73 回りだした歯車はそっとやちょっとじゃ止まらない。
♧horiguchi
いきなり現れた二人の再転生者。
予想外の状況に、転生庁は混乱していた。
ヒカリの訪問までは予想通り。
この世界の知識が少なく、自分の能力に絶対の自信がある彼女なら、この場にたどり着くのは必然。
むしろ誘導したといってもいいくらいだ。
けれど、もう一人来るというのは完全に予想外。
ふざけてる。
世界が私たちに負けろと言っているに違いない。
「……迎え撃ちますか?」
聞き取りをしていたセンパイを連れ戻して、やってきたのは転生庁の管制室。
普段、私たちが仕事している場でもあり、転生庁の中枢を担う場所でもある。
目の前に広がる監視カメラの映像を眺めながら、センパイに質問を投げかけた。
「こういう緊急事態の時は、するかしないかじゃなく、可能か不可能かで聞くべきだ。選択はそのあと考えればいい」
管制室にいる人間が黙って私達の話を聞いている。
正直、転生庁で騒ぐのは私だけなので実際、いつものことだ。
しかし、今日だけは意味が違う。
ただ聞き流しているのではなく、彼らはきちんと私達の話を聞いていた。
「んじゃ、聞き直します。迎え撃てますか?」
「現実的じゃないな」
まあ、そりゃそうだろう。
悔しいが、ヒカリ単体にすら勝てなかった転生庁だ。再転生者二人を相手取るというのは確かに現実的じゃない。
「じゃあ、どうするんです? 勝木紘彰を無償で返すわけにはいかないでしょう?」
「それはそうなんだが……」
私の質問を受けて考え込むセンパイ。
私もセンパイに
奴を返さずに帰ってもらえるだろうか。
モニターを埋め尽くしているのは、日を追うにつれ増えていく『再転生者を守る会』の人々。
群衆といっても差し支えないくらい集まった彼らは、そこにいるだけである程度の威圧感がある。
「……面倒だなぁ」
ここまでヒートアップした民衆も、再転生者二人も、何の成果もなしに帰るとは思えない。
だが、だからといって彼らと正面からやりあうのも得策じゃない。
手詰まりだ。
我々に打てる最善策などないに等しい。
そんな結論にたどり着いた時だった。
隣に座るセンパイから信じられない言葉が飛び出した。
「よし、返すか」
「……は? 正気ですか?」
何を言っているんだ、この馬鹿は。
転生庁が勝木紘彰をとらえるのにどれだけ苦労したと思ってる。
ただで返すなんてありえない。
「正気だよ。おそらく現状返したところでそこまで問題にはならない。もちろん返して何かが進展するわけでもないんだが……」
「問題にならない? そんな馬鹿な。再びやつを捕えるのは至難の業でしょう? やつらの移動速度は人知を超えてる。いくら指名手配犯になるようなバカであっても同じ失敗をするとは思えません」
いくら尊敬するセンパイといえども、今回ばかりは聞き捨てならない。
良いアイディアがあるわけじゃないが、何の交渉もなしにただ勝木紘彰を返すのが悪手であるということだけは分かる。
けれど、センパイは私の言葉に動揺した様子はない。
自身の出した結論に一定の納得感があるようだった。
「いや、やつらは――」
「――再びあの流星になることは出来ない。そうだろう? 小森君」
唐突に、管制室の扉が開く。
入ってきたのは、私へ向けたセンパイの言葉を途中で奪うような男。
そんな奴は一人しかいない。
私の大嫌いな研究者様だ。
「……草次博士。良いんですか? 勝木紘彰とまともに話せる時間はもう長くはないかもしれませんよ?」
「今更、彼から聞き出せることなんてないさ。もちろんスノーマンとどういった繋がりがあるのかは気にはなるが……、どうせ大した情報は得られないだろうね」
「珍しいですね。いつもはどんな手を使ってでも情報を取ろうとするのに」
