78 ずっと知りたかった秘密は案外、どうでもよい事の方が多い
♤hiroaki
未だ掴みどころのない目の前の男。
大して興味のなさそうなディルナに対して、正直俺はこの男にかなり興味があった。
ディルナとスノーマンがいつ知り合ったのかは定かじゃないが、俺がこいつと初めて出会ったのは旅を始めるよりも前だ。
接触回数自体は多くはないが、それでもかなりの影響を受けていることは間違いない。
「まずは自己紹介から入ろうか」
白い息を大きく吐きながら、スノーマンは語り始めた。
「僕の名前はスノーマン。ご存じの通り第三転生事変を起こした張本人だ。ヒカリにはもう話したけれど、勝木紘彰に対してきちんと自己紹介するのはこれが初めてかな?」
「……今更感が凄いけどな」
お前の名前は転生庁で既に聞いている。
そして、お前の悪事はかなり前に習ったことがあった。
「その驚きようを見ると、僕がスノーマンだって言うのは知ってたみたいだね」
「転生庁で聞いたよ。そもそもスノーマンってのは本名じゃないってのも知ってる。そうだろ?」
ヒカリとディルナが同一人物であるように、スノーマンって言うのはこいつの本名じゃない。
転生庁が勝手につけた個体名というやつだ。
「その通りだね。ずいぶんと親しみやすく覚えやすい名前を付けてくれたものだ。好みかどうかは置いておいて、僕にぴったりの名前であることは間違いないと思うよ」
何の工夫もなく
実態が名前ほど可愛らしいものじゃないことを除けば、分かりやすい良い名前だと俺も思う。
どんなに察しの悪い人間でも、対象が『氷を操る男性』であると予想がつくはずだ。
「僕の能力は対象の制限がないただの温度低下。対象が非生物、生物に関わらず等しく温度を下げることが出来る。出力と範囲の制限が非常に緩い以外は大した面白みもない普通の能力だよ」
机の上に置いてあったペットボトルに手を触れる。
その直後、パキパキと音を立てて容器の中の水が凍り付いた。
「ほら、こんな感じに」
凍り付いたペットボトルを俺の方に放り投げ、自身の能力のデモンストレーションを行うスノーマン。
放り投げられたペットボトルをキャッチすると、瞬時に温度が伝わってきた。
「つめたっ」
しっかりと凍っている。
見た目だけじゃない、温度まで普通の氷と遜色なかった。
「……これが再転生者の力か」
直前にも、こいつの能力をしっかり見たばかりだ。
疑っていたわけじゃない。
だが、こうやって発動から現象まで目の前で行われると説得力が違う。
砂漠まるごと凍らすなんて馬鹿げた芸当よりも、目の前でペットボトル一本凍らされた方がインパクトがある。
これが百聞は一見に如かずというやつか、なんて感動しているとディルナがゆっくりと近づいてきた。
「貸して―!」
スノーマン自体にはほとんど興味のなさそうなディルナだが、凍り付いたペットボトルには興味津々らしい。
こちらに近づいてきたかと思えば、すぐに俺の手からさっと奪い取って、凍ったペットボトルで遊び始めた。
「本当に冷たいんだ! 凄いね、これ」
「……呑気だな、お前は」
今大事な話をしてる最中だろ。
どんだけマイペースなんだ。
「君の能力に比べれば大したことないよ。なんせ転生震度に二も開きがあるんだ。正直試合にすらならない」
一般人の俺からすれば、この二人の能力のどちらが優れているのかなんてさっぱり分からない。
氷と光に直接的な相性関係があるとも思えないし、本当にただの出力勝負になることだけは予想出来るけれど。
「能力自体に優劣なんてないでしょ? 君の能力と私の能力は全く違う。適材適所だよ。私には保存食を作るなんて芸当は出来ないしね」
「……馬鹿にしてないかい? 別に僕は冷蔵庫の代わりじゃないんだけど」
人類にわざわざ個体名を付けられるほどの能力を持ったスノーマンをただの冷蔵庫扱い。
スケールが違いすぎる。こいつは地球規模で冷やしちまう冷蔵庫だって言うのに。
