとしよう。


「壮観ですね。こんなにも味方がいたなんて知りませんでした。頼もしい限りです」


 転生庁に従事するほぼ全ての戦闘員が導入された本作戦。

 完成した包囲網は普段とは比較にならなかった。

 おそらく、ここまでの人員が一堂に会するのは今回が初めて。


「油断するなよ。この戦力でも足りるか分からん。俺達が達成すべき目標はそれほどまでに高いんだ」

「分かってますよ。私たちはあくまでスタートラインに立ったに過ぎない。大事なのはこれからです」


 今回、ここまできれいな包囲網が作り出されたのは『ヒカリの滞在場所が割れたから』に他ならない。

 

 もう既にヒカリが滞在する可能性のある場所はたった一つのホテルまで絞れていて、あとはその中のどの部屋にいるかを確認する作業を残すのみ。


『いつでもいけます』


 インカムから届く報告を聞き流しながら、再び現状を整理する。


「そこまで良い状況じゃないんだよね」


 確かに一つに絞れたといえば聞こえはいいが、事実は少し違う。

 彼らには隠す気がなかった。

 証拠隠滅をする気もなく、生活を制限する気もない。


「良く分かってるじゃないか。今一度を引き締めろ」

 

 隣で呑気にコーヒーを啜っているセンパイに言われると、その言葉も心に響かない。


「センパイこそ気を引き締めてくださいよ。コーヒーなんて飲んでる場合じゃないでしょ」


 いくら戦場の最前線から離れた場所といっても、ここが危険な場所であることは間違いない。司令塔と言えども、後方でコーヒーブレイクを認めてはいけない。


「心を落ち着かせてるんだ。お前も飲むか?」

「いらないですよ。それブラックですよね? 私飲むときは砂糖を入れるって決めてるんです」

「そうか。残念だな。ここのコーヒーは美味いのに」


 SAKAIと書かれたコーヒーカップを手に持って、ゆっくりと中身を啜る。

 腰につけた新兵器が不思議と目についた。


「ブラックなんて格好をつけるためだけのものですよね。なんでわざわざ美味しくもない飲み物を飲まなきゃならないんですか」

「君もいずれ飲めるようになるさ」


 空になったカップを机の上に乗せ、立ち上がる。

 耳に手を当て、通信を繋げた。

 ようやく司令塔としての仕事を始めるらしい。マイペースな人だ。


『最終確認を行う』


 耳に着けたインカムと隣から直接センパイの声が聞こえる。


『今回のターゲットは個体名『ヒカリ』、『スノーマン』の両名。再転生者が共謀するというのは今回の事例が初めて。ましてや相手は転生事変級。これは一世一代の大仕事だ』


 転生庁の全身全霊。

 最大の戦力をもって、史上最強の敵を迎え撃つ。


『では、健闘を祈る』


 サイレンが鳴り響く中、その音を割るように銃声が鳴った。

 



♤hiroaki


 

 戦闘が始まり、緊張感が一気に高まる。レジャー気分だった俺達も、一瞬で気を引き締めた。

 常に後戻りできる状態ではないが、今は迷うこともすらも許されない状況だ。


「どうする?」


 迷うことすら出来ない切羽詰まった状況だが、俺は何も作戦を聞かされていなかった。知っているのは、迎え撃つことくらいだ。


「来るよ」

「来る?」


 意味が分からず聞き返した直後、窓が割れる音がした。

 その後、連続して窓の割れる音がする。

 音は段々と近づいてきて、ついに俺達の部屋の窓を割り、破片が地面に散らばった。


「場所が割れてるのか」

「まあ、当然でしょ。私達はずっとここにいた。彼らが位置を特定する時間は十分にあったと言っていい」


 そもそも隠す努力を僕らはしなかったしね、とスノーマンは続ける。


「君がいるからって手加減する気はないようだね。やっぱり死刑なのかな」

「……頼むから守ってくれよ」


 俺はお前らと違って、当たり所が悪ければ弾丸一発でさえ死ぬし、お前らの能力に巻き込まれれば即死するんだぞ。


「まあ、任せなよ。僕らのどちらかについていればまず死なない」

「信じてるからな」


 こいつらの力はつい先日見たばかりだ。

 正直、その信頼性は高い。が、心配なものは心配だった。


「場所が割れてるとは言っても、詳細に絞れているわけじゃないみたいだね」

「なぜそれが分かる?」


 聞きながら部屋を出て廊下を歩いて、周囲の状況の確認を始める。

 

「ほら、全部の部屋の窓を割ってる。カモフラージュかもしれないが、僕らに圧力をかけたいのなら、僕らの部屋の窓だけを割ればいい。そうだろ?」

「確かに」


 廊下の窓どころか、隣の部屋の窓ガラスまで割られている。

 このホテルが無人であるという確信があるのだろう。

 随分と、無茶苦茶なことをやるものだ。


「これからどうするんだ? このままホテルに籠城するのか?」

「それは愚策だと思うよ。このホテルまで割れてるなら、壊されることも視野に入れる必要がある」

「どういう意味だ?」


 いくら物量があるといっても銃弾程度で壊れる程ホテルはやわではない。

 意味が分からずディルナに聞き返す。


「転生庁は死ぬほど爆薬が好きなんだ」

「どこの情報なんだよ、それは」

「経験則だよ」


 ディルナの核心を裏付ける様に、再び爆音。

 直後、体から力が抜ける。 

 傾いたホテルが今にも地面へとつこうとしているのが分かった。


「ほら、つかまって。出るよ」


 ディルナから差し出された取りながら、思い出す。


「……なんだかデジャブを感じるな」


 跳び上がった車から降りた時とそう変わらない感覚。

 今度は、ディルナと一緒に逃げれるらしい。


「速度を落とす。上の窓から出よう」


 スノーマンの掛け声で上を向く。

 ホテルが斜めになったことに寄り、廊下の横についていた窓から空が見えるようになっていた。

 

