75 待ち続けていれば、ヒーローは助けに来るかもしれないし来ないかもしれない。

前書き


リアルが珍しく多忙すぎて、更新遅れました。




♤hiroaki


 置いて行かれた。

 独房の中でただ一人、孤独を嘆く。


 さっきまで騒がしかった独房の中も、『人類の希望』が消えれば残るのは俺のみ。

 正直、ちょっと寂しい。


「……マッチポンプかぁ?」


 助けに来た再転生者が二人。

 一人はヒカリ、そしてもう一人がスノーマン。

 個体名――スノーマンについては確証が持てないが、ほぼ間違いなくあのフードの男だろう。


 まさかディルナだけじゃなく、奴も助けに来るとは思わなかったが、元を正せば原因はあいつだ。


「お前が通報したんだろ」


 通報して転生庁に売った挙句、助けに来るだと?

 何がしたいんだよ。ディルナの信用を取りに来たってのか?


「……殺されてたらどうする気だったんだよ」


 いや、それでもいいのか。

 やつにとって俺の命なんて大したものではないのだろう。

 

 むしろ、俺が捕まった原因が奴である以上、俺には死んでもらった方が都合がよいと思っている可能性すらある。


「……待てよ?」


 本当にディルナの信用を取りたいだけなら、俺の存在は邪魔なだけ。

 ディルナと俺が会ってしまえば、スノーマンによる通報が明らかになる。


 であれば、やつは助けに来たんじゃない。

 証拠を消すために俺を殺しに来たってことか。


「頼むから、二人で一緒に行動しておいてくれよ……」


 せっかく二人で来たんだ。

 自己防衛能力が異常に高いからって、油断してもらっては困る。

 頼むから最悪を想定して――。


 ――おい待て。


 思考をやめて思わず息を止めた。

 さっきまで微動だにしていなかったドアノブがゆっくりと下がっている。


「……」


 ついにドアノブが下がりきった。

 唾を飲み込んでその時を待つが、扉は一向に開かない。

 ガタガタと扉が乱雑に引かれ、やがて音はやんだ。

 


「あ、鍵閉まってるわこれ」



 扉越しに聞こえてくる間抜けな声。

 それを聞いて安心する。


 先程から止めていた呼吸が安堵のため息となって一気にあふれ出した。

 思わず綻びそうになる顔を、欠片ほど残った見栄を守るために整える。


「……焦らせやがって」


 俺が息を整えていると、扉越しにすらその存在が確かめられるほどのレーザーが扉を縁取るように照射された。

 支えをなくした扉はその威圧感を失い、こちら側に倒れる。


 開いた場所から見えるなじみ深い姿。

 小さな小さなその姿が、その大きさとは裏腹に、俺に絶対の安心感を与えてくれた。


「おひさ。元気にしてた?」


 いつもと変わらないトーンで話しかけてくれる。

 それがどれだけありがたいことか。

 

「おかげさまでな、迷惑をかけた」

「いつものことでしょ。今更だよ」


 まあ、それはそうだ。

 恥ずかしい話だが、俺はディルナに迷惑をかけてばかりである。


「にしても無茶苦茶だな。一応、この施設はお前みたいな再転生者を捕まえるために作ったらしいんだがな」

「あ、そうなの? じゃあ今度伝えてあげないとね。全然耐久力足りてないよって」

「鬼畜だな……」

 

