72 ありえないほど見慣れた相手であるにも関わらず、会話になると極度に緊張するのがストーカーである。

❤Dhiluna


 ラクダに乗ってサハラ砂漠を進む観光客。

 ガイドに従うまま、最終的な目的地であるキャンプ地を目指す。

 

「あっつい……」


 想定はしていたが、それでもツアー客を苦しめる熱。

 北極、南極という圧倒的例外を除けば、世界最大の砂漠であるサハラ砂漠はその猛威を遺憾なく発揮していた。

 

 ゆっくりながら確実に進んでいくラクダの行進。

 きちんと調教されたラクダは全く経験のないツアー客を乗せていても、その歩みに迷いはない。

 どこからどう見ても順調だった。

 しかし、異変は途端に訪れる。

 

「寒くない?」


 誰かがふと呟いた。

 この場には明らかにそぐわない言葉。

 この場では、暑いはありえても寒いはあり得ない。

 けれど、続く言葉は否定ではなく同調。


「確かに寒いね」

「ホントだ。肌寒いっていうか、凄い冷気」


 首筋を撫でるような冷たい風。

 こんな砂漠では感じることのないはずの感覚。


「いや、寒いわけなくね?」

「は? でも実際寒いじゃねえか。あれだよ。昨今話題の気候変動ってやつだろ、これが」

「それでこんなに寒くなるもんかね? にわかには信じがたいけど」

「さあ? 俺は専門家じゃないからなぁ。そんなのは分かんないよ」


 直後、そんな呑気な雑談は一瞬で止んだ。

 寒い、ではなく凍える。そのレベルの冷気が一瞬にして全員を包む。

 その後、視界のすべてを塞ぐようにしてそびえ立つ氷の壁。

 

「――は?」


 目の前の状況が夢にしか思えなくて、誰かが呟いた。

 しかし、夢ではない。

 その日、砂漠に氷河が生まれた。



 ◇◆◇



 第三転生事変。

 転生震度、という尺度が制定され、再転生者の能力値を数値化するようになってから初めての転生事変。


 この時観測された転生震度六というのは、大きな意味を持つようになった。

 今となっては、第一転生事変や第二転生事変がどの程度の転生震度だったか、というのは知りようがないが、少なくとも第三転生事変以降、震度六以上はヒカリ以外現れていない。

 


 発電所が破壊された第一転生事変や、大規模都市が破壊された第二転生事変と違い、環境への影響が大きかった第三転生事変。

 これによって、人類は再び転生事変への見解を変えることとなった。

 今まで、再転生者というのは『破壊衝動』によって行動していると思われていた。

 しかし、第三転生事変は明らかに破壊ではない。

 つまり、人類にとって、サハラ砂漠に大きな氷河を形成するという馬鹿みたいな再転生者が現れるというのは完全に予想外だったわけだ。



 もちろん、環境破壊と言われればその通りだが、環境破壊を『破壊衝動』によって行うとは考え辛い。

 再転生者は、自身の力を誇示するために行動しているのかもしれない、というのが研究者たちが出した最終的な結論であった――

 





