80 何か困ったときは原点に戻れば何か見つかるかもしれない
♤hiroaki
魔力は能力使用時に消費するエネルギー。
その消費量は能力の大きさに比例し、能力を使用しない時でも再転生者は魔力を常に外部に放出している。
人間と再転生者に構造的な違いはなく、魔力を自前で生み出すことは出来ない。
したがって、再転生者は外部から魔力を補充する必要がある。
その方法の一つが転生庁の見つけた『人類の殺害』。
というのがここまでの話。
「魔力を自分で生み出せないって言うのは分かった。でも、それで良いんじゃないのか? 能力を使えなければ再転生者に害はない」
自前で魔力を生み出せないのなら、補充しなければ魔力はいずれ空っぽになるはずだ。
もう能力なんて使えません、と再転生者が証明することが出来ればそれこそ再転生者と人類の違いは完全になくなる。
討伐対象として認識されることはなくなるだろう。
「それは無理だよ、紘彰」
「どうして?」
「どうしてって……。あれ? そういう話じゃなかったっけ?」
すべてを解決する妙案を思いついたかとも思ったが、どうやら違うらしい。
ディルナにすら否定されるということは、かなり初歩的なミスをしているのだろう。
「そういえば言い忘れてたか。でも、情報を整理すれば誰だってわかるだろ。そもそも人を殺すって話はどこから出てたんだ。魔力を補充なんて言葉、転生庁から出てくるわけないだろ」
確かにそうだ。
転生庁に魔力が確認できるとは思えないし、確認できていたとしてもそれを市民に向けての声明に使うわけがない。事実、聞いたことがないし。
じゃあ『人を殺す』って話は表面上魔力とは関係ないところから出てきていないとおかしい。
と、そこまで考えてようやく思い出した。
「あー、そうか」
人を殺さなければ再転生者は生きていけない。
ということは――
「――再転生者は魔力を失えば死ぬ。というか、そもそも人間は魔力を失えば死ぬんだ。君達人類が死なないのは、魔力を放出するように出来てないからだ」
「人間は魔力を失えば死ぬ? どういうことだ。魔力ってのは再転生者固有のものじゃないのか」
「いいや違う。魔力ってのは普遍的なものだ。全ての人間は魔力を持つ。魔力ってのは魂、生命エネルギーなんだ。そいつがないと生きていけない。逆に言えば生きている人間はみな魔力を持ち合わせている」
そうか。そんなわけないと思ってたが、本質的に構造が変わらないってことは魔力においても変わらないってことなのか。
「んじゃ、俺も魔力を持ってるってことか?」
「そりゃそうだよ。というか、君が持っている魔力はほかの人間とは比べ物にならない。自分で体験してるだろ。もう忘れたのかい? 転生酔い――魔力過剰になるくらいには君の体には魔力が満たされている」
気絶するほどため込んだ魔力は未だに俺の体に残ったままらしい。
俺の中に流れる血潮に魔力が流れると思うと、なんだか興奮してくる。
これが俺の中に眠る男の子としての心か、なんて感傷に浸っている最中に一つの事実に気付く。
さっきまでの話を整理すれば、俺は今、体の構造も再転生者と変わらず、体内に大量の魔力もあるらしい。
「それじゃ理屈が通らないだろ。なんで俺は能力を使えない」
こいつは最初に『俺が能力を使えるようになることはない』と宣言した。
でも、要素だけを考えれば俺には能力を使える土壌がすべて整っているようにしか見えない。
「さっきも言っただろ。君達人類は魔力を放出するように出来てない。これが僕らと君達の唯一の違いといってもいい」
「魔力を放出するように出来てない?」
「魔力は生命エネルギー。そいつを失えば死ぬんだ。補充できる見立てもないのに流しっぱなしにするわけにはいかないだろ」
生きるのに必要な要素が常に外に流れ出すという恐ろしさは理解に難くない。
「僕ら、再転生者は汗腺をはじめとする体の穴から常に魔力を放出しているが、君達人間はそういった外へと流れだす場所は全て塞がってるんだ」
「じゃあ、どうにかして無理やり開ければ能力が使えるかもしれないってことか?」
リスクのある行動だと分かっても夢は追わずにいられない。
一縷の願いをかけて聞いてみるが、スノーマンは首を横に振った。
「99%無理だろうね。常に魔力を流しっぱなしにするのは能力を使うための必要条件であって、十分条件じゃない。死へのカウントダウンを始めるようなものだ」
「ま、そうだよな」
