76 大量のデジタルデータよりも、たった一つの本物が心を動かす

♤hiroaki


 

 天井へと照射されたレーザーは雲を突き抜け、光の道筋を指し示す。

 空との境界線は消え、差し込んできた陽の光がなんだか心地良かった。


「そっか、三日ぶりか……」


 眠っていたのでいまいち実感がないが、俺は三日間も穴倉に閉じ込められていた。

 能力すら通さないと豪語していた隔離部屋に日光が届くはずもない。

 数日ぶりの太陽が俺の身体に染みわたっているのを強く感じた。


「さて、飛ぶよ!」


 しゃがんで脱出の準備をするディルナ。

 その姿がいつぞやの記憶と重なった。

 

「おい、待て。まさか……」

「乗りな。紘彰は一人じゃ出れないでしょ?」


 まるで姫を救いに来た王子のようにカッコつけながら、ディルナは俺に背中を見せつける。

 これはあれだ。

 俺の家から脱出した時と同じ。おんぶだ。


「いや、でも……」


 俺はディルナに手伝ってもらわなきゃここから出られない。

 それは分かってる。


 けど、理性が邪魔をする。

 ただ恥ずかしいから乗りたくないわけじゃない。

 今の俺には明確にディルナの背中に乗りたくない理由がある。


 そんな不安を感じ取ったのか横にいたスノーマンが割って入った。


「安心しなよ。ホテルまでくらいなら君は耐える。が、万全を期した方が良いのは確かだ。僕が運ぶよ」

「あ、そう? じゃあ、準備が出来たら言って。せっかくだから一緒に出よ」


 いつもと違い親切なスノーマンに向き直り、質問を投げる。


「どうやって運んでくれるんだ? あんま身体能力には自信ないんだが」

「大丈夫。君はこれを握ってくれるだけで良い」


 足元から生えてきた氷柱を指差すスノーマン。

 十字架のような形状となったそれは、思ってるよりも掴みやすい。


「ッ……!」

「冷たいけど我慢出来るかい?」


 そっか。これちゃんと氷なのか。

 凍傷するかと錯覚するほどの温度。

 思わず手に力が入る。

 

「離すと死ぬから気を付けるんだ」

「……おっけー。命懸けか。これくらいなら任せろ」


 偉そうなことは言いつつも、氷柱を握る手は震えていた。

 震えているのは温度のせいだと頭に思い込ませて、その時を待つ。


「準備は出来た。行けるか、ヒカリ」

「当然っ!」 


 準備運動をするかのように、小さく二回ほどジャンプした後、ディルナの体が淡く光った。


「んじゃ、飛ぶよ!」


 足元に違和感。

 直後、重力が体にかかった。

 体が空中へと打ち出されているのを確信する。


「……思ってたより怖いな、これ!」


 隣には空中に浮かぶディルナ。

 そして、足元から天高く伸びていく氷柱。

 いや、これはもう柱じゃない壁のレベルだ。


 想定以上のスピードで、高く高く伸びていく氷壁はついに転生庁の天井さえも超えて、その姿を外の人間へと見せつける。

 まるで、海へとせせり出す崖の様に、その氷壁は転生庁から飛び出した。


「たっか」


 気持ちいいくらい盛大に天井をぶっ壊しながら、外へ外へと向かう氷壁。

 その上に乗っていると意識しなくたって、景色が目に入ってくる。


「壮観だねぇー!」


 ディルナの言う通り、氷壁から見える景色は壮観だった。

 三分間待つことでお馴染みの彼なら、お得意のセリフを吐いていたことだろう。


 眼下に見える沢山の人間。

 俺の知り合いなど誰一人いないだろうが、それでも俺は彼らのことを知っていた。


「これが君達を慕う人間だよ。実際に目にするとやっぱ違うもんだろ?」


 俺の考えを肯定するように語り掛けてくるスノーマン。

 いつもなら、何か気の利いた一言を返しているところだが、今だけは違う。

 この景色を前に、こいつの声はノイズだ。

 

「……ちょっとだけ静かにしてくれないか」


 存在は知っていた。

 俺達は指名手配犯だが、どこかには俺達を慕う者たちがいるって。



「存分に堪能しな。これは君達にだけ許された景色だ」



 これが俺が歩んできた道の成果だったのかと。

 噛み締める様に、ただこぶしを握る。


 心なしかその成長がゆっくりになった氷壁の上で、二度は見れないかもしれない景色を目に焼き付けた。




◇◆◇



 転生庁から無事脱出し、到着したのはスノーマンが宿泊していたホテル。 

 全く疲れていない様子の二人に対して、俺は既に満身創痍だった。


「思ってたより怖かった……」 

 

 胸をなでおろしながら、命のありがたみを実感する。

 本当に生きていて良かった。死ぬかと思った。


「お疲れ様。実は私の背中に乗ってた方が楽だったんじゃない?」

「……そうかもな」


 氷柱で浮いたところまでは良かった。

 問題は着地だ。

 当然、氷柱移動に安全装置なんてものは存在しない。


 本来氷柱が運ぶのは絶対強者であるスノーマン。

 ただの人間が乗るようにチューニングなんてされていなかった。


「やっぱお前ら全員化け物だよ」


 地上から切り離された氷柱は、悟空が使う如意棒のように空中を移動する。

 持ち手がある分、如意棒よりは良心的。

 だが、結局着地をするには飛び降りる必要があった。


「ミスっても死なないくらいの速度は意識してたんだけどね。命綱くらいは付けてあげれば良かったもしれない。気が回らなくて申し訳ないね」

「そいつも氷なんだろ。そんなことしたら凍え死ぬ」

 

 命綱に殺されるなんてシャレにならない。

 年がら年中、冷気に晒されてるお前とは違うんだ。


 今が夏で本当に助かった。

 冬だったら、本当に凍死していたに違いない。

 

「でも、きちんと飛び降りれたじゃないか。やるね、流石勝木紘彰だ」

「速度下げてくれたお陰だよ。ほんと助かった」

「そりゃどうも」


 隕石の様に地面へと歩みを進める氷柱は着地の寸前、明らかに遅くなった。

 氷を扱うことを主目的とする彼の能力だが、どうやら一時的に物体の速度を低下させることも可能らしい。


 本当に助かった。

 本来の速度のまま飛び降りていれば、慣性に殺されていたことだろう。


「さて、救出が無事に済んだし、そろそろ本題に入ろうか」


 椅子に座り、両肘をつけ顎を支える。

 まるで、某ゲンドウのようなポーズをとったスノーマン。


「本題って?」

「このままここで籠城するわけにはいかない。それは君達も分かっているはずだ」

「転生庁がこの程度で諦めるわけがないって話?」


 ベッドの上で横になって、疲れを取りながらディルナとスノーマンの会話を聞き流す。ほんと、なんでこいつらこんなに元気なんだ。

 つい先程、転生庁で戦ってきたばかりだろ。


「その通り。良く分かってるね、ヒカリ」

「それじゃ、まず逃げようよ。あんなに派手に移動したんだし、この場所は間違いなく割れてる。ここに留まるのは危険だよ」

 

 氷柱での移動は万全を期すためにホテルの手前までに留めた。

 けど、それで撒けているわけではないだろう。


 だから、一見ディルナの発言は正しいように思えた。

 しかし、スノーマンはそれを否定する。



「残念。そいつは見当違いだ、ヒカリ。僕らはここから逃げられない。僕らはもう飛べないんだ」


  

 旅の終わりが着々と近づいていることをその言葉で確信した。





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