74 決まりきったルーティーンを行うことで平常心を取り戻す人間もいる
♦Komori
管制室から勝木紘彰の収容場所までの道は短い。
わざと遠回りする選択肢も取れたが、土地勘のあるスノーマン相手にそんな暴挙は不可能。
であれば、ゆっくり歩くくらいが俺の出来る精一杯だった。
「それで、二人きりになれば君の目的を話してくれたりするのか? ただ勝木紘彰を解放するためにここに来たんじゃないだろう?」
「どうだろうね。僕が勝木紘彰を愛している、なんていう可能性は考えないのかい?」
「まさか。もしそうだとしたら、君は真っ先に救出に向かっているはずだ。その方が、勝木紘彰の心象もいい」
なんだ愛してるって。
そんなしょうもない恋愛感情ごときで、こんな一大事起こしてもらっちゃ困る。
こっちも暇じゃないんだ。
「まあ、そりゃそうか。案外冷静なんだね。二人きりになって頭が真っ白になってるかと思っていたけど」
「バカにするな。いつも死地にいるんだ。この程度のピンチじゃ理性を失わない」
「そっか。愚問だったね。あの状況で全く迷うことなく僕を撃っただけある。人類の希望は伊達じゃないね」
個人名ではなく、肩書で呼ばれ、一瞬体が強張る。
「……俺のこと知ってたのか」
予想はしてた。
けれど、明確に『お前を知っているぞ』とアピールされるとやはり驚きがある。
「再転生者で君のことを知らない人間はいないんじゃないかな。再転生者にとって君以上の脅威はいない」
「そりゃ光栄だ。ただ、過ぎた評価だよ。先ほど君に実力の差を見せつけられたばかりだ。こんな大層な肩書は似合わない」
渾身の一撃ってわけじゃないが、それでもあの弾丸は当たると思っていた。
やはり『人類の希望』だなんて肩書は俺には重い。
確かに、活躍だけを見れば自分は他人より優れているかもしれない。
けれど、人類という
「似合ってるよ。僕とサシで話すなんて並大抵の勇気じゃ出来ない」
「お前は問答無用で俺を殺すやつじゃないだろ」
「はは、そうかもね。でもその結論を出したところで、その結論はそう簡単に信じられない。『自分のアイデアに命を懸けられる』――そいつはなかなか出来ることじゃない」
敵であるというのに無限に褒めてくるスノーマン。
予想外の行動になんだか恥ずかしくなった。
二人揃って黙っていると、何もない通路に足音が反響する。
沈黙を破ったのはスノーマンだった。
「僕は君ら人間と共存していきたいんだよ」
あまりに唐突な話題の転換。
夢を語る再転生者に面食らって、反応が遅れた。
「……いきなりどうした?」
「君は僕の目的が聞きたかったんだろう。だから、話した。ただそれだけさ」
「その願いには致命的な欠陥がある。それを知らないわけじゃないだろ」
俺の言葉に、スノーマンは声を出して笑った。
「何を馬鹿なことを言ってる。いるじゃないか。僕という生き証人が。おおかた、再転生者は人を殺さなければ生きていけない、みたいな研究結果が出たんだろう? でも、おかしいとは思わなかったのかい?」
「おかしい?」
意味が分からず言葉を繰り返す。
「意味が分からないじゃないか。人を殺さなければ死ぬ、なんて。能力によって全員がそういう縛りを強いられているのか? そんなわけない。ならもっと根本的な理由があるんだよ。何か再転生者が死に至る原因があって、それは人を殺すことで解決できる、みたいに」
実際、俺も因果関係は理解できていなかった。
研究結果としてのソースがあるから信じていただけ。
魔力なんて不思議システムを完璧に理解することなんて不可能だと考えていた。
「ここまで言ったら分かっただろう?」
スノーマンは、結論を伝えるために、わざわざ俺の方へ振り返った。
仰々しいやつだ。演出がかった行動に少し苛立ちを覚える。
「再転生者が死ぬ原因は人を殺さなくても解決できる、というわけさ」
言葉にされる前から分かっていた。
こいつが口にするであろう結論なんて。
ここまで前置きされればサルでもわかる。
しかし、それは今までの固定観念を根本的にひっくり返すものだ。
一瞬で理解出来るわけがない。
というより、信用出来ない。
「……それに確固たる根拠があるのか?」
「言ったじゃないか。僕が生き証人だ。僕が生命活動を続けられているんだから、方法は存在する」