「さあ、行こう。外の世界へ」


 まるでドミノのように倒れるホテルから飛び出す。

 迫ってくる地面に命の危険を感じていると、急に落下がゆっくりになった。

 急激な重力の変化に体を引っ張られながら、倒れたホテルへと足を付ける。

 

「僕の能力に感謝しなよ。通常の速度なら君は間違いなく大怪我を負ってたに違いない」


 ありがたいことは間違いないが、恩に着せるような言い方にわざわざ感謝をいうのがはばかれる。


「多いな……」

「豪勢な歓迎は彼らの得意分野だよ。感謝しよう」


 目の前に広がる大量の兵。

 このすべてが俺達の敵だと考えると、自分の行動の異様さを咎められている気分になる。 


「僕らの目標は転生庁の戦意喪失。その過程で何人たりとも命を奪うことは許されない。いいね?」

「任せてよ。私に出来ないことなんてない」

 

 だが、こちらにも頼りになる味方がいる。

 どんな物量でゴリ押しをしようとしても、彼らには届かない。


 一歩前に出て大きく息を吸うスノーマン。

 つい先程までお世話になっていたホテルの残骸の上に堂々と立って、宣言をする。


「さて、どうするんだ転生庁! 僕達は逃げも隠れもしないぞ!」


 直後、スノーマンの声が掻き消されるほどの銃声。

 思わずしゃがんで頭を抱える。


 そんなことで避蹴られるとは思っていなかったが、それでも条件反射でしゃがんでしまった。

 鳴り続ける銃声を聞きながらゆっくりと顔を上げる。


「いや、マジか……」


 視界に入ったのは驚愕の景色だった。 

 まるでそこだけが隔離されているかのように弾丸が半球状の形をつくっている。


 透明な壁、といえばいいのだろうか。そんな俺の目には映らない何かが俺たちを守っていた。

 銃声が鳴りやむと、弾丸が堰を切ったように次々と床に落ちた。


「困ったね。想像以上に容赦がない。勝木紘彰。君は絶対に僕から離れないでくれ。彼らは君を殺すつもりだ」

「……マジで頼むぞ」

「さて、ファーストコンタクトが済んだところで交渉に行こうか。勝利条件を決めないとジリ貧になるからね」


 抵抗する意思はない、ということを示すためにスノーマンは両手を挙げる。


「ねえ、彼の姿が見えないけどいないのかな。そんなことある? あの人って作戦の要なんだよね?」

「いきなり切り札は切らないって算段なんだろ。ほら交渉役が近づいてきたぞ」


 スノーマンの声で、こちらへ近づいてくる人間に気が付く。

 目を凝らしてみると、相手方もこちらと同じように両手を挙げているのが分かった。どうやら、とりあえず戦闘の意思はないらしい。


「お互いが降参のポーズをとるっていうのは、なんだか不思議な感じだな」

「油断はできないさ。あの人は重役に見せかけた囮かもしれない」

「俺達には判断出来ないだろ」

「ま、それはそうだね」


 スノーマンは言いながら、楽しそうに笑う。

 戦場で何笑ってんだ、と突っ込みたいところではあるが、こいつに余裕があるのは良いことだ。俺の生命に直結する。


「あ」


 交渉役がようやく目の前まで来たところで、ディルナが小さく呟く。


「どうした」

「……やっと見つけた。最奥だね彼は」

「おい、何言ってる?」


 直後、真横にいたディルナの姿が消える。


「は? おい馬鹿」


 真横から聞こえてくるのは大きな笑い声。

 スノーマンが腹を抱えて笑っているのが目に入った。


「流石だね、彼女は。自由奔放の塊って感じだ。おそらくだけど人類の希望に会いに行ったよ」

「……ふざけんなよ」


 開戦直後、さっそく数少ない俺の見方が一人消えたらしい。

 たった三人しかいないというのに、単独行動を選ぶなんて何を考えてるんだあいつは。


「ま、でも僕らのやることは変わらないよ。まずは、彼女と会話をしよう」


 歩いてくる交渉役には見覚えがあった。

 どこかでこいつとは会ったことがある。


「こんな戦場で両手を挙げて無防備になるなんて油断が過ぎるんじゃない?」

「そっくりそのままその台詞を返すよ。僕一人でも君達を壊滅させることなんて造作もない」


 独特なご挨拶を聞き流している間、ゆっくりと記憶を探る。

 先程デジャブを感じたばかりだからだろうか。

 目の前の交渉役の姿はすぐに思い出した。


「じゃあまずは挨拶でも。私の名前は堀口沙紀。どうぞよろしく」


 

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