65 組織の目的は明確でも、組織の構成者全てがその目的を目指しているとは限らない
白色の車両。赤色のランプ。見覚えのある制服。
間違いない。こいつは警察だ。
日本の安全を守るための機関に属する人間が今目の前にいる。
普通ならば安心するべきだ。普通に生きてれば警察のお世話になることなんてないのだから。
だが、俺は普通じゃない。
安全を守る人間なんて言ってみれば最大の敵だ。
「警察様がここにどんな用なんだ?」
最大限、声が震えないように気を付けながら目の前の男に質問を投げる。
大丈夫。周囲にこいつ以外の警官は見えず、赤色のランプも点灯していない。
警戒レベルは低いはずだ。
「安心してくれ。僕は君達に危害を加える気はないよ」
「信用出来ないな。あんたがその服を着ている以上、俺達は最大限警戒する必要がある」
「良いのかな、そんなことを言って」
何の話だ。
お前は警察なんだろ。
なら、俺達が警戒するってのは当然の対応。
「どういう意味だ」
「僕はただ昼食を共にしたいって言っただけ。それ以上のことはなにも言及していない。僕の前で『警戒』という言葉を発するというのはそれなりの意味を持つと思うんだけど」
黒と青の中間色の様な制服を強調するように指で掴んでそんなことを言う男。
そうか。彼は警察。そして、まだ俺は一般人なんだ。
指名手配犯であるが、ここではまだその立場は明らかになっていなかった。
ならば、彼は我々の味方だ。彼を警戒するということは、何か後ろめたいことがあるということの裏返し。
一瞬、身構えるがすぐに奴自身が緊張を破った。
「なんてね。冗談さ」
「……は?」
「君達の顔を忘れるほど呆けていないさ。なんせ僕らは君達のことを出勤の度に見るんだ。嫌というほど記憶に刻まれているよ」
「……そいつはどうも」
そうか。
確かに指名手配犯の顔は、警察署の入り口に貼られているイメージがある。
なら、少なくとも俺の顔を忘れるわけがない。
「けど、それを踏まえたうえで僕は『安心してほしい』と伝えたいんだ。君達に危害を加える気は一切ないよ」
「ただうまい店を紹介したいだけだって言うのか?」
意味が分からない。
初対面の人間にいきなりおすすめの飯屋を紹介してどうなる。
新手のナンパか?
「その通り。僕のおすすめを君に教えたいんだ。せっかくだから僕が君達の食事代まで払うよ。これでどうだい?」
財布をポケットから取り出して、高く掲げる。
過剰なまでの奢るアピールで逆に不安になった。
こいつがどんな言葉を並べようと、それが罠であるかもしれないという疑念は消えない。
けれど、そんな心配をしているのは俺だけだった。
「安心しなよ。こいつがどんな悪巧みをしてようが、それを看過するほど私は弱くない」
いつも通り自信満々にそんなことを言うディルナ。
こいつを見ると、悩んでるのが無駄なんじゃないかといつも思わされる。
「ほら、君の相方もこう言ってる。心配のしすぎも毒だとは思わないか?」
けれど、確かにそうかもしれない。
今、ここで警戒しなきゃいけないほど俺達は弱くないはずだ。
「……まあ、それもそうだな」
こいつらはあくまで警察。
転生庁じゃない。
気楽に行こう。気を張りすぎたって良いことにはならないって知ってるんだ。
◇◆◇
繁華街から少し離れ、地元の人のみが利用するような入り組んだ路地。
剥き出しの換気扇や錆びついた看板。
使い古されたという表現がこれほど似合う場所もない。
いつかの過去を想起させるような地元民のための居場所。そんな場所に今、俺達は案内されていた。場違いなのは理解していたが、警官に先導されるままに、路地を進んでいく。
ようやくその姿を現した店の暖簾をくぐって中に入り、警官に促されるままおすすめのメニューを頼む。
どうやらここはラーメン屋らしい。
「どうぞ」
店名がメニューに入ったオリジナルラーメンが我々の元に運ばれてくる。
机の端にあった割り箸を手に取り、ラーメンに手を付けた。
「……うまい」
「知る人ぞ知る名店だよ。君達の様に旅を続けている人種にはたどり着けないような店だ」
テーブル席で警官と向き合いながら、食事をする。
何とも奇妙な状況を前に心が落ち着かない。
いや、ディルナと旅をしている以上に奇妙な体験などありはしないってのは分かってるんだけど……。
「良いのか? 勤務中だろ」
「君も警官が外で昼食を食べるのが許せないタイプの人間なのかい?」
「……そういうわけじゃないけどさ」