 敵に悪意なく塩を送るっていうのが一番相手にダメージを与えるんだ。

 そもそもディルナが奴らにアドバイスするような場面はやってこないだろうけれど。


「後で、スノーマンっていう怪しいやつと合流することになってる。知ってる?」

「……残念ながら、知り合いだ。むしろなんでディルナがあいつと知り合いなのかってのが疑問だけどな」

「再転生者同士だからね。そりゃ引き合うよ」


 意味が分からん。

 同じ言語であるのにも関わらず、こいつの言っている言葉の意味が全く頭に入ってこない。


「もっとまじめな回答を期待してたんだけどな」

「なら聞く相手を間違えたね。正しいことを言ってくれるかは分からないけど、きっと聞くべきはスノーマンだよ」

「そりゃそうだ」


 いつからディルナとスノーマンが知り合いなのかは分からなかったが、意外とディルナはスノーマンのことを理解しているらしい。

 おおむねディルナと同意見。


 スノーマンは道化なのだ。

 奴の語る回答が正しいかどうかはいつも分からない。


「ちょっと離れて。そろそろガラス壊すよ」


 俺とディルナを隔てている最後の防波堤。

 声だけが通るように小さな穴が開いているが、もちろん人が通れる大きさではないしそこから派生して大きな穴が開くようなこともない。


「頼んだ」


 先程の扉と同じく、ディルナの能力によってなすすべなくガラスはその役目を果たせなくなっていく。

 どうやらこの部屋はディルナレベルの能力者には意味をなさないらしい。


 まるでただの紙きれのようにガラスは破壊され、その破片は周囲に散らばった。

 離れていてよかった。この馬鹿は向こう側に人がいるというのに遠慮なくガラスを粉砕するような奴らしい。 


「……危ねえなぁ」

「助けてもらってる側なんだから文句言わないの。てか、これ何?」


 小森が置いて行った瓶を指すディルナ。

 ようやく手が届くようになったそれを掴みながら口を開く。 


「俺の体調をよくしてくれる薬らしい。ガラス越しだからどうやって取ろうか悩んでたんだ。助かるよ」

「へー、なんか怪しいね」


 ディルナの言う通りだ。

 内容物も分からず、効能もはっきりしていない。

 しかも、渡してきたのは敵。


 どう考えたって、拾うべきではない。

 このままここに置いておくのが最善に決まっている。


「まあ、でも貰うのはタダだからな。持って帰るぞ」


 さっき掴んだ瓶をポケットに入れて、もう既に扉のなくなった出口へと向かう。

 そんな時だった。


 廊下が凍る。

 今の季節に合わない冷気が好みを襲った。


「やっほー。先に合流して多様で何より。さっさと出るよ。最終決戦に向けてこっちも準備しよう」


 キレイに凍ってまるでスケートリンクのようになった廊下。

 その上を優雅に滑りながら奴は来た。



 ◇◆◇



 いつも通りフードを深くかぶったまま、スノーマンはその姿を現した。

 文句を言いたくなる口を押え、奴の話を聞く用意をする。


「さっさと出るってどういうこと? 合流出来たしそんな切羽詰まった状況でもないでしょ」

「確かにそうだね。ヒカリと僕がキチンと合流し、人質であった勝木紘彰を救出できた。正直、不安点はないよ。感動の再会を祝っちゃうくらいだ」

「だったら、なんで出なきゃいけないんだ?」


 とりあえず、スノーマンに俺達と敵対する様子はない。

 ある程度は協力してくれるようだ。

 なら、その翻意を確かめるほかない。


「僕らが真に警戒すべきは不測の事態だ。ここは敵地のど真ん中。不測の事態に対処するなら、ここに滞在するのは得策じゃない」

「じゃあ、正面突破で脱出する?」


 最善を尽くそうとするスノーマンに対して、バカすぎる提案をするディルナ。

 けれど、スノーマンは非常に乗り気だった。


「壁ぶっ壊して出るよ。必要なのはインパクトだ。せっかくだからわざわざ出向いてくれた熱狂な信者達にファンサービスしてあげよう」

「何を言って――」

「――そうこなくっちゃ!」


 ……意味が分からん。

 敵地のど真ん中って再確認したばっかなのに、なんでこんなに陽気なんだ。


 やはりこいつらは頭のネジが外れてるらしい。

 現実を思い出させるために、能力者二人の会話に割り込む。 


「ちょっと待て。さっきの言葉を思い出せ。不測の事態を警戒すべきなんだろ。なら正面はおかしい」

「馬鹿だね、勝木紘彰。不測の事態を懸念しているのはあちらも同じだ。ここを戦場にしたくないっていうのは両者の願いなんだよ」


 分かるかい? win-winってやつだよ。

 と、偉そうにスノーマンは講釈を垂れる。

 しかし、それだけでは止まらない。


「ここは敵地のど真ん中。それは疑いようもない事実だ。だったら彼らの心臓はここ。転生庁本部が戦場になった場合、彼らが受ける被害は考えたくもないだろうね」


 発言は正しいが、いかんせん言い方が気に障る。

 こいつは『黙る』という行動を覚えたほうがいいかもしれない。


「じゃあ、ここで暴れ散らかせば大打撃を与えられるってことじゃないのか?」


 内容自体は正しいが、疑問がなかったといえば嘘だ。

 核心をついたかと思われた俺の質問に対しても、スノーマンは顔色一つ変えない。


「今度は鋭いね。でも、前提が間違ってる。僕らは転生庁に大打撃を与えたいわけじゃない。和解したいんだ」

「そうだよ! 共存を願うなら、表立って敵対するのは向こうだけで良い。私達は偉そうにふんぞり返って力の差を見せつけるだけで良いんだ」

「ほら。君の相棒もそう言ってる」

「……お前らの発言は信用出来ないんだって」


 如何せん、こいつらは強すぎる。

 俺みたいな一般人とは使っている尺度が違う。


「はは、確かにそうかもね。でも、君だってそろそろ知りたいだろ。魔力って一体何なんだとか、再転生者はなぜ人間を殺すのか、とか」

「……教えてくれるのか?」


 両方の手の平を上に向けて、『分からない』のポーズをとるスノーマン。


「さあ? どちらにせよ長話をするのにここは不向きだ。話すかどうかはまず出てからだね」

「……さいですか」

 

 これ以上、問い詰めてもこいつからは何も出てこないだろう。

 短い付き合いだが、それだけは分かる。


「さて、そうと決まれば行くよ! スノーマン、どっちが正面?」

「落ち着きなよ、ヒカリ。冷静に考えればわかる。ここは地下だ。なら、向かうべきは一つだろう?」


 ディルナはニヤリと笑って応える。

 上を向いて手のひらを構えた。


 直後、遥か彼方上方へとレーザーが発射された。



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