「ごめんごめん。例が悪かったね。でも、馬鹿にはしてないよ。ま、もちろん戦闘なら私の方が強いだろうけどね」
いつも通り、自信満々にそう言い放つディルナ。
正直、地球規模で冷やす化け物より遥かに強いっていうのは想像つかないが、スノーマンがお世辞を言うようなタイプにも見えない。
ディルナは手に持ったペットボトルをスノーマンに投げ返しながら、再び椅子に座る。その後、ポケットから取り出したスマホに目を移した。
「はは、だろうね。それは間違いないよ」
ディルナから放り投げられたペットボトルを手に取って机の上に戻す。
結露を気にしてか、ペットボトルの下にはハンカチが敷かれていた。
「さて、本題に戻ろうか。僕の願いの話だったね」
凍ったペットボトルから水滴が垂れる。
額から流れる汗の様に机の上のハンカチへと垂れる。
「結論から言おう」
スノーマンの次の言葉を待つ間、ハンカチに落ちた水が広がっていく。
少しだけ色の濃くなったハンカチに目をやると、続くスノーマンの言葉が耳に入った。
「僕は僕が安全に暮らせる世界が欲しい。再転生者と人間が共存出来る世界が欲しいんだ」
スノーマンが語った願いは予想とは大きく違っていた。
こいつはただの道化だと思っていた。
ただ楽しむためだけにちょっかいをかけてきている。
それだけの存在だと決めつけていた。
しかし、こいつの語る願いは道化とはかけ離れたモノ。
前半は置いておいて、後半はディルナとほぼ同じ願い。
わざわざ合わせてきたのか。それとも奴の本位なのか。
彼の心の内を知るために、質問を投げかける。
「意味が分からないな。博愛主義者ってわけじゃないだろ」
「そうだね。ヒカリと違って、高尚な目的があるわけじゃない。僕はただ自分が普通に過ごせればそれで良いと思ってる」
「私も別にそこまで高尚な目的があるわけじゃないけどね。目の前で失われた命を見て、ただなんとなく全員救われればいいなって思っただけだから」
高尚でないとは言いつつ、まるで慈愛の神みたいなことを言い出すディルナ。
力を持つ人間がこいつで良かった、と心底思う。
「君達はあまり考えたことがなかったかもしれないけれど、実はこの世界は僕らにとって結構過ごしやすいんだ」
「というと?」
もっと詳しく説明してくれとの気持ちを込めて、再び質問をする。
「考えてもみなよ。すれ違う人間ほとんどが僕よりも確実に弱い。出合い頭に殺される心配がないんだ。治安が良いんだよ。もちろん個人が持てる銃火器程度では僕らは殺されやしない。なら、唯一の天敵である転生庁が僕らの存在を看過してくれれば、それでいい。僕の平穏は保たれる」
「平和主義者なんだな。お前らが転生庁をぶっ潰すっていう方法もあっただろ」
仮にも再転生者だ。
天敵は転生庁しかいない。
ならば、その天敵を壊しさえすれば彼の安寧は訪れる。
こいつは地球規模で冷やす化け物だ。
彼曰く、ディルナには遠く及ばないらしいが、相手が人間であればそれも関係ないだろう。
「僕は新世界の神になりたいわけじゃないんだ。ただ平和に余生を過ごせればそれでいいんだよ」
「……にしては、派手なことをやったもんだな」
「はは、痛いところを突くね」
「そもそも目立ちたくなかったなら、あんなことしなきゃよかっただろ」
もちろん、再転生者の来訪は転生震度によって感知される。
だが、第三転生事変なんて起こさなきゃ個体名なんてつくことはなかったはずだ。
「若かりし頃の過ちだよ。ぜひ見逃してほしいね」
「若かりし?」
オウム返しをしてようやく気付く。
そうか。第三転生事変が起きたのは十五年前。
フードからちらりと見えるこいつの顔や背格好から見るに、こいつの年は俺とほとんど変わらない。
仮に、同い年だとすると第三転生事変当時の年齢は十歳か。
「本当に喜んでもらえると思ってたんだけどね。だってあそこは暑くて水がないんだろ? なら、氷河でも作ってあげれば表彰されるかなって」
