長々と続いた旅はようやく終わりへと向かう

68 その者が望むかどうかに関わらず、役者は勝手に集まっていく。

♤hiroaki


 あれから、どうなったんだ……?

 そんなことを考えながら、あまり働かない脳で周囲の状況の整理を始めた。

 

 とりあえず、気になるのは耳に入ってくる喧騒。

 ホテルで目覚めた時と違い、周りが死ぬほどうるさい。


 人に囲まれている? 

 いや、それにしては声の感じが違う。


 周りから声をかけられている?

 いや、というより、反響している?

 ダメだ。目を瞑ったままでは埒があかない。


「……眩し」


 開くのを拒否する本能を抑え、ゆっくりと目を開く。

 目に入ったのは大量のライト。


 目が焼けてしまうんじゃないか、と思ってしまうほどの光量。

 一瞬、目を焼かれたかと錯覚し、目を覆ってしまおうと思ったが、それは叶わなかった。


 両手が縛られている。

 全く動かすことが出来ない。


「……なるほど」


 今俺は体の自由を奪われているのか。

 ちょっとした現状整理が終わったところで喧騒が静まった。


『ようこそ、転生庁へ。手荒い歓迎になってすまないね。ちゃんと意識はあるかい?』


 途端にクリアに聞こえる男性の声。

 どうやら、俺が起きるのを待っていた人間の雑談が、常にこの部屋に届けられていたようだ。

 

「……いや、待て」


 今なんて言った?

 ようこそ転生庁へ?

 

 つまり、この妙に明るい不思議な場所は転生庁にあるのか。


「やりやがったなあのフード」


 俺達に敵対する気はないって言ってたじゃないか。

 こんな敵地に放り込むなんて話が違う。

 そもそもあいつが近くにいなきゃ俺はダウンしなかったんだ。


 完全に騙された。

 奴は敵だ。


「……にしたって、なんで今更になって?」

 

 奴が裏切るタイミングなんていくらでもあった。

 そもそも再転生者なら俺を捕えるなんて訳もないこと。

 意味が分からない。


『意識はあるみたいだね。会話は出来るかい?』


 フードの男に対する怒りや疑問が無限に湧いてくるが、大事なのは今。

 まずは目の前に立ちはだかる問題をどうにかしなければならない。


「……もう少し光量を落としてくれ。何も見えない」

『それは難しいね。我々は君を最大限に警戒する必要がある』


 ダメもとで交渉してみたが、実際のところ、目は段々とこの光量に慣れてきていた。

 完璧ではないが、周囲の状況が理解出来る。


 どうやらここはただの四角い部屋らしい。

 目測では正方形に見えるが、実際のところは分からない。


 ほぼ中心に置かれた椅子は床と一体化していて、俺はその椅子に縛り付けられている、というところまではすぐに理解した。

 殺風景極まりない。まるで、観察される実験動物だ。

 

「なぜだ。俺は再転生者じゃない。お前らが警戒すべきなのはヒカリだろう?」

『そうだね。その通りだ』

「なら――」

『けれど、君が再転生者ではないって誰が証明してくれるんだい?』


 やっと見つけたスピーカーらしきものからこちらに届けられる声。

 その内容はあまりにも意味不明で、理解が出来なかった。


「……は? それはお前らが確かめるんじゃないのか?」

『残念ながら、それは出来ない。我々は、再転生者の出現は把握出来ても、目の前の人間が再転生者かどうかを判別する手段はないんだ。君が今ここで能力を使ってくれれば判別する必要なんてなくなるんだがね』


 何を言っているんだ、こいつは。

 俺に能力は使えない。

 たったそれだけのことすら見抜けないというのか。


「俺に能力が使えればさっさとこんなとこ抜け出しているとは思わないのか?」

『どうだろう? 君が今能力を使えない状態の可能性だってあるし、その言葉によって油断を誘っているだけで、実際は能力を使えるのかもしれない』


 ダメだ。こいつ聞く耳を持たない。

 悪魔の証明だ。

 俺に能力が使えないってことを相手が見抜けないのなら、証明しようがない。


『まあ、安心してくれ。そもそもその部屋は対再転生者用。万が一再転生者を生け捕り出来た時のために相当頑丈に作られている。その中で君が大爆発しようが傷一つつかないはずだ』

