81 弱音を吐いてばかりじゃ何も進展しない
♢komori
スノーマンを見送った後、その場でただ立ち尽くすだけの時間が十二分。
冷え切っていた拳銃も、ゆっくりと周囲によって温められ、本来の機能を取り戻していく。
目の前に形成された大きな氷の柱が、先程までの出来事が夢でなかったことを教えてくれた。
人間では到底創造出来ないイカれた芸術作品。
この氷柱を何倍すれば砂漠を覆うほどの氷河になるのだろうか。
底知れぬスノーマンの恐ろしさをまざまざと見せつけられる。
「本当勘弁してくれよ」
ただでさえ厄介な再転生者がタッグを組んでいる。
絶望以外の何物でもない。
倒す方の身にもなってほしいものだ。
お前らと違ってこっちには何のアドバンテージもないんだぞ。
「お疲れだね、小森君」
傷心した俺の元へ、近づいてくる足音が一つ。
振り返るより先に、声で足音を立てている人間が誰なのか理解する。
「……草次博士」
いつも通り汚い白衣を着崩し、手入れをする気すらなさそうな髭と髪を携えた男性。
転生庁の誇る研究者。草次総司だ。
「君が再転生者を目の前にしたうえで、取り逃がしたのはこれで二回目。そろそろ自信を失ってきたところかな?」
「元から自信なんてありませんよ。大きな神輿に担がれただけです」
「そういう謙遜はよくないね、小森君。君はもっとどしっと構えてくれないと」
常に自信が満ち溢れてるのはあなたくらいですよ。
ただの一般人でしかない私はそんな楽観的にはなれやしない。
「謙遜じゃありませんよ。本気で神輿に担がれたと思ってます。ただ、かといって責任から逃れる気はないです。きちんと全力は尽くしますよ」
「流石、人類の希望。やっぱ心構えが違うね」
何が起ころうと、ヒカリとは決着をつけなきゃならない。
誰かにこの責務を押し付けて逃げるなんてことはやってはいけないんだ。
「それで、何の用です?」
「用事がなきゃ話しかけちゃいけないのかい? 冷たいね」
「目の前にこれだけ大きな研究材料があるんです、これを無視して話しかけてくるなんて、何か理由があるに決まってるでしょう」
スノーマンが作り出した大きな大きな氷柱。
先端は彼らを射出するために切り離されてしまったが、根本は元気にここにある。
草次博士のような研究者がこの格好の研究材料を見逃すはずがない。
「なるほど。確かにこいつはインパクトがある。けど、こいつに研究側面で意味なんてないよ。こいつは本当に凍ってる。ただの氷なんだ。解析したところでこいつは水でしかないよ」
「……まあ、そりゃそうですよね」
草次博士がこの氷柱に興味を示さなかったのは意外だったが、この物体がただの水であるということは聞くまでもなく分かりきっていた。
もしこれがただのこけおどしで、時間結果によって消失してしまうようなものであれば、第三転生事変は今日まで尾を引いていない。
「どっからこんな質量持ってきてるんだか……」
「既存の理屈は彼らには通じないよ。我々が彼らに合わせるほかない。確かなのは、氷柱は確かにそこにあるという事実だけだ」
仕組みは分からないが、起こった事象は観測出来る。
スノーマンはその名の通り、氷を自由自在に扱うし、ヒカリは異次元な速さで動き回るのだ。
理不尽な現実に押しつぶされそうにながらため息を吐くと、草次博士は笑った。
「そんな悲観になることはないだろ。聞いたよ。ヒカリに相当善戦したらしいじゃないか」
「どうでしょうね。奴が手加減してたのは明白ですし、全力を出して届かなかったという事実は、善戦したっていうニュースよりも重いものかもしれません」
不殺。
不確かだが、おそらくヒカリは自分自身にその縛りをつけていた。
不殺は生半可な縛りじゃない。
命の取り合いをしてるんだ。
相手に致命傷を与えずに屈服させるなんて相当な実力差がないと不可能だ。
「そうかい? 手加減していたにしろ君は奴の元にまで手を伸ばすことが出来た。なら、小森君は少なくともあの場面においてはヒカリを上回っていたことに他ならないんじゃないのかい?」
「……かもしれませんね」
奴は手加減した状態でも無傷で終われると確信していた。
その予想を覆したというただ一点のみを考えれば確かに俺はヒカリを上回ったのかもしれない。
「だが、そんな小森君でさえ現状の戦力では勝つことが難しいってのはこちらも承知している。正直、人間と再転生者には大きな隔たりがあるよ。特に、奴らみたいな転生事変級は尚更さ」
「もっと背中押してくださいよ。俺だって恐怖くらいは感じるんですよ」
「知ってるよ。小森君は別に超人なわけじゃない。君の強さはあくまで人間の延長線上にしかない。彼らみたいに急に突然変異したわけじゃないからね」
再転生者は人の形をしているが、明らかに人の進化系ではない。
どこかでステップを踏み外さないとあのレベルには辿りつけない。
「じゃあ、突然変異させてくださいよ」
「人体実験しろってことかい? 非常に興味はあるけどうまくはいかないだろうね。我々はまだまだ再転生者について知らないことが多い」
正直、こんな頭のネジの外れた研究者に体を弄られるなんて許容できない。
が、一縷の望みをかけてこのマッドサイエンティストに賭けてやってもいいという相反する気持ちも、同時に持ち合わせていた。
「けど、悲観することはないよ。君は優秀だ。少なくとも転生庁の命運くらいは賭けてやる価値がある」
「やめてくださいよ。そんな大きな責任はとれません」
いくらなんでも転生庁自体は背負えない。
俺が負けたら、組織ごと終わるなんて重圧が変わってくる。
「安心してくれよ。こんな一介の研究者に組織の命運を賭けるほどの権力はない」
「……知ってますよ」
この人が話すと上段に聞こえなくて困る。
確かにあなたは優秀な研究者ですけど、倫理観とか常識とかをどこかに置いてきてしまった人種だ。
もしかしたら、がある。
「それで、本当に何の用もないんですか?」
こんな雑談をしにわざわざ地下まで来るわけがない。
この確信は正しかったようだ。
俺の質問に対して草次博士はニヤリと笑いながら白衣の中に手を突っ込む。
「まさか。ちゃんと用はあるさ。優秀な優秀な小森君に朗報を持ってきたよ。これがなんだかわかるかい?」
言いながら、白衣の中から取り出したのは円柱だった。
形状と大きさはまるで警棒。持ち手のついた鉄の円柱。
先端は銃口の様に、穴が開いている。
あまりにも歪な武器らしき何か。
「……なんですこれ?」
聞くと、意味ありげに警棒のような円柱を振り回しニヤリと笑う。
警棒が風を切る音が廊下にやけに反響した。
「魔導砲とでも名付けようか。我々が生み出した対再転生者専用装備さ」
銀色の細長い円柱。
まるで威嚇するかのようにその先端に開いた穴が、こちらに向けられた。
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