「取れないと分かっている情報を取るために努力するのかい? それは愚者のやることだ」
ずかずかと入ってきて、遠慮もなく話し出す草次博士。
やっぱり好きになれない。
けど、今大事なのはそんなことじゃない。
こいつは最初に聞き捨てならないことを言っていた。
「ちょっと待ってください! 意味が分かんないです。なんで彼らは流星を使えないんですか?」
話を遮るために、大きな声で話しかける。
その声は思ったよりも大きくて、周囲の注目を一身に集める結果となったが、そんなことは気にしていられない。
……いや、さすがにちょっと恥ずかしいけど。
「簡単な話さ。勝木紘彰は会話が出来る最低限までしか治療していない。彼は今、あれほどの能力と共に逃亡出来るほど元気じゃないんだ」
そうか。
彼は三日も寝込むほど心身に支障をきたしている。
そんな人間が耐えられる移動方法ではないってことか。
しかし、そうだとしても疑問が残る。
こいつのことは嫌いだが、草次博士は優秀だ。だが、相手もそうだとは限らない。
「でも、そんなの勝木には分かんないかもじゃないですか? もし、流星を使ったとして、それで勝木が本当に死んだ場合どうなります? 私達が何か仕込んだ、って思われたりしないですか?」
理由が分からないまま、勝木が命を落とせばその理由を転生庁に押し付けられるというのは簡単に予想出来ること。
そこまで考えるのはやりすぎだ、という意見が飛んできそうなものだがそれほどまでに警戒すべき相手であるのは間違いない。
そもそも国のルールを無視するような奴だ。
思慮深いとは限らない。
「堀口君にしては賢い推測だね。だがその点は大丈夫だろうね。もし、ヒカリと勝木紘彰にそういった知識がなかったとしても、スノーマンにはあるはずだ」
わざわざ入れる必要のない煽りを入れてくる糞野郎。
やっぱり気に食わない。
「どこにそんな根拠が……?」
「彼はこの世界でずっと生き延びてきたんだろう? なら、人間と再転生者が共存する問題点は理解しているはずだ」
「……まあ、確かに。でもそんなの相手頼みじゃないですか」
言っていて悲しくなる。
こんなに我々転生庁は弱かったのか。
「そりゃそうだろうさ。勘違いするなよ、堀口君。僕らは弱者だ。特にヒカリのような転生事変級に対しては。どこかを妥協して相手頼みするしかないんだよ」
ヒカリが正面から戦闘を挑んできてくれた挙句、見逃してもらったからこそ今がある。
彼らに理性がなければ、とっくに能力で蹂躙されている。
こういった事態に陥った時点で、再転生者側に情状酌量がある、というのが作戦を立てる上での前提となっていた。
「んじゃ、大人しく返すってのが結論なんですか?」
「そうもいかないだろ、堀口君。こんなに再転生者と接近出来ることもそうそうない。返す瞬間だよ。彼らに不意打ちをするなら」
草次は話しながら、管制室中央のマイクを握りしめ、スイッチを入れる。
その後、息を吸って再転生者に届くように大声で要件を叫んだ。
『その場で止まれ! こちらは勝木紘彰の生死を握っている!』
草次の声はヒカリとスノーマンにも届いているようで、明らかにスピーカーの方へ視線を向けた。
しかし、止まる様子はない。
再びマイクを握りしめ、草次は静止の言葉を叫ぼうとするが、それは叶わなかった。
目の前を埋め尽くすモニターの数個が、画面上に異常な光景を映し出したからだ。
「……これは凄いですね。流石っていうか、圧巻っていうか」
画面を埋め尽くすほどの氷。
しかし、私達転生庁が対峙すべき再転生者とは本来こういう生物。
「どうします? 受け渡しのタイミングで奴らに奇襲をかけれるように、一旦ここを離れますか?」
交渉の選択肢が消えた以上、ここにいる意味はなくなったといってもいい。