「なら、なおのこと光量を下げてくれ。集中が出来ない」

『だろうね。でも、ごめんね。それが狙いなんだ。集中力を削ぐことによって、再転生者の能力発動を阻めないかな、という実験も兼ねていてね』


 確かにこんなにも視界内で光がチカチカしていると、能力が発動出来なくなるかもしれない。

 けれど、俺は再転生者ではないのだ。

 こんなものただ気分が悪くなるだけで、何の効果もない。


『さて、いくつか君に質問がある。答えてくれるよね?』


 俺の諦めを感じ取ったのか、そんなことを言う転生庁。

 目の前の壁が途端にディスプレイのように変化する。


 画面に映し出されたのは中年の男性。

 口が動いていることから、俺の会話相手はこいつなのだろう。


「質問するならまず自分が名乗ってからだろ。あと、こっちの質問にも答えろ」

『それはそうだ』


 頷きながら首にかかっていたネームプレートを手に取りこちらに見せる中年の男性。

 

『私は草次総司。ここ転生庁で研究者をやっているものだ』


 やはり俺は実験動物になるのかもしれない。

 転生庁にいる研究者とかいう未知の生物を目の前に、そんなことを思った。



  ◇◆◇



 草次の質問は、様々だった。

 『君の名前は?』という単純なものから、『君は再転生者に操られているか?』なんていう俺にすら判断がつかないものまで千差万別。

 そもそも俺の名前なんて、お前らも知ってるだろ。 


 質問の意図を悟らせないためかもしれないが、変則的な質問は俺の神経を逆撫でるだけだった。

 しかし、たまに俺にも得のある質問が飛んでくる。

 その最たるものが『なぜ君はあんなところに倒れていたんだい?』だ。


「俺は倒れていたのか?」

『うん? それすら覚えていないのかい? 公園に君がいるとの通報があってね。満身創痍だから早く来てほしいと』


 手に持っているボールペンをくるくると回して明後日の方向を見ながら、草次は話を続ける。


『こちらとしては罠の可能性を捨てきれなかったから、最大限の警戒をしていったんだ。だけど、拍子抜けだったよ。公園の中央で大の字で寝てる指名手配犯なんて想定していなかった。酒でも飲んだのかと思ったが、呼気からアルコールは検出されなかったんだ』


 一体、どうしてあんなところで寝転んでいたんだい? と草次は言う。

 なるほど。結局、俺はあのまま気を失ったのか。

 そして、ほぼ間違いなく通報したのはフードの男だろう。

 

 あれだけ「君の敵じゃない。信じてくれ」なんて言っていたのにも関わらず、結局俺を売ったのか。

 やはり人は信じるものではない。


「疲労でもたまってたんだろうさ。さっさと休憩したいんだ。質問は以上か?」

『相当気が立っているようだね。じゃあ、最後にしよう』


 先ほどまでずっと回し続けていたペンを置いて、草次はこちらを向いた。



『ヒカリが人を殺した場面を見たことがあるかい?』



 質問の意図が分からない。

 ディルナのことを人殺しだとでも言いたいのか?

 そんなわけないだろ。あいつは再転生者だが、良いやつだ。

 それは間違いない。


「……どういう意味だ?」

『言葉の通りだよ。ヒカリが殺人及びそれに類する何かを企んでいたことはないかい?』

「無いに決まってるだろ。あまり馬鹿にするなよ。能力が使えるからってそれで無作為に人を殺すやつじゃない。再転生者だって人間だ。理性だって持ってる」


 感情的な俺の言葉を興味深そうに聞く草次。

 ふむふむ、だなんてわざとらしく頷いている。


『なるほど。その言葉を聞けて満足だ。横の部屋が一応休憩できるようになっている。拘束を解くから、自分の足で横の部屋に移動するといい』


 カチャンという音と共に俺の腕を拘束していた手錠が外れる。

 ずっと圧迫されていて跡のついてしまった手首をさすりながら、前方のディスプレイの方を向いた。


「いつになったら俺は解放されるんだ?」

『さあね。私の権限が続く限りは君は生かされると思うよ』

「どういう意味だ?」

『当たり前だが、君は大罪人だ。正直、君を捕えられるのなら生死は問わなかった。それを私が無理やり生かしているというわけさ。君は自分の立ち位置をもっと深く考えたほうが良い』

「お前が俺に有用性を見つけてるから生かしてるんだろ? 殺す気なんてない癖に脅すんじゃねえよ」


 ただでさえ気が立ってるんだ。あまり馬鹿にするな。

 死刑が求刑されていようと、俺のことを簡単に殺すことは出来ない。 

 そんなことは俺だって理解している。


 ディルナからの報復だって怖いはず。

 結局のところ、彼らはかなり慎重に俺を扱わないといけないんだ。

 

 俺が怒りを込めてディスプレイを睨むと、草次は笑い返してきた。

 安全地帯から見下ろされるというのはこんなにも苛立つものなのか。

 

『居心地は悪くないはずだ。また明日。良い話が聞けることを願ってるよ』


 真四角の部屋の隅。

 隣の部屋へと続く扉がゆっくりと開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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