71 相反する両者が歩み寄れば、もしかしたら世界は平和になるのかもしれない

❤dhiluna


 紘彰が捕獲された地点から近かったからなのか、それとも単純に時間帯が悪いのか、外にほとんど人はいなかった。

 ゴーストタウンを彷彿とさせるほど人のいない道路。

 それがちょうど、紘彰と銀行に向かった時の景色と重なって、なんだか懐かしくなった。

 

「ここまで人がいないとどこでもいいな」


 そもそも人がいなければ、飲食店が混むはずもない。

 私の掲げた目立たないという条件はどこでも達成出来そうだ。

 

「よし、ここにしよ」


 重要なのはフィーリングだ。

 どうせ土地勘もないしネットの有象無象が書いたレビューも信用ならない。 

 そんなこんなで、最初に目についた喫茶店にお邪魔することにした。


「お、いらっしゃい」

 

 私を迎えたのは随分とフレンドリーなお姉さん。

 要望通り、他の客が全くいない閑古鳥かんこどりが鳴く店内。

その中で容姿の整ったお姉さんはひときわ目立っていた。

 ここまでがらがらだと、料理のクオリティが不安になってしまうが、安心してほしい。


 私の舌は極度の馬鹿だから大した問題ではないのだ。

 どんな料理が振舞われようとも、私であれば美味しく頂くことが出来る。

 任せてほしい。


「空いてる?」

「ちょうどいいときに来たね。世間が少し騒がしいから、今はがら空きだよ」


 どうやら、うちの家主は非常に有名らしい。

 なんとなく目を伏せて顔を見せないようにしながら、カウンターに座った。


「それまたどうして?」


 おそらく世間を騒がしているのはうちの家主だろうな、と思いながらも一応聞いてみる。二人しかいないのに会話もしないのは気まずいし。


「ニュース見てないのかい? 今この周辺にヒカリがいるって噂だ。しかも、指名手配犯も捕まったんだろう? 私の勘じゃ、くだんのヒカリはだいぶ気が立っているに違いない。そんな時間帯に外に出るなんて自殺行為さ」


 あー、まあ確かにそういう見方もあるのか。

 確かに世間から見れば私と紘彰は一心同体。

 パートナーが捕まったとなれば残りの一人が黙っているわけがない。


 まあ、それは杞憂なんだけど。

 実際の私は怒っているどころか、呑気にこの場に飯を食べに来ているわけだし。


「大丈夫でしょ。そんな運よくヒカリには会わないよ」

「お姉さん、危機感ないんだね。もうちょっとニュースはきちんと見たほうが良いよ」

「あはは、今度から気を付けようかな」


 当の本人である私にとって、むしろ今が一番安全な時間帯といっても過言じゃない。

 転生庁は紘彰の対処に精一杯で、私の捜索に人材を割く余裕なんてないはず。

 なら、この時間帯は私への警戒が薄れる。


 けど、それは私が当事者だから。

 第三者から見ると、激高した私がふらついてる可能性があったわけだ。

 そんなことにも気づかなかった自分がなんだか凄く馬鹿に見えて、なんとなく笑いを返した。


「にしても、物騒な世の中になったよね」

「元からこんな世界だったんじゃないの?」

「いやいや。ここまで再転生者が長生きしてるのは見たことないね。爆弾が爆発寸前でずっと近くに置いてあるってことでしょ? これは怖いよ。自暴自棄になってくる人間が出てもおかしくない」


 正直、再転生者を脅威に感じる、という感情を私はほとんど理解していない。

 そもそも再転生者は人間なのだ。

 理性がある。理性のない怪物じゃない。


 例えば、ボクシングの世界チャンピオンと二人きりになったとしても、そいつが人間である以上、基本的には殺される心配する必要などない。

 再転生者もそれと同じだ。近くにいても殺される心配なんてする必要ない。


 確かに能力は、筋力なんて比にならない力を秘めている。

 けど、だからといって恐怖の対象にするほどじゃないと、私は思っているんだ。


「お姉さんは、まともに仕事してるみたいだけど」

「そりゃそうでしょ。いくら世界が変わったって根本が変わったわけじゃない。やることやらなきゃ生きていけないさ」


 どうやら若いのは見た目だけらしい。

 目の前のお姉さんは一人で店を切り盛りしているだけあって軸がしっかりしている。

 カウンターに置かれたメニューをお姉さんに見せながら、指差しで注文を済ませた。

 

「じゃあ、これで」

「おっけ。すぐ作るね」

 

 私が選んだのは『ハンバーグセット』。

 大きな仕事の前だ。

 腹が減っては戦にならぬなんて言葉もある。

 全力で食事をしよう。


「楽しみにしてる」


 なんとなくプレッシャーだけかけて、視線をお姉さんから外した。

 お姉さんが料理を作り終わるまで、店内を眺めて暇をつぶす。

 私と店主しかいない店内には肉が焼ける音だけが響いていて、それがなんとなく心地よかった。


 流石に料理店を経営しているだけあって、店主の手際は良い。

 感心しながら、後ろ姿に見惚れていると、あっという間にお目当ての『ハンバーグセット』とやらは出来上がった。


「はいどうぞ」

「おー!」

 

