66 定期的に健康状態を確認しておくことが何よりも大事なことである。

♤hiroaki


 誰も知らない路地裏から、日本で一番有名なテーマパークへと居場所を移す。

 まるで田舎者がいきなり首都に来るようなものだ。あまりの人口密度の差に圧倒されていた。


 人だかりというより、群衆といった表現が適切なんだろうか。

 人の群れとかいう意思のないものにこれほど存在感があるというのはなかなかに恐ろしい。


 如何せん、多数の人間というのは統率が取れない。

 これほどの人間が集まるとドミノ倒しみたいになる可能性だってあるのかもしれないなぁ、なんて他人事様に思った。 


「人多いねぇ」

「ま、そりゃそうだろ。普段から人気なのに、今なんて話題性すらあるんだ。人が少ないわけがない」


 といっても、流石にディルナの影響はメリットだけではない。

 客寄せパンダとして最大限の働きをしたディルナではあったが、こいつはいわゆる諸刃の剣というやつだ。


 最大限の働きの見返りにはそれなりのデメリットがある。 

 テーマパークの象徴ともいえる入口で破壊の限りを尽くされたのだ。

 それを何のお咎めなしで終了とはいかないだろう。


 よって、現在ディズニーランドには入場制限がかけられていた。

 そもそも入場制限など無くても、俺達が通常の身なりで入場ゲートをくぐることは難しい。かといって、変装後の不審者コーデでは入れてはくれないだろうけど。

  

「けど、あんま意味ないみたいだな」

 

 客の目的はそもそもランド内ではない。

 俺達と同じくディルナの戦闘跡だ。

 であれば、チケットを買うという行動はただのお金の浪費でしかないというわけだ。


 いや、そんなことないか。

 流石に言いすぎか。


「んー、でもせっかくなら入りたいでしょ。私達だって指名手配されてないなら迷わずチケット買いに行ってたでしょ」


 そんな俺の考えを読んだのか、同調するような言葉がディルナから聞こえてきた。

 

「どうだろうな。むしろ今の方が入りたいまであるかもしれない」

「なんで?」

「だって、入場制限が掛かってるんだろ? なら人が少ないことが確定してるじゃん」

「あー、まあ確かに。じゃあ頑張って入ってみる?」

「……どうやって入る気だよ」


 指名手配犯がこんな楽し気な場所に入れるわけないだろ。

 真逆って言っても過言じゃないんだぞ。


「分かってないね。ここはテーマパークなんだよ? ならここに入る人は多かれ少なかれ変装をしてるってわけさ。」

「……あー、まあ確かに」


 猫耳を付けたり、そもそもキャラになり切ってみたり。

 程度は違えど、いわゆるコスプレをして夢の国へと足を踏み入れる人間は少なくない。

 普段の自分から見た目を変えるという点を見れば、コスプレってのは変装の一種だ。


「ただ無理だろうな。意味は同じでも見た目は随分と違う。猫耳程度じゃ俺達は隠れないし、かといって誰かになりきるコスプレ道具なんて持ってないし」


 メイクを濃い目にすればなんとかなるかもしれないが、そこまでして入るほど俺は夢の国に飢えていない。


「……あ!」

「なんだ?」


 スマホの画面をこちらに見せるディルナ。

 そこには夢の国のQ&Aが載っていた。


 わざわざたった一つの質問が見やすいようにズームされている。

 タイトルは『仮想して入園できますか?』というもの。


「そもそも夢の国はコスプレ禁止みたい。残念だね。私達がこの国に足を踏み入れるには世界を変えるしかないよ」


 その回答を読むよりも前に、ディルナの言葉で答えを知る。

 どうやら夢の国は俺達に優しくないらしい。


「……そいつは随分と難しい話だな」


 先程、警官からもそんなことを言われたな。

 やはり俺達が社会的立場を得るには世界側を変えるしかないということ。

 なんとも難儀な話だ。


「大丈夫でしょ。目的は中に入ることじゃないし」

「それはそうだけどさ。せっかく来たんなら中に入りたいって気持ちもあるだろ」

「良いじゃん。中に入れなくたってやれることはやれる」

 

 そう。目的はディルナの作った傷跡。

 ランド入り口を集合場所にしたおかげで、戦場の残骸はランド内にはない。

 

「しかも、ちゃんと外でも買い物できるんでしょ?」

「……らしいな」


 ディルナと転生庁による被害は大きい。

 けれど、彼らの商売魂は、その程度の被害では失われないらしい。

 入場制限は行っても、あきないはやめない。

 きちんと外向けのお土産屋は用意されている。

 

 チケットが必要のない外部向けのお土産屋は我々でも入る事の出来る数少ない居場所だ。

 俺達はきちんとそのご厚意に甘んじて、現在お土産屋にいた。


 ただ商品を眺めているだけの俺とは違って、ディルナは、せっせとツイッターにあげるようの写真を撮っている。


「どうだ? なんか気に入ったものはあったか?」

「うーん、来てみては良いものの知らないキャラばっかなんだよね。そもそもあんまり興味なかったわ」

「お前な……」

「せっかくなら来てみたいじゃん。あー、そうだ。マグカップ買おうよ。コーヒー飲むために何か欲しかったんだよね」


 そんなことを言いながら、店内を散策するディルナ。

 店内に流れる楽しげなBGMと相まって、彼女の姿はいつもより子供に見えた。

 ……全く、自由な奴だ。

 