なんとも頭の悪い発想だ。
分別のつかない子供が考えそうなことといえばそれまでだが、それを現実に出来てしまうというのは何とも恐ろしい。
「……なるほど。そりゃ、世界は再転生者を殺す方向に動くわけだ」
善悪の区別もつかないただのガキが強大な力を持つ。
その脅威が分からないほど俺も馬鹿じゃない。
「世界を揺るがした第三転生事変が善意によるものだったとは……」
歴史に残る異常事態がただの子供の悪戯。
これが再転生者の規模感か、と毎度ながら圧倒される。
「答えにくくなけりゃ、年を聞いていいか?」
「僕が答えると思うかい?」
まあそうか。
今まで散々はぐらかしてばかりのお前が、いきなり身の上話をするわけがない。
「いや、思わないけどさ」
「だろ?」
いつもと同じ態度のスノーマンだが、身の上話を聞いた後だと、なんだか不思議と親近感が湧いた。
思わせぶりな行動も、義務教育を通ってきていないとなれば、なんだか可愛らしさを感じてしまう。
「それに、もう一つ転生庁と共存したい理由があるんだ。ただ天敵を減らしたいわけじゃない。僕らが生きながらえるにはとある条件が必要になるんだ。どうせなら、転生庁と協力関係を結びたいんだよね」
「……とある条件?」
なんだ?
戸籍がないとかそういう話か?
「君は転生庁に捕まった時に、変な話を聞かされなかったかい? それとも、刺激しないように丁重に保護を受けたのかな。おそらく、ヒカリがとある行動をとっていないかどうかの確認が行われたと予想してるんだけど」
どうやら俺の予想は違うらしい。
こいつの発言の意図が読み取れない。
ディルナの行動について聞かれたか?
記憶と照合するために、尋問をされた思い出を呼び起こす。
「あ」
その記憶は意外と浅い場所にあった。
様々質問された中でも、最も印象に残った質問だ。
「そうだ。聞かれた。ディルナが人を殺してるとこを見たことがあるか、とかなんとか」
「そう。それだ。その質問だよ」
「なにそれ。私こっちに来てから殺したことなんて一回もないよ?」
ディルナが殺害を隠すような人間だとはどうしても思えない。
なら、やはり間違っているのは転生庁の方だ。
「それが聞けて良かったよ。僕も君は殺人なんかに手を染めてないことを祈ってた。そうでなくちゃ本題に入れないからね」
「何を言っているんだ、お前は」
ディルナが人を殺すわけないだろ。
お前は何を見てきたんだ。
意味の分からないことばかりを言い続けるスノーマン。
けれど、彼の言葉に揺らぎはない。
「むしろこっちこそ君は何を言っているんだって感じだけどね。忘れたのかい、勝木紘彰。君の旅の始まりは何だった?」
言われてハッとする。
いつの間にか『再転生者と人類の共存』という目標のせいで、動機がぼやけてしまっていたんだ。
俺はディルナと初めて会った時、なんて言った?
思い返して、転生庁から受けた質問と照らし合わせる。
「再転生者は人を殺すんだろ? それこそが君がこんなとこまで来ちゃったそもそもの原因だったんじゃないのかい?」
そうだ。
俺はディルナに『遺書を書かせてほしい』って頼んだんだ。
この旅を通じて、すっかりと頭から抜け落ちてしまっていた。
ディルナは再転生者だ。
そして、再転生者は人を殺すはずなんだ。
本来、再転生者と人間は共存出来ないはずなんだ。
「思い出してくれたかな? 再転生者の大前提を」
全くピンと来ていないディルナに対して、核心をつかれ二の句が継げなくなった俺。
そんな二人を交互に見た後、スノーマンは小さくうなずいた。
「じゃあ、そろそろ本題に入ろうか。君達が知りたがっていた魔力についてのお話だ」
僕らの君の根本的な違いについてのお話さ。
そんなことを言いながら、スノーマンが大事な大事な話を始めた。
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