 食欲をそそる匂いが鼻に届く。

 極度に腹をすかせた私にとって、その匂いは極上のものであった。


「いただきます」

「ごゆっくり」


 まず、ナイフとフォークでハンバーグを切り分けていく。

 よい肉が使われているのかナイフは抵抗なく肉に入った。

 

「……うまそ」


 ナイフが入ったところからあふれ出してくる肉汁。

 共鳴して思わずあふれそうになったよだれをしまいながら、一口目に手を伸ばした。


「……おいしい」


 やはり肉はいいものだ。

 口の中であふれるうまみを最大限噛みしめながら、二口目に手を伸ばす。

 そんな時だった。 


「本当においしそうに食べるね。作ってる側からするとこれほどうれしいものはないよ」


 お姉さんから声を掛けられ、思わず手を止める。

 遠回りもなくただ正面からそんなことを言われるとなんだか恥ずかしくなった。

 その恥ずかしさをごまかすために、別の話題を振ってみる。


「お姉さんは、再転生者ってどう思ってる?」

「ん? 難しい質問だね」


 多分、私が食事を終えるまで大した仕事もないのだろう。

 しっかりと腰を下ろして、うーんとお姉さんはうなり始めた。


「再転生者をどう思ってる、かぁ……。広いなあ」

「ただ思ってることを教えてくれるだけでいいんだ。せっかく話題にもなってるし、私も再転生者について考えてみる時なのかな、と思って」


 二人しかいない店内にかかるゆったりとしたBGM。

 壁に掛けられたインテリアたちに目をやりながら、店主の答えを待った。


「まあ、でもこの時代に生まれたなら考えなきゃいけない問題の一つだよね。勝木って人は確かに破天荒なことをやってるけど、もしかしたら問題提起をするためにはあれだけ思い切ったことをやらないといけないのかもしれない。勝木って人はそこまで考えてあんな行動をしてるのかも」

「はは、どうだろうね……」


 果たして紘彰にそこまでの考えはあったのだろうか。

 思い当たる節がない私には苦笑いを返すことしか出来ない。


「もちろん実際のとこは分かんないけどね。でも、彼とヒカリのお陰で再転生者について皆が無関心じゃなくなろうとしてるのは確かだと思う」


 ただ、と店主はそのまま話を続ける。


「怖いものは怖いね。だって、もし本当に再転生者が能力を使えるだけの人間なら、心変わりだってするし、サイコパスだっているかもしれない。そうなった時だれが責任を取るの?」

「……」

「それに、個人が力を持ちすぎるのもあんまり良くない気がする。その人の意思で世界の行く末が決まっちゃうってことでしょ? それは嫌だなぁ」


 たった一つの何かが力を独占するといいことにならない、というのは歴史が証明している。

 企業だろうが、個人だろうが、力が集中しすぎることは良いことにならない。

 それはわかってる。


 けど、能力を持ったところでそんなことになるのだろうか。

 大企業が力を持ち続けているのは、根強い支持があるから。

 サイコパスの再転生者がたとえ生まれたとして、より大きな力によって排除されるだけなんじゃないのかな。


「思ったより問題は山積みなんだね」


 でも、そんな感想が浮かんでくるのは多分私が再転生者だから。

 結局人がどう思うかが大事なんだ。

 そして、その感情を本当の意味で理解することは私には出来ないのだろう。


「だと思うよ。でも、私とかは意外と単純だからなぁ」

「単純?」

「ヒカリって子がさ、ツイッター始めたじゃん。知ってる?」


 まさかツイッターまで出てくるとは思ってもいなかったため、突然の言葉にむせる。

 その後、ティッシュで口を吹いた後、何喰わない顔で返答した。


「知ってるよ。それがどうかしたの?」

「その子のツイッター凄い人間味を感じるんだよね。最初はなんでお前が呑気にツイッターしてるんだ、なんて思ってたんだけど、今ではたまにリプだって飛ばしちゃってるよ」

「へー、例えば何?」


 私のファンを目の前にテンションが上がってしまうのを抑え、平静を装う。

 まさかこんな事態になるとは思っていなかった。

 インターネット上でリプライを受け取るのと、面と向かって言葉を告げられるのでは話が変わってくる。


「基本的に、起きた時のツイートには何かしら返答してるかな。旅の写真付きで『おはよう』とか『目覚めた』みたいなツイートしてくれるんだ。最近、添付されてる写真のクオリティも上がってきてね。彼女の幼さも相まって親心も湧いちゃってるね」

「……なるほど」


 写真のクオリティ上がってたんだ。

 てか、幼さってなんだ。あんたも十分若いだろ。


 にしても、この人褒めることに躊躇がないな……。

 もうちょっと遠回しに褒めるとかさ。オブラートに包むとかさ。やり方あるじゃん。

 

「多分、私みたいな人少なくないと思うけどね。ツイッターのあの子から毒なんて微塵も感じないし。もちろん、それすらも計算してあのアカウントを運用してる可能性は私には否定できないけど……」