「あ、これとかいいじゃん」

「金出すの俺なんだからな。ちょっとは忖度しろよ」


 ただでさえ、こういったテーマパークのお土産は高い。

 今は完全に無職なのだから、ちょっとは財布のことを考えてくれないと困る。

 そういった考えでの言葉だったが、ディルナには届きそうもない。


「えー、ケチだなあ。せっかくの旅なんだから節約してちゃもったいないよ?」


 言いながら、ほれ財布、とお手のように掌をこちらに見せてくるディルナ。

 こいつに遠慮という文字はないのかもしれない。


「……特別だぞ」

「そうでなくっちゃ!」


 いえーい、なんて言いながらスキップをするディルナ。

 人多いんだからやめなさい。


 てか、目立つな馬鹿。お前は有名人なんだぞ。

 ここだと特に。

 変装は万能じゃないんだからな。



 ◇◆◇



 お土産屋から脱出し、記念撮影の時間。

 もう既に陽は落ち、ランド内から出てくる人影が増えてきた。

 そのほとんどが楽しそうな表情をしているのを見ると、目の前にあるパークの偉大さを感じる。

 俺が指名手配犯でなかったのなら、存分に楽しんでいたことだろう。

 まあ、入場制限でそもそも入れなかった可能性は十分にあるが。


「さて、記念撮影しようか」

「だな。そのために来たんだし」


 お土産屋で散財するためにわざわざこんな場所に来たわけではない。


「どこで撮る?」

「いや、どこで撮るって言われてもな……」


 被害の範囲は小さくない。

 非常に不謹慎だが、『原爆ドーム』のような被害の象徴みたいなものが存在すればそこで写真を撮るのが定石。

 安定択っていうやつだ。


 けれど、今回はそういったものがない。

 強いて言えば入場ゲート前。

 エリア自体が神格化されている。


「んー、まあでもやっぱこっちのホテルの残骸かなあ。屋上でロボットが自爆したホテルの方が壊れ方はそれっぽさあるけど、思い入れはこっちの方が強いね」

「でも、人気は屋上がぶっ壊れてる方が高いらしいけど?」


 観光客が写真撮影をしているのは主に入場ゲート前と、屋上に被害跡のあるホテル。ディルナの指し示したホテルの前にはほとんど人がいない。


「ま、そりゃそうでしょ。だって彼らは経緯を知らない。必要なのは見た目だよ。しかも、あっちの建物はYoutubeライブが放送されてた場所でもあるしね。多分、紘彰も見覚えがあるでしょ」

「あー、言われてみれば」


 記憶の片隅に確かにこの風景が刻まれているような気がする。

 爆発してしまって元の面影はほんの少ししか残っていないが、丁度、屋上があった位置からこちらを見れば、記憶と合致するだろう。

 

「でも私達が死闘をしたのはこっち。だからこっちで写真撮ろ」

「おっけ。お前がそう言うんなら従うよ」


 この惨状について一番詳しいのはディルナだ。

 従わない手はない。


「じゃあ、ポーズして」


 そんなことを言いながら一歩下がるディルナ。

 さあさあ、と言わんばかりにスマートフォンを構える。


「俺だけが撮られるのか?」

「私のSNSはずっと紘彰の写真だけをアップロードしてきたんだから今更私が画角に入ると変でしょ? あとで一緒に撮るならいいよ」


 至極当然の回答だ。

 ディルナの容姿が世間に知れ渡ったのは昨日。

 誰も知らないのにわざわざ顔をインターネットに晒すほどディルナは阿呆ではない。

 であれば、被写体は俺が妥当。

 妥当なのだが……。


「改めてしっかり撮られるってなると恥ずかしいな……」

「んじゃ、後ろ姿でいいや。背中で語ってよ」

「適当だなぁ……」


 まあ、それでいいか。

 と納得してディルナに背中を向ける。



「――あ?」 



 そんな時だった。

 突然の立ち眩み。

 貧血のような感覚に襲われる。


 視界がぶれて、焦点が定まらない。

 なんだ……? 何が起こってる?


「紘彰?」


 後ろでディルナが俺を心配しているのが分かる。

 けれど、分かっただけだった。

 何か返答が出来るわけではない。


 急激な倦怠けんたい感。

 明らかに頭が回ってない。


 平衡感覚もうまく掴めず、立つことすらままならなくなりそうだった。

 ディルナに何か救難信号を、と振り返ることを試みる。


「ねえ、大丈夫?」


 こちらに向かってくる人影と足音が一つずつ。

 焦点の定まっていない目ではしっかりとその姿を捉えることは出来ないが、誰なのかはすぐ分かった。


 満を持して救難信号を、と開いた口は言葉を紡ぐことはもう出来そうにない。 

 俺の体調は限界に達していた。

 

「これ、やばい……」


 自身が倒れて床にぶつかる音だけが、耳に入った。



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