能力の使い方も原理も知らないんだ。
そんな一朝一夕で使いこなせるものではないだろう。
「と、ここまで説明すれば答えは自ずと出るはずだ。放出しないだけで、君達は元から魔力を持ち合わせている。ここまで説明すれば君だって分かるだろ」
俺を試すかのような態度に少しだけイラつきながら、求められた答えを返す。
「殺せば体内に保持していた魔力を受け取れるって寸法か」
「そう。それこそが、再転生者が人を殺すことで生きられる仕組みさ」
人類も再転生者も同様に体内に魔力を持つ。
違いはただ一点。その魔力を閉じ込めておく蓋が開かれているか否か。
開かれていれば、再転生者のように能力を使用することが出来るが、デメリットとして常に魔力を放出してしまう。
しかし、再転生者は魔力を失ってしまうと死んでしまうにも関わらず、自身で魔力を生成することが出来ない。
よって、補充方法が必要。だから、人を殺す。
「なんとも分かりやすい行動原理だな」
「全再転生者が本能に従って生きてるわけじゃないけどね」
そうじゃなくちゃ困る。
ディルナとスノーマンの様に、普通に対話できる存在じゃなきゃ共存なんて出来やしない。
「んで、人を殺す以外にはどんな方法で魔力を補充すればいいんだ?」
元々それを聞くための話し合いだったはずだ。
「転生酔いという病気があるのは知ってるね」
「なんだ突然」
補充の話をしてるんだぞ。
今更、転生酔いの話をしてどうする。
「転生酔いの原因は主に魔力の過剰摂取によるもの。再転生者と違い人間はため込んだ魔力を外に発せない。だから君のように気分を悪くする」
「……それはさっき整理した情報だろ?」
スノーマンの言いたいことが分からず、困惑する。
けれど、ここで見当違いのことを言っているとは考え辛い。
なら、転生酔いと魔力の補充は表裏一体であるということだ。
「……おいまさか」
以前、公園でスノーマンと会話した時のことを思い出す。
あの時、そういえば魔力を大量に発する場所について話した。
「最初から答えは示されてた。僕らが周囲に魔力を発するから君は転生酔いになる。裏を返せば、君が転生酔いになる場所は魔力で満ちてる」
まるでその言葉を言うのをずっと待っていたかのように、ニヤリと笑うスノーマン。その姿がなんだかあの日の公園に重なった。
「そう言っただろ?」
あの時と答えは同じ。
全てはディルナと出会ったあの時、答えはすでに出ていた。
「……再転生者がこっちに来る時か」
スノーマンの笑みによって、奴の言葉が届く前に、俺の回答が正しいことを確信する。
「正解。僕らがこちらに来る際のゲートは通常では考えられないほど魔力を放出する。そこで魔力を補充すれば人を殺す必要なんてないんだ。分かるかい?」
「……まあ、なんとなくは」
転生酔いの度合いが酷いのは、再転生者がこちらに来るときに開くゲートから魔力が漏れ出しているため。これは前に聞いた話だ。
ゲートが開く場所が特定出来るのなら、人を殺さず延命することも可能なような気がする。
いや、特定できるからこそ、お前は以前再転生者が来た時近くにいたのか。
話が繋がってきて、なんだか不思議な気持ちよさがある。
しかし、未だうちの居候は納得がいっていないようで、頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。
「んー、理論は理解できたんだけどなんでそれを今話したの? 私達を説得するだけなら、魔力の補給方法を話すだけで良かった。人を殺さなければ生きていけない、なんていう大きすぎるデメリットを提示する必要はなかった気がするんだけど」
事実、俺達は再転生者が人を殺す理由を知らなかった。
ただの噂話で、そんな事実はないと捨ててしまえばもっと簡単に共存の道を選択出来たはずだ。
至極真っ当にも思えるディルナからの質問にも、スノーマンは動揺した様子はない。
「いいや、必要だ。このデメリットを示さないと君達は大事なところで取捨選択を迷う。ヒカリ、君はまだいい。けど、勝木紘彰は違う。君に迷ってもらうわけにはいかないんだ」
いつになく真剣な声色に気圧される。
何か返答しようとしたが上手く言葉が見つからず、その間にスノーマンが俺に再度念押しを始めた。
「君は
「……提示されたデメリットのせいで、俺が協力しないかもしれないだろ」
スノーマンは苦笑いを浮かべながら窓の外へ視線を移す。
「かもね」
「なら――」