「……どうだろうね。他人の考えていることなんて結局分からないし」


 ハンバーグをナイフで小分けにしたものもあと少し。

 会話をしながらだったが、あまりの美味しさに箸がかなり進んでいた。

 最後の一口を頬張って、水で飲みこむ。


「ごちそうさまでした」

「どうも、お粗末様」


 きちんと手を合わせて食後の挨拶をした後、ソースで少し汚れた口をティッシュで綺麗にする。


「いろいろ考えられてるんだね」

「いやいや、適当なこと言ってるだけだよ。バカな私には難しいことは分かんないや」


 ハンバーグが乗っていた皿を片付けながら、「でも」、と続ける。


「あなたみたいに再転生者とこうやって仲良くお話出来るようになったら一番うれしい事には違いないよ」


 ね、とにっこり笑う店主。

 私に心を読む能力はないが、多分きっとこれは本音だ。


「さて、お会計しよっか」


 伝票をもって、レジの方へ向かう。


「えーと、ハンバーグセットだから――」


 レジ打ちをする店主を横目に、スマホを取り出す。

 瞬間、取り出したスマホが震えだした。

 聞きなれないアラートが耳に届く。


『地震です。地震です』


 覚えのないアラートに体が強張ったが、それも一瞬。

 アラートの間に挟まれる音声が現状を簡潔に伝えてくれていた。


「ホントだ。揺れてる」

「地震だ! 伏せて!」


 私と店主、ほぼ同時に何が起きているかを理解したが、行動は真反対だった。瞬時に危険を察知し、伏せた店主。

 そして、それをただ茫然と見る私。

 

「早く伏せて!」

「え? いやそういう問題じゃ――」


 危機感の薄い私を叫んで急かす声が聞こえる。

 しかし、その言葉は私には届かない。


 すでに私の意識は店主ではなく、店主の背後にあった棚に移っていた。

 建付けが悪いのか、それとも耐震がしっかりしていないのか、食器の入った棚がグラグラと揺れている。



 ――これ倒れる。



 ほぼ同時に両者は、その棚が限界を迎えていることに気づいた。

 店主はその場から急いで離れようとするが、倒れてくる棚の方が明らかに早い。 


 間に合わない。

 考えている暇はない。

 とるべき行動は一つ。


「――動かないで!」


 閃光。

 体中に走る魔力を感じながら、棚へと手を伸ばした。

 壊れてしまわないようにやさしく元に戻す。


「大丈夫?」


 倒れそうな棚に手を伸ばし、支える。

 再び倒れないように棚に片手を添えたまま私はお姉さんの方を向いた。


「……え? いや、なんで?」


 間に合うはずがない。

 目の前の状況が理解出来ず、お姉さんは呆然としている。


「え、まさかあなた……」


 私は、核心をつこうとしたお姉さんに対して人差し指を口に当て「シー」とジェスチャーした。

 それ以上は、言っちゃいけないよ。

 多分きっと相容れなくなっちゃう。



「私も、こうやって話せればいいなって思ってる」



 呆気に取られて、何も話せなくなっているお姉さん。

 さっきまでしっかりしていた店主がそんな姿になっているのが何だか微笑ましくて、私はにっこりと笑いかけた。


「じゃ、代金置いとくね。いつかまたそういう世界になったら食べに来るよ。美味しかった」


 扉を開くと、心地よい風が私を迎える。

 しかし、今回私を迎えたのはそれだけではない。


「こんにちは」


 フードを深く被り、サイズの合っていない服を着た男。

 怪しすぎる。しかも、このタイミングで話しかけてきているってことは出待ちだ。

 

 本来なら通報案件。

 けれど、私は彼が何者なのかもうすでに気づいていた。。


「何の用?」

「あなたにはわざわざ自己紹介する必要もないでしょう。話があります。勝木紘彰についてです」

「場所を変えたいな。あなたと穏便に済むとは限らないし」

「はは、大丈夫ですよ。僕じゃ貴方に勝てない。わざわざ反抗するほど馬鹿じゃありません」

「複数人で待ち伏せてる可能性だってある」


 フードの男は、警戒心の強い私を笑う。


「まさか。なら気付くでしょう。僕に気付けたんですからあなたが魔力を見逃すわけがない」


 フードの男から絶えずあふれ出す魔力。

 わざわざ確認するまでもない。

 こいつは再転生者だ。


「接近されないと分からない。警戒するのは当たり前でしょ」 


 再転生者は、生きていれば常に魔力を外に放出している。

 魔力を感じ取れる私たちにとって、同族を見つけるのは容易いことだ。


 けれど、それは近ければの話。

 視線を外されれば私は狙撃にすら気付けない。 


「まあ、でも確かに正体不明の人間を信用しろって言う方が難しいかもしれません。自己紹介でもしましょうか。実は、こっちの世界では結構有名なんですよ、僕」


 フードの男は頭を深く下げて、にこりと笑う。


「スノーマンって呼ばれてます。以後お見知りおきを。あなたに協力しに来ました。怪しく思ったならその場で殺してもらっても構いませんよ」


 信用ならん男だな。

 風貌からして怪しさ満点の男を前にそんなことを思った。

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