82 役割分担は確実に必要だが、時に残酷でもある。
♢komori
黒ではなく銀色に輝く警棒。
刺突して敵を殺傷するような形状ではない。
どちらかといえば叩くことによって真髄を発揮する形。
特筆すべきは先端に開いた穴。
まるで銃口の様なそれは、常にこちらにプレッシャーを放っている。
謎の兵器を目の前に少しだけ緊張しながら、草次博士に質問を投げかけた。
「対再転生者専用? 人間には効果がないってことですか?」
「いいや、しっかり人も殺すよこいつは」
あっけらかんと言ってのける草次博士。
あまりに早い矛盾に思わず絶句してしまう。
「……じゃあ、どこが専用なんですか」
「出力の話だよ。人間にはこのレベルの出力はいらない。だってそうだろ? 気に入らない目の前の人間を殺すために、わざわざ核爆弾を使うやつはいない。そんなやつがいたら、頭のネジが外れてる」
草次博士の言葉に異論はないが、違和感はある。
目の前の研究者こそが頭のネジが外れた代表例であり、こいつならやりかねないという感想しか出てこない。
あまりにも説得力がないが、発言の意味は理解出来た。
「……それだけ出力が高いってことですか?」
「当然こいつの火力は、核爆弾ほど高くはない。けれど、普通の生命体に使うにしては高すぎる火力をこいつは有しているよ」
くるくると警棒型の兵器を振り回しながら草次博士は語る。
正直、信じられない。
見た目からその尋常ならざる火力を想像できなかった。
「それで一体何なんです、それは」
「よくぞ聞いてくれた」
待ってましたと言わんばかりに、テンションを上げる草次博士。
警棒で聳え立つ氷柱を指しながら、説明を始めた。
「この氷柱はスノーマンが生み出したものだ。正直、この氷柱が生み出されるプロセスは全く分からないが、一つ確かなことがある」
「……この氷柱がここに在るってことでしょう?」
過程にとらわれてはいけない、そこにある結果だけが真実。
もちろん研究者はその過程を確かめること自体も仕事だが、俺みたいな現場の人間には関係のない話のはずだった。
けれど、俺の予想とは裏腹に草次博士は首を横に振る。
「いや、違う。確かなのは、この不思議なプロセスを実現しうる謎のエネルギーの存在だ」
氷柱を警棒で叩く草次博士。
狭い狭い廊下に氷柱の音が鳴り響く。
「転生酔いも転生震度も、今のところ原因不明だ。けれど、おそらく原因は同じ。彼らが利用する未知のエネルギー。……そうだな。ここでは便宜上、魔力とでも呼ぼうか」
話を聞きながら一つの仮説が自分の中に浮かび上がる。
それはあまりにも無謀な考え。
「……まさか」
あり得ない。
そんなことが出来るはずがない。
こいつは無理やり再転生者と同じ土俵に立とうとしている。
「そのまさかだよ。こいつにはその未知のエネルギーがふんだんに詰め込まれてる。前方に魔力を発射するという単純な兵器さ。だから魔導砲という名をつけたんだ」
「実用段階にあるんですか、それは」
未知のエネルギーを込めた兵器。
正直、使う側からすれば勘弁してくれ以外の感想が出てこない。
「正直、そいつも未知数だね。もちろん試験運用は済ませた。けれど、如何せんエネルギーが貴重だ。おそらく動いてくれると思うが、残念ながら一度しか試射は行っていない」
「……ほぼぶっつけ本番じゃないですか」
試験運転が一度だけ。
正気とは思えない。
各企業がどれだけの研鑽を重ねて新製品を作ってると思ってるんだ。
「安心してくれ。私に限ってミスはないさ。こいつは必ず動く」
「……フラグにしか聞こえないですよ」
そこまで自信満々だと逆に疑ってしまう。
試運転が一度だけという時点で信用なんてないようなものだし。
「そうかい? だが、安心してくれ。私は君の想像以上に君を買ってる。研究者としてあるまじき行為だが、私は仕事をする際、私情を常に挟んでいるんだ。捨て駒に渡す武器であるならまだしも、君に渡す武器が動かないなんてことは有り得ないよ」
「そんな期待されても困りますって」
俺の言葉に、草次博士は楽しそうに、けれど悲しそうに笑った。
「期待くらいさせてくれよ。研究者に出来ることは期待くらいなんだ。戦場じゃ糞の役にも立たないからね」
草次博士は語りながら、託すように警棒を俺に押し付ける。