もちろんスノーマンが隠れて人を殺している、という指摘は出来た。
だが、脳がすぐにそれを否定する。
こいつはそんな馬鹿でも考え付く方法で生きながらえているような奴じゃない。
もしそうであったなら、ここでこんなことは言わない。
なら、こいつの発言は真実。
実際に、彼らは人を殺さずとも延命出来るのだろう。
けれど――。
「だったら、なんなんだ? 君達が最も致命的であった問題を解決できるとしよう。けれど、再転生者には未だ問題が山積みだ。そうでなければ、こんな場所存在しない。それら山積みの問題は放置するというのか?」
そもそも再転生者は強すぎること自体が問題なのだ。
そこが改善されない限り、意味はない。
「さあね。そんな小難しい話は僕にはわからないよ。ただ人間というのは意外と単純なものだ。世界は複雑で、僕らの共存を拒むかもしれないが、個人単位ならどうかな? 転生庁前に集まる人間がいい例だ。彼らには、おそらく山積みの問題が見えていない」
「見えていないからと言って、存在しないわけじゃないだろう」
ヒカリに突き動かされて、表面化した人間は行動力ばかりで中身がない。
スノーマン、君だってそれは分かっているはずだ。
「奴らは活発だから数が多く見えるが、実際はほんの一部だ。特定の意思を持った集団が特別活発なだけに過ぎない」
スノーマンは俺の言葉に共感したのか、首を大きく縦に振った。
「分かってるじゃないか。その通りだよ。僕がわざわざ三日待ってまで集結させた人員だけではたかが知れてる。もう一歩、大きく何かが必要なのは理解してるさ」
他の大多数を納得させるには、未だ至らない。
この程度では、再転生者を取りまく現状は変わらない。
「だから、わざわざ勝木紘彰を取り戻しに来た。彼がいなくては話が始まらないんだ。再転生者だけが共存をうたっても意味がない。信じてるよ、人類の希望。君はこの国の大きな指針なんだろう? 君の意思は百人、いや千人のそれより重い」
スノーマンは語りながら、いつの間にか目の前にまで迫った地下牢の扉に手を触れる。
「これが、噂のやつか。よく出来てるよ」
「お褒めの言葉、光栄だ。後で担当のものに伝えておくよ」
語り掛けながら、扉のノブに手をかけたスノーマンの後頭部に銃を突きつけた。
冷たい鉄の感触に、スノーマンも動きを止める。
「撃たないのかい?」
「……」
聞かれて、返事に迷う。
さっきはすぐに引けた引き金が少しだけ重かった。
「迷っていては話にならない。君がいつでも殺せるように、僕だって君を殺せる」
「……」
銃弾を防げるほどの強度で氷を出せるのなら、その壁を攻撃に使えば、十分な凶器となる。
おそらくノーモーションで出せるのだろう。
俺が引き金を引くよりも、こいつが能力を使う方が早い。
それは分かっている。
けれど、依然として引き金にかかった指は動かない。
「人類の希望だなんて言われているくらいだ。おそらく相当な割り切りを自分の中で済ませているんだろうね。普通の人間なら躊躇する場面で引き金を引ける。再転生者は人ではないと決めつけて、自分を正当化する。人間性を失った怪物だよ」
肯定も否定もしない。
ただスノーマンに沈黙を返す。
「だが、君が元からそこまで頭のネジが外れている人間には見えないんだ。なら、何か必要なんだろう? ネジを外すための工程が」
続けて問うスノーマンに応えは返さない。
その代わり引き金を引いた。
――カチリ。
聞こえてくるはずの轟音が聞こえない。
耳に衝撃が届かない。
ただ引き金が引かれた音だけが響いた。
「弾詰まりだよ。きちんと整備するんだったね。もし突き付けた瞬間に引き金を引いていたのなら、僕は死んでいただろう。けれど、こうやって話して情が移ったかな?」
振り返ってにっこりと笑うスノーマン。
ドアノブがゆっくりと動き、地下牢に続く扉が開く。
「またすぐに会う。今度は覚悟を決めてから来なよ。迷ってちゃ話にならない」
スノーマンが部屋の中に入るのをただ見送ると、無力感が体を襲った。
力を入れて強く握っていた拳銃が手から離れる。
その後、地面にぶつかって跳ねた拳銃は、通常では考えられないほど冷えていた。
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