83 嵐の前の静けさは不思議と心地よい
♧horiguchi
転生庁中央に聳え立つ規格外の氷柱。
意味が分からないくらいの存在感を放つそれに影響されて、管制室は喧騒に包まれていた。
かくいう私も何をすべきか分からず、手をこまねいている。
混乱に陥り、正直やるべきことが分からない。
転生庁本部、いわゆる本陣にターゲットが全員存在するというこれ以上ないチャンスだった。
けれど、それはあまりに唐突過ぎた。
「もうちょっと予兆があればなぁ……」
勝木紘彰が目を覚ましたのが今日。
外部と連絡を取る方法なんて彼にはないだろうし、ヒカリの襲撃とタイミングが重なったのは完全なる偶然のはずだ。
ヒカリやスノーマンの能力から予想しても、勝木紘彰の覚醒タイミングを察知出来るとは考え辛い。
そもそもスノーマン自体が予想外過ぎた。
我々の予想の範疇に再転生者の援軍はなかったんだ。
「……?」
突如、喧騒が止まる。
あれほど騒がしかった管制室が途端に静かになった。
原因は火を見るよりも明らか。
既に元の機能を失った扉から見慣れた顔が管制室に入ってくる。
「おかえりなさい。センパイ」
センパイは堂々とした足取りで私の横まで歩いてきた後、私の肩を叩いた。
「どうなってる?」
「どうもなにもないですよ。あのバカでかい氷柱のせいでここは混乱しっぱなしです。奴らは逃げたんですよね?」
「そうだ。もう既に転生庁本部にターゲットの三人はいない。だが、やつらはパフォーマンスのために派手な脱出劇を演じた。なら、滞在場所は簡単に絞ることが出来る」
あれほどバカでかい氷柱を使って脱出すれば追跡は逃れられない。
いくら再転生者といえども姿をくらますことは困難なはずだ。
「そりゃそうでしょうけど、絞ってどうするんです?」
絞ったところで、何かが出来るとは思えない。
前回はヒカリがわざわざこちらの指定した場所まで来てくれたから、策が成立した。
けれど、奴らの滞在場所に策を講じることは出来ない。
目の前で罠を張っている私達を彼らが見逃すことは流石にない。
彼らが手心を加えているとは言っても、そこまでの手加減はしないはずだ。
けれど。
「方針が決まった。奴らを包囲し排除する」
そんな希望の見えない状況であるというのに、センパイが放った言葉はそんなものだった。
正直、耳を疑った。
現状を理解できている人間の出す結論じゃない。
「……正気ですか?」
絶好のチャンスを逃した直後。
私ですら分かる。
このタイミングで攻めの一手を選択するのは愚策だ。
「どうだろうね? それは結果が教えてくれる」
まるでいたずらっ子が浮かべるような笑み。
信用すべきセンパイが浮かべていた表情は信用に足らないもの。
だが、それでも信じるしかない。
「……信じてますからね」
信用に値する言葉ではない。
正気とも思えない。
けど、確かに正気で勝てるとも思えない。
「気合を入れろ! 全面戦争だ」
管制室に響き渡るように、大きく息を吸ってセンパイは叫んだ。
♤hiroaki
結果から見れば、『避難警報』はただの脅しだった。
いや、脅しという表現は正しくないか。
あれは宣戦布告などではなく、本当に避難警報だった、といった方が正しい。
俺達の近くにいた住民にただ避難要請をするだけのもの。
直接的な宣戦布告ではなく、いつでも襲撃出来るようにするための準備であった。
実際に、日に日に人の気配は少なくなってきている。
そして、それとは反対に転生庁の包囲網がどんどんと完成してきていた。
「増えてるねー。あそことか昨日までもぬけの殻だったよね?」
「そりゃ増えもするだろ。もう場所はほぼ割れてるだろうし」
ベランダに集まって外を眺める。
迎え撃つことを第一の目標とした俺達にはそれくらいしかやることがなかった。
「今度は全勢力をかけてってことなんだろうね。僕らも向かい撃ちがいがあるよ」
まるではるか高みで待つ強者のようなことを言うスノーマン。
恥ずかしいセリフだが、実際に強いせいで突っ込むことも出来ない。
「にしても意味不明だな。なんで急に転生庁は攻めることにしたんだ? どう考えたって、俺がダウンするのを待ってた方が良いだろ」
「いろいろ考えはあるだろうね。君のダウンを待つ間に、僕らの準備が整ってしまうことを嫌ったのかもしれない」
治療を受けたお陰で、即時にダウンするほど俺の体は弱っていない。
これはおそらく共通認識のはずだ。
スノーマンとディルナと行動を共にする以上、いずれ俺はダウンする。
このことは転生庁も分かっているはずだが、それがいつか分からない以上、場所が分かっている今攻め込む。
理論としては理解できるが――
「――俺達に整える準備なんてないだろ」
事実、俺たちは暇すぎて雑談しかしていない。
寝て食ってをただ繰り返すただそれだけの動物だ。
「そんなこと彼らには分からないよ。それに、僕らが今気づいていない根本を変えてしまえる策があるかもしれないしね」
「例えば?」
「君を再転生者に変えてしまえる、とかね」
予想外の言葉に思わず絶句する。
「……そいつはまた大層な変化だな」
「可能性の話さ。もしかしたらそんな未来もあるかもしれない」
不可能であることは百も承知だが、そうあってくれれば嬉しい。
俺だって舞台に立ってみたいんだ。