想定以上に重いそれを握りしめながら、本題へと入った。
「それで、こいつはどうやって使うんです?」
「銃剣をイメージしてくれればそれでいいよ。本来、刀の柄になっている部分にトリガーが用意してある。万が一誤射しないように相当堅くしてあるから全力で握りしめてくれ」
良く見ると確かに、拳銃とほぼ同様のトリガーが警棒の横にポツンとつけられている。
「間違っても握りこむなよ? その兵器はおそらく再転生者すらも殺せてしまうほどの火力を持っているが、いかんせん燃費が悪い。撃てて三発だ」
「リロードの概念はありますか?」
警棒にはトリガーしか確認出来なかった。
まさかトリガーとリロードが同じ場所にあるとは考え辛い。
そこまで考えて問いかけた俺の質問に、草次博士は首を横に振る。
「連射は無理だが、リロードの概念は存在しない。射撃をすれば次弾が勝手に充填される。仕切りが三つ入ってるんだ。そいつが撃つたびに外れていくと思ってもらえれば大丈夫だ」
「射程はどのくらいなんです?」
「まあ、狙撃するような用途では使えないね。でも安心してくれ。君がヒカリに決めたゼロ距離射撃をしてくれれば問題ないさ」
また無茶を言う……。
そんな簡単に出来れば苦労なんてしないんですよ。
簡単に無理難題を突き付けてくる草次博士。
そんな馬鹿に、ため息を漏らしながら返答をする。
「……無理ですよ。あれは一度限りの不意打ちです。ヒカリがあの距離まで近づかせてくれるとは思えない」
「でも君が諦めるわけにはいかない」
「分かってますよ」
ここで諦められる立場ではないし、諦める気もない。
だが、現状が最悪なのは確かだ。
突然好転するような奇跡の一手は振ってこない。
我々は、この不利な状況で彼らに対応する必要がある。
「前回は視界を塞いだ。なら、別の要素を増やすしかないな」
「そりゃそうでしょう。でも、そう簡単に彼女に通用する何かは出てきませんよ」
事前にあれだけの準備をして決めた一撃。
猫だましのような一撃だ。正直、同じ技が通用するとは思えない。
かといって、あのような状況をもう一度再現できるとも思えない。
俺の頭には、絶望の二文字が浮かんでいたが、草次博士の顔からはそんな様子は微塵も感じなかった。
まるで最強の策を思いついた子供のように愉しそうに笑っている。
「吉報だ。針が触れている。イレギュラーは来るよ。私が保証しよう」
直接的ではない草次博士の報告。
正直、これだけを聞くとどういう意味なのか全く分からない。
けれど、確かに彼の言いたいことを理解した。
「……どうなっても知らないですよ」
「どうなるかなんて分からないのがこの仕事だろう? 私達は最善を尽くすだけさ」
「最善すらも分からないのがこの仕事ですよ」
言いながら嫌になる。
何処かの誰かが最善策を考えてくれれば楽なのに。
何度そう思ったことか。
「けど、そうじゃなきゃな」
何のためにこんな仕事を続けてるんだ。
無理難題を解決するためだろ。
「じゃあ、行ってきます」
善は急げだ。
イレギュラーがいつ来るか分からない以上、策は打っておくに越したことはない。
氷柱に背中を向け、管制室へと歩みを始めたところだった。
「……なあ、小森」
「なんです?」
廊下を引き返そうとする俺を引き留めるような一言。
足を止めて、次の言葉を待つ。
「……君が何をしようと、きっと私はその選択を尊重するよ」
さっきの『針が振れている』と違い、言葉の意味が汲み取れない。
あまりに曖昧過ぎる。研究者とは思えない発言だ。
「なんですか、いきなり。あなたらしくない」
「……分かるだろ。私は君のファンなんだ。長年の付き合いもある。君がやりそうなことや君の想像することは大概予想がつく。予想がついたうえで、君の選択を尊重するし、君の選択に悲しくもなるさ」
相変わらず曖昧な言葉の羅列。
正直、草次博士の言いたいことの全てを理解しているわけではない。
だが、確かに彼の伝えたかったことが分かった様な気がした。
「……最善は尽くしますよ」
端から負けに行く馬鹿はいない。
勝算はなくとも、全力は尽くす。
最大の意思を込めて、氷柱を背に一歩を踏み出した。
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