「――と、いうのが僕の起こした第三転生事変の顛末だね。未だに僕のつくった氷河による影響は消えてないだとかなんとか」


 いきなり身の上話をし始めた上に、昔話まで披露してくれる大盤振る舞い。

 私が聞き手としての能力が高いから良かったものの、初対面の相手への自己紹介にしては長すぎる。


 スノーマンとかいう男には常識が通用しないらしい。

 こいつと行動を共にしたことを少しだけ後悔しながら、与えられた情報を整理する。


 あまりに長い自己紹介に少々不快になったが、その長さのおかげで現状の理解は早く進んだのも事実。

 複雑な気分だ。


「大体は理解できたけど、だからといってあなたが私に何を提供できるの? 私は別にあなたに氷を作ってもらって涼まりたいわけじゃない」


 私と紘彰が宿泊していたホテルの一室。

 紘彰がいない今、私一人には少し広めだった部屋に、フードの男と私はいた。


 ベッドに転がる私と、ホテル備え付けの小さな椅子に座るフードの男。

 まずは、自己紹介代わりということで、第三転生事変についての詳しい説明をスノーマンとかいうふざけた名前を名乗る男がしているところだった。


「はは、そりゃそうだ。もちろん僕は氷を訪問販売しに来たわけじゃない。君が狙っているであろう勝木紘彰の居場所を教えに来たんだ」

「……私じゃ見つけられないって言いたいの?」


 バカにしやがって。

 確かに紘彰の居場所は知らないけど、探すのはそんなに難しいことじゃないでしょ。

 

 若干苛立ちを含んだ声色で凄んで見せたが、スノーマンに焦る様子はなかった。


「そういうわけじゃない。非常に難しいって話さ。間違いなく転生庁は君との交渉に勝木紘彰を使う。なら、その居場所を知られるっていうのは最大のディスアドバンテージだ。普通ならそんな失態を犯さないとは思わないかい?」

「まあ、確かに……」


 腐っても相手は組織だ。

 ヘマをしないように最大限の注意を払っているに違いない。

 だが、その前提だとスノーマンの発言も信用出来なくなってくる。


「聞きたいことはたくさんあるけど、まず一つ。なんであなたは場所を知ってるの?」


 紘彰の居場所を把握している。

 さっきこいつはそんなことを言った。

 けど、細心の注意を払って隠してあるとも言った。

 矛盾だ。風貌も相まって、こいつの言うことは本当に信用ならない。


「もっともな疑問だね。答えは単純だよ。僕は内部の人間とコネクションがある。それだけさ。だから、彼がどこに監禁されてそうかある程度予想がつく。そして、その予想はほぼ外れないだろう」


 声に震えはない。

 最初から一貫してスノーマンに揺らぎはなかった。


「転生庁はそもそも再転生者に対抗するために設置されたものだ。人を捕まえるってのは想定外なんだよ」


 言っていることに一定の論理がある。

 見た目からも嘘をついている様子はない。


 ……いや、顔が見えないほどフードを深くかぶってる時点で怪しいっちゃ怪しいんだけど。

 でも、今はこいつの言うことを信じる以外の選択肢はない。


「だから、彼らに人を捕まえておく場所はないよ。再転生者を捕えておく牢屋はあっても、人間用はない。なら、本来再転生者がいるはずだった場所にいる」

「他の場所に移送している可能性は?」

「無いと断言してもいいね。あれほどの重要参考人を他の機関に預けるとは考え辛い。信用して預けた機関が独断で、危険だと判断して勝手に殺す可能性だってある」


 まあ、確かに。

 私相手の交渉に使える人材なんて紘彰ぐらいしかいない。

 私、友達いないし。


 なら、紘彰が万が一にでも危険な状態に陥ることを転生庁は看過しないだろう。

 厳重に守られて、最低限の生活は保障されているはずだ。


 ん? じゃあ、もしかして助けなくても大丈夫ってこと?

 いや、さすがにそんなわけないか。


「……詳しいね」

 

 突如、頭に浮かび始めた危ない考えを排除するために、もう一度目の前に会話に集中する。


「じゃなきゃわざわざ君に接触しない。君にメリットを与えられると判断したからここに来たんだ」


 ペットボトルの蓋を開け、お茶を飲み始めるスノーマン。

 話続けて口が乾いたのかもしれない。

 その後、蓋を閉じ息を吐いて、スノーマンは私のほうを向いた。

 

「君は強い。分かるよ。今の人類の技術では全力の君を止めることは出来ないだろう。僕なんて足元にも及ばない。それほど圧倒的な存在だ」


 なんだこいつ。

 いきなり褒め殺しにされたって惚れたりしないよ?