センパイの本職は狙撃手。
最強の戦力を腐らせておくわけにはいかない。
「そうだな。さっさと準備をするとしよう」
私の言葉を受けて、センパイが扉のほうへ目を向けた。
その瞬間、首筋に走る悪寒。
草次が閉じた後、そのまま閉じっぱなしだった管制室の扉がゆっくりと開く。
次いで、冷気が開いた扉から管制室に流れ込んだ。
「あ、お邪魔しまーす。どうもスノーマンです。ご無沙汰してます」
管制室の時が止まる。
突然の来訪に、驚きを隠せない転生庁の面々に対して、唯一飄々と会話を続けるスノーマン。
「多分、姑息な真似をしてくると思ったんで、先にこっち来ました。ヒカリは地下に向かわせてます。きっとあそこに監禁してるんでしょう?」
――爆音。
瞬間、火薬が炸裂する音が管制室に響く。
耳をつんざくほどの轟音に、一瞬目を瞑って右を向く。
その直後、先程の爆音がセンパイの拳銃から発せられたものだと気づいた。
あまりに早い発砲。
それは、スノーマンの元へと届く。
――はずだった。
誰もが、呆気に取られていた。
隣にいた私でさえも気づくまでにタイムラグがあった。
本来ならスノーマンを殺せていたはずの銃弾。
それなのに。
その銃弾は壁にもスノーマンにも傷をつけることはなかった。
では弾丸はどこに着弾したか?
「はっや」
誰かが思わず呟いた。
センパイの発砲か、それとも奴の能力か。彼の言葉がどちらを指していたのかは分からない。
それほどまでに高速に出現する氷の壁。
スノーマンの足元から生えた氷の壁は弾丸の勢いを殺す。
壁にその勢いのすべてを奪われた弾丸はただ力なく地面に落ちた。
「荒いなぁ。こっちは挨拶したんだから、そっちも挨拶するべきでしょう? それとも、何か挨拶できない理由でもあるのかい?」
スノーマンは、自身を完全に隠してしまうほどの氷を溶かしながら、管制室の中にずかずかと入ってくる。
流石に再転生者を前に自身の仕事を行える人間はいないらしい。
全員が全員、スノーマンに目を向けていた。
「見るに、ここは相当大事な場所なんだろう? 僕は別にすべてを壊したって良いんだ。僕は君達優位の交渉をしに来たわけじゃない。するなら、こっち優位の交渉だ。まずは、勝木紘彰を解放しろ」
こいつのペースに吞まれてはいけない。
センパイもそう思ったのか、一歩前に出て交渉を始めた。
「解放したら君はここから出て行ってくれるのか?」
「どうだろうね。そういうのはまず勝木紘彰を解放してから話そうよ」
「……他の要求を教えてくれないとこちらとしても動けないな。君達も多数の人間を巻き込むのは本意じゃないだろう?」
「ふむ、まあ確かに」
スノーマンは少し考える素振りを見せる。
「じゃあ、君に案内してもらおうか。話も通じそうだし、決定権も君にあるんだろう?」
「……良いだろう。それで、ここが守られるのなら案内くらいはしてやるさ」
(……大丈夫ですか?)
立ち上がろうとするセンパイに小声で話しかける。
(こいつはさっき『ヒカリを地下に向かわせた』と言っていた。しかも『きっとそこに監禁してるんでしょう』という言葉をつけて。なら、こいつは本来案内役など必要ないんだ)
そうか。
確信をもって地下を指定出来るということは、スノーマンには土地勘があるということ。
(とすれば、あいつは俺自体に用があるってことだ。すぐに戦闘にはならない。であれば最悪には至らないさ)
理論は通っている。
けれど、現実が理論通りいくとは限らない。
(無茶だけはしないでくださいよ。相手は転生事変級なんですから)
(分かってるよ)
管制室を出ていく二人を見送りながら、不安と安堵の混じったため息を吐いた。
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