「どちらにせよ、時間をかけるのは互いにとって得策じゃないって考えなんじゃないかな。どんなイレギュラーが舞い込むかも分からない。それなら、現状が把握できている間に攻め込んだ方が良いのは間違いないよ」
「でも、本当に現状を理解出来てるって言えるのか? 実際はいないが、もしかしたらスノーマン以外にも再転生者がいるかもしれないじゃないか」
転生庁が相手していたのはディルナだけ。
そこにイレギュラーであるスノーマンがいきなり現れたんだ。
まだまだ再転生者が隠れていると転生庁が身構えてもおかしな話じゃない。
「その可能性は考えてるだろうね。でも、安心しなよ。転生事変級じゃなきゃ名前はつかない。その転生事変も未だ三度。第二回も第一回も死亡が確認されてる。ネームドが出てくる心配はなくなってるんだ」
なら、現存するネームドはたった二人ってことになる。
たった二人しかいないっていうのにこんなとこに集まってるって言うのか。
ホント意味の分からないところまで来てしまったものだ。
「……お前って意外と凄いやつなんだな」
「そんな褒めるなよ。照れるだろ?」
別に褒めてねえよ。
「まあ、いずれによ転生庁が自暴自棄になって攻めてきてるわけじゃないのは確かさ」
その意見にはおおむね同意だ。
転生庁は当然だが、個人じゃない。
組織である以上、その行動原理が根本的に間違っていることは考え辛かった。
「私はどっちでもいいよ。彼と戦えるのなら、それでいい。きっと出てくるんでしょ?」
「そりゃ転生庁のエースだからね。出てこないわけがない。ただ、彼が最前列にいるかどうかは不明だ。なんせ彼の本業はスナイパー。普段は最前線にいるような役職じゃないんだ」
「――いや、あいつはそれでも来るよ」
ただ一度会っただけであるというのに、確信をもって語るディルナ。
「……何を根拠に」
「彼は戦場に生きてる。先の戦いじゃ、私が勝ったんだ。負けっぱなしで終われるわけないでしょ」
「どうだろうね。彼は組織の人間だよ? 私情を優先して最善を尽くさないなんて愚行起こすかなぁ」
「そんなの知らないよ。私は彼と戦闘しただけで、きちんと対話したわけじゃない。彼がどんな人間かなんて想像しようもない」
「じゃあ、お前の語る理論も正しいかどうかわからないじゃねえか」
まるで心の通じ合った戦友みたいな感じで『人類の希望』について語ってたくせに。
「正しいなんて言ってないよ。ただ私がそう思うってだけ」
そこで満足したのか、ディルナは自分の布団にダイブして顔を枕にうずめた。
「どうせ今日は襲撃してこないだろうし、私は寝るよ。おやすみー」
残された二人で顔を見合わせ、ため息を吐く。
「……自由な奴だ」
それがディルナの良いところでもあるが、悪いところでもある。
再び、ベランダに視線を戻しながらスノーマンへ話しかけた。
「なあ、スノーマン」
「なんだい?」
優しい声色で聞き返すスノーマン。
「お前は共存が可能なんだと言った。多分それは正しい。でも、無理だろ」
「どうして?」
再び聞き返すスノーマン。
あくまでこいつは俺の意見を聞くつもりらしい。
「俺達が動かせたのは世界のほんの一部だ。常識を根本から変えてしまえるだけの影響力はない。そうだろ?」
「冷静だね。そうだよ。実際、僕らが転生庁を返り討ちに出来たところで、再転生者と人類の共存が成立することはない。これは断言してもいい」
概ね同意見だ。
長らく続いてきた歴史を変えるというのは簡単なことじゃない。
「共存を成立させるには、何か大きなきっかけが必要だね」
「……あるのか?」
俺には大きなきっかけなんて思いつかない。
けれど、スノーマンなら。
そんな思いを込めた質問だったが、どうやら期待外れだったらしい。
「それを掴むのは君達の役目だろ? 期待してるよ」
……は?
あまりにも人任せすぎる。
期待した俺が馬鹿だったらしい。
「なんだそれ……」
ほんと、適当な奴だ。
再転生者ってのは全員こんななのか。
「僕らも寝よう。体は資本だよ。休ませなきゃ」
言っていることは正しいが、さっきまで適当なことを言っていた奴に諭されっると反論したくなる。
「……まあ、そうだな」
戦うわけじゃないが、それでも万全の状態でいよう。
足を引っ張るのは分かり切ってる。
だけど、万全を尽くさない理由はない。
「おやすみなさい」
返事はなかったけれど、それでも満足して瞳を閉じた。
◇◆◇
周りが騒がしかった。
うるさいのはいつものことだが、それでもいつもと違う喧騒。
「……なんだ?」
覚醒し始めた耳に入ってきたのは聞き覚えのある音。
その音が何の音なのか記憶に紹介するよりも先に、最高の笑顔をしたディルナが目に入ってきた。
「おはよう、勝木紘彰。始まるよ」
「……始まる? 何が?」
スノーマンの返答よりも早く。
その音がもう一度鼓膜へ届く。
――ウゥ―――ゥゥンン――
久しく聞いていなかったその音が街に鳴り響いている。
覚醒した頭は、瞬時にその音の意味を理解した。
「……サイレン」
これは宣戦布告の音。
俺達を威嚇する音。
「やっとだね。待ってたよ」
心底楽しそうなディルナがもう一度目に入った。
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