 流石にここまで見え見えのゴマ擦りになびくほど私はバカじゃない。


「何が言いたいの? そうやって褒めれば私が君に協力を頼むとでも思ってるの?」

「まさか。君を馬鹿にするなんてとんでもないよ。ただ単純に事実を述べてるだけさ。君は強い。最強だ。君が核弾頭だとすれば、僕はダイナマイトみたいなもの。同行したところで戦力に差はほとんどない」


 結局、何が言いたいんだ。

 そんな私の考えを読んだのか、「でもね」とスノーマンは言葉を続けた。

 

「そのことを転生庁は知らない。君と僕にそれほど大きな違いがあると彼らは思っていない。君が独断で向かうなら彼らは交渉を視野に入れるはず。だが、僕と一緒なら違う」


 スノーマンの手に握られていたペットボトルから音がした。

 握りしめているんだ。

 スノーマンの握力によって形をゆがめられたペットボトルが悲鳴を上げるように嫌な音を鳴らした。

 息を吸って、私の瞳をしっかりと見る。今から言うことが結論だと暗に示す。



「彼らは交渉を択から外すはずだ」



 あまりにも強気のプレゼンに少し戸惑う。

 まさかここまで立て続けに言葉をぶつけてくるとは思っていなかった。

 しかし、戸惑っていても内容は理解している。

 だからこそ、一つの疑問があった。


「……あなたのメリットは?」


 今までのスノーマンの話は全て私へのメリット。

 肝心な部分が話されていない。

 スノーマン側にメリットがないのに私に協力する、という歪な状況をただただ納得出来るほど私の頭は溶けていない。


「僕は楽に生きたいんだ。そのためなら、なんだってするさ」


 的を射ないスノーマンの発言。

 全く納得がいかない。

 私に協力するなんて愚行は、楽に生きるという目標の真反対に位置するものだ。

 問い詰めたかったが、スノーマンは窓の外を眺めるばかりで、次の言葉を継ごうとはしなかった。



 ◇◆◇

 


 スノーマンの出会いから三日。

 結局のところ、私の納得する答えをスノーマンが用意することはなかった。

 けれど、だからと言って強情に協力しないという択を取る私ではない。


 彼に裏があったとしても、それさえ利用して紘彰を助け出す。

 それだけの強さが私にはある。


 では、なぜ救出までに三日のタイムラグが出来たか。

 もちろん私はすぐに助けようにしたが、スノーマンの助言によって、却下された。

 スノーマン曰く、


「勝木紘彰が捕まった、という事実を人類が咀嚼する時間がいる。最低でも三日は待ちたい」


 らしい。

 

 スノーマンの言葉に共感した私は三日待つことに決め、ようやく本日、転生庁本部前へと足を進めていた。

 まだ協力関係もいびつ。信頼関係も築けていない。


 けれど、そんなことは転生庁には分からない。

 再転生者二人が指名手配犯勝木紘彰を救出しに来た、そう見えているはずだ。


『その場で止まれ! こちらは勝木紘彰の生死を握っている!』


 転生庁からの歓迎の言葉だ。

 少々語気が強いがそんなのはどうでもいい。

 そんなもので臆する私たちではない。


「集まってるね」

「そりゃ集まるさ。大衆ってのは踊らされたがってるんだ」


 転生庁本部を囲うようにして抗議する『転生者を救う会』。

 これが三日待った意味。

 彼らによって、私達の行動は神聖的な意味を持ち始める。



「道を開けろ! 我々に脅しが効くと思うな!」


 

 威嚇射撃のように氷で道を作るスノーマン。

 それに呼応するように周囲の人間は歓声を上げる。


 こいつ役に入り込んでんな……。

 若干、キャラがぶれているスノーマンに笑いそうになりながらも、前へと進む。


 再転生者二人による紘彰救出作戦。

 もはや付近に敵はいない。



 

 


 


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