「そのリスクを負ってでも、君に迷ってもらうわけにはいかないんだ」
言葉を遮ると同時に、窓の外へ移った視線を俺へ戻した。
こちらを見つめる瞳がいつもより真面目に見えて、委縮してしまう。
非常に珍しいことに、ここでは人間が少数派。
俺が重要な存在であるというのはわざわざ説明されるでもなく理解していた。
「こうやってきちんと理論立てて説明していないと、君が最後に迷うかもしれない。それでは困るんだ。僕ら再転生者が訴えても意味がない。君が指針なんだ」
「……分かってるさ」
あまりに強い念押しにさらに委縮が進む。
どう考えたって適任なのは俺じゃない。知識だってないし、能力だって使えない。
いや、能力が使えないからこそ適任なのか。
だが、今の俺にはどうしても目の前のスノーマンの方が適任に見えて仕方がなかった。
迷う俺を一瞬、横目で確認した後、スノーマンは手を叩いて注目を引く。
その後、視線が自分に集まったのを理解してから口を開いた。
「最後に整理をしよう。僕らの最終目標は人類と再転生者の共存。可能であることは先ほど示した」
いいね? とこちらを伺うスノーマンに対して、頷きを返す。
「共存への第一歩は、間違いなく攻めてくる転生庁を迎え撃つこと。それもただ迎え撃つだけじゃない」
「じゃあ、どうするの?」
「力を調整するんだ。一人も殺さずやつらを降伏させる。こちらに理性があるということを示せ。僕らは化け物じゃないということを証明しろ」
強すぎる力を持つヒカリにとっては難しいことかもしれないけどね。
茶化すようなスノーマンを、ディルナは鼻で笑う。
「私は強いの。その程度の制御が出来ないわけないでしょ」
ふふん、とどや顔をするディルナに若干の不安を感じたが、スノーマンが「そりゃそうか」なんて納得しているのを見ると本当に強いのだろう。
しかし、一つ気になることがある。
「そもそも転生庁は攻めてくるのか? 奴らからしたら待ちの方が良いだろ。時間をかければ俺は弱っていく。今攻めてくる理由がない」
再転生者と行動を共にすればするほど俺の転生酔いは悪化していく。
ここには人間が俺しかいない以上、俺のダウンは致命的。
「意外と冷静だね。君の言う通りだ。冷静に考えれば彼らが攻めてくる理由はない。かなり煽りはしたけど無策で突っ込んでくるほどの馬鹿じゃないはずだ。彼らは常にハンデを背負って戦ってきたわけだからね。生半可な挑発は受けない」
「は? じゃあ、今までの話はなんだったんだよ」
話が違う。
さっきお前は間違なく攻めてくるなんて言う強い言葉を使った。
それなのに、攻めてくるはずがない、だと?
意味が分からない。
「けど攻めてくるよ」
「はい?」
悩む俺の耳に入ってきたのは、理解のしがたい言葉だった。
さっきまで攻めてこない理由を並べたばかりじゃないか。
文句を言おうとして顔を上げる。
直後、目の前にあらわれたのは子供が浮かべるような笑み。
お前はそんな無邪気な表情が出来たのか、なんて驚いたのも束の間、馬鹿みたいな発言がスノーマンから飛び出した。
「じゃなきゃ面白くないだろ?」
「確かに!」
瞬時に意気投合をする再転生者を見て頭が痛くなる。
全くなんでこいつらはこんなに呑気なんだ。
こちらは相手を殺す気がないとはいえ、相手は全力だぞ。
こっちには死のリスクがあるんだ。
そんな重要なことに気付いていないのか、それとも気付いているうえで気にしていないのか。
真偽は分からないが、これが油断であることには違いはない。
「……馬鹿しかいないのか」
頭を抱えてそんなことを呟く。
けれど、俺はこんな馬鹿どもに命を預けているのだ。
一番の大馬鹿は俺かもしれない。
大きなため息を出そうとした瞬間、机の上に置いてあったスマホが音を出して揺れ始める。
手に取って、画面を確認すると目に入ってきたのは警告の文字。
「意味わかんねぇ……。なんでそうなるんだよ……」
おそらく俺達に送る予定はなかったはずのメッセージ。
けれど特定のスマホだけ警告を送信しないというのは現実的ではなかったのだろう。
それはまるで宣戦布告かの様に、文字としてスマートフォンに浮かび上がる。
『再転生者、ヒカリ、スノーマン両名の制圧を開始する。至急、特定地域にいる者は避難せよ』
楽しそうに笑う再転生者達とは対照的に、俺は再び頭を抱えていた。
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