77 事前に目標を決めておくことで、衝突を避けることが出来るかもしれない

♤hiroaki


 僕らは飛べない。

 開口一番に結論を告げたのはスノーマンだった。


「飛べない? なんで? ここに留まるのは危険。そんなの私だって分かる」


 確定事項と言わんばかりのスノーマンに対して、反論を告げるディルナ。

 そもそもこいつらがなんで結託してるのか、という疑問が俺の中では消化しきれていなかったが、彼女らは説明する気など無いようだった。


「まず、僕の能力は長距離移動には向かない。長距離移動するには高度を稼ぐ必要があるが、その高度に勝木紘彰は耐えられないだろう。それこそ本当に凍死する可能性がある」


 スノーマンの言葉に激しく頷く。

 ホテルから転生庁までの距離ですら、俺は死を覚悟した。

 長距離移動なんて耐えられるはずがない。


「それは分かってるよ。でも、私だって一人くらいは運べる」

「それが無理なんだ。勝木紘彰は限界。流星の様な無茶苦茶な能力に耐えられるのはおそらく一度」

「なら、一度だけでも――」

「――消化試合だ。分かるだろう。逃亡先で再び逃げることは出来ない。しかも、逃亡先についた時、勝木紘彰はさらに体調を崩す。意味がない」


 実際、自分でも自身の体調が全快していないことは理解していた。

 小森の言う通り、俺には最低限の治療しか施されていないのだろう。


 持ち帰ってきた薬もどの程度の効果があるのか分からない。

 ……そもそも本物かどうかすら分からないが。


「分かんないよ。限界って何? そもそもなんで紘彰はこんなに辛そうなの?」

「ああ、そうか。まだ君は知らないのか。てっきりもう既に知っているものだと思っていたけど。ちなみに、君は勝木紘彰がダウンした理由は何だと思っているんだい?」

「単純な疲労じゃないの?」


 ディルナの言葉に被せる様に、スノーマンは強く否定の言葉を投げかける。


「違う。単純な疲労ならこんなことにはならないよ。勝木紘彰が病弱で、常に失神する危険性を孕んでいるならまだしも、五体満足で健康状態にある彼が気絶するなんてよっぽどだ」


 正直、俺に溜まっている疲労は相当なものだ。

 国の機関に追われながら、日本縦断を休みなしで行う。

 いくら最強のパートナーが隣にいるとはいえ、俺の心身にかかる負担は尋常じゃないはず。


 けど、確かにそれだけじゃ気絶はしない。

 せいぜい寝込むくらいだ。

 俺の体調は正直言って異常。


「じゃあ、何が原因だって言うの?」

「そう。それが今回の本題だ。僕が君たちに説明しなきゃならない大事なこと」


 いつものように勿体つけながら、スノーマンは語る。

 その後、両手の五指をゆっくり近づけながら、顔の目の前でいわゆる恋人つなぎをした。


「けど、それよりも先に済ませなきゃならないことがある。目標の擦り合わせだ」

「目標の擦り合わせ……?」


 自分自身の両手を強く握りしめながら、スノーマンは続ける。どうやら擦り合わせのジェスチャーらしい。


「勝木紘彰。君はずっと疑問に思ってただろうけど、僕とヒカリは今まで協力関係にあった。君を助けるという目標が同じだったからだ。利害の一致ってやつだね」


 『ディルナが俺を助けたがってる』っていうのは簡単に理解出来る。

 こいつは見知らぬ誰かさえ助けに行くような奴だ。

 ずっと一緒に過ごしてきた俺を助けに来ないわけがない。

 

 けど、お前は別だ。

 スノーマンの動機は依然として分からない。


「俺はまだお前を信じ切れてないけどな。本当に協力する気なのか? こうなったのはお前のせいだろ」

「悪いことをしたとは思ってるから許してよ。必要な経費だったんだ。拷問にかけられたわけじゃないなら大目に見てくれると嬉しいけどね」


 まるで悪びれる気のないスノーマン。

 こいつの謝罪には一切の誠意が感じられない。

 俺が拷問にかけられなかったのはあくまで結果論だろ。


「何が必要経費だ。俺が捕まる必要なんてなかっただろ」


 言いながら思う。

 もしかしたら、こいつは俺が拷問にかけられないことを確信していたのかもしれない、と。


 現実として、思ってたより俺は転生庁に大事に扱われてる。

 ……実験材料としても、交渉材料としても。


「じゃあ、まずはそれから説明しようか」


 ラベルの貼られていないペットボトルを手に取り、蓋を開ける。

 手に取った蓋を机の上でクルクルと回しながら、スノーマンは説明を始めた。


「勝木紘彰、君の病名は前も言った通り『転生酔い』だ。ヒカリにとっては、『魔力過多』といった方が馴染み深いかもしれないね」

「『魔力過多』……。紘彰がダウンした理由は魔力のせいってこと?」


 ディルナはスノーマンの言葉を反芻する。


「その通りだよ、ヒカリ。病名を特定するのはあまりにも簡単だった。君達ほど他人との接触回数が少ない人間は少ないからね。原因があるなら、君達二人のどちらかだ」


 恥ずかしながら、スノーマンの言う通りだ。

 俺達は極力他人との接触を断ってきた。

 もし、なにか病気にかかったのだとすれば、原因は相方以外にあり得ない。


「だから、特定するのは簡単。けど、治すのは簡単じゃない。当然、毒の原因である僕らでは悪化させるだけだし、指名手配犯である君は病院に通うことなんて出来ない」


 ま、そもそも普通の病院では『転生酔い』なんていう特殊な病気は治療出来やしないんだけどね、なんて笑いながらスノーマンは語る。


「だから、君の体調を考えるとどこかで転生庁に一度治療してもらう必要があった。それに、僕らが君を助けに行くってのは相当劇的だとは思わないかい?」

「……まあ、確かに」


 スノーマンの言う通り、再転生者二人の共闘っていうインパクトは凄かった。

 転生庁が完璧な対処を取れなかったのは、スノーマンという存在が完全なイレギュラーだったことも関係しているに違いない。

 

「君が完全にダウンするのは時間の問題だった。なら、事情を知ってる僕が君に引導を渡したほうが良いだろう? 君が一人の時に人知れずダウンするっていう最悪を逃れることが出来る」


 俺は今まで二度ほど気絶を経験しているが、どちらも近くに知人がいた。

 一度目はディルナ、二度目はスノーマン。

 この二人がいなかったらと考えると、ゾッとする。 


「必要経費って意味は理解してもらえたかな? 君を転生庁に引き渡したのは仕方のない事だったんだよ」

「……なるほど。確かに俺を売る必要があったのは事実かもしれない。けど、まだ分からない。スノーマン。なぜ、お前は俺を助けたんだ?」


 ずっと味方だって誤魔化して、大事なことは何も言わずにここまでやってきた。

 目の前の男が何者かどうかすら未だに分からない。

 分かっているのは、こいつが『再転生者』であるというただ一点のみ。



「そうだね。そろそろネタバラシの時間だ。目的の擦り合わせ。まずは僕の願いから話そうか」



 まだまだはぐらかされているような気がしてならないが、ようやく目の前の胡散臭い男が大事な話を始めるらしい。

 布団に預けていた体を起こし、話を聞く体制を取った。


 





 


 



 

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