そういえば、消防隊員が外で食事してるだけで通報されたなんて話も聞いたことがある。こいつらは思っている以上に窮屈な世界で過ごしているのかもしれない。
「そりゃよかった。ただ食事のために外出しただけで、SNSに晒されるなんて御免だからね」
「お前達も難儀だな」
「同情どうも。あ、すいません、替え玉ください」
近くにいた店員にラーメンの替え玉を頼む警官。
なんて呑気な奴だ。同情したのは間違いだったかもしれない。
「んで、何の用だ。わざわざ食事に誘ったってことは何か用があるんだろ」
「君達がいるって通報を受けたからね。コンタクトを取らないわけにはいかないよ。それに、個人的に君達には興味があった」
「あー、やっぱり通報されてたんだ。親御さんの中に私達を良く思ってなかった人間がいたってことだね」
後ろめたさなどどこかに置いてきたかのような声色。
気付いてないかもしれないけど、あの子達が怒られたのはお前のせいだぞ。
「……分かってたんなら、さっさと切り上げろよ」
「私が良く思われてなくたって、少年達は楽しく遊べるからね。言ったじゃん。後で怒られても経験になるって」
いや、言ってたけどさ……。
通報されるの分かってたなら、帰らせてやれよ。
子供たちはそこまで考えが回らないんだから。
「てか、通報されて来たんだろ。そんな奴が指名手配犯に飯を奢っていいのか?」
「さあね。もしかしたらこっぴどく怒られるかもしれない。ただ、安心してくれ。こう見えて僕は結構偉いんだ。僕が様子を見ようと言ったなら、とりあえずの方針が決まるレベルさ」
怒られるなんて毛ほども思っていないのだろう。
反省するような言葉とは裏腹に、彼の箸は順調に進んでいた。
「それに、そもそも僕らは君達担当じゃない。君達を取り締まるのは転生庁っていう別の部署の役割だ」
「じゃあ、なんで警察に通報が来るんだよ」
「転生庁には今のところ緊急通報用の三桁番号サービスがないからね。僕ら警察に通報するしかないのさ。だって、再転生者の顔なんて今まで誰も知らなかっただろ?」
「……確かに」
再転生者の大まかな出現位置を転生庁は把握している。
ディルナの様に逃亡しなければこんな状況にはならない。
そもそもこいつみたいに、指名手配されてるのにSNSなんてやる馬鹿の前例があってたまるか。
ディルナには命を狙われているという自覚がつくづく足りていない。
「てなわけで、不本意ながら君達の目撃情報は僕らのもとに届くことが多いんだ。一応、彼らも受付を用意しているみたいなんだけど機能していないんだろうね」
味変のためにテーブルに置いてある調味料をかける警官。
さっきまで普通の色だったラーメンが真っ赤に染まっていく様子を見ると、胃が痛くなる。
「昨日君達は、転生庁と一戦交えた。この一戦でどっちかが死ぬだろうなって僕は思ってたんだよ。けど、結果としてヒカリも転生庁も死者は無し。転生庁が勝ったのなら君は死んでるはずだ。なら、君は勝ったうえで誰も殺さなかったってわけだ」
「完勝とは言えないけどね」
意外と謙虚なんだな、なんて言って警官は笑う。
「これが僕の予想を超えていた。ヒカリ。君の支持者は増えている。最初は『再転生者を守る会』なんてふざけた団体だけが君の味方だったが、今は違う。SNSを通して君達の人となりを知ってファンになっていく人がいる」
「何が言いたい?」
ファンが増えたことと、さっきの話には何の関係がある。
「体のいいアピールだと思ってたって話さ。SNSなら自分のいいところを並べられる。人類のことを心底憎んでいたとしても、それを隠すことは可能だろ? けど、命を奪い合う戦闘ならそうはいかない」
確かにSNSの投稿は仮初めばかりだ。
自分をよく見せようと必死に見栄を張る。
それがSNSというもの。
「君は本気で自分の無害さをアピールしてる。誰も殺さず、誰も殺させず再転生者の存在を認めさせる」
無茶苦茶な夢だよ。
警官は水を飲みながら、そんなことを呟く。
そして、そのまま言葉を続けた。
「その本気の姿勢になんだか感化されてね。だから、僕個人としては君達を応援してる。その馬鹿げた夢が叶うって証明してほしいんだ」
私情を挟んでるってレベルじゃない。
私情オンリーだ。こいつも自分の立場が分かっていないらしい。
「良いのか? 警官だろ」
お前は街の平和を守るのが役目で、指名手配犯である俺達を捕える義務があるんじゃないのか。
こんなチャンスは二度とないかもしれないぞ。
「良いんだよ。だってさ、君達は街の平和を脅かさないだろ? 僕らは街の平和を守るのが仕事なんだ」
そう言って笑う警官は、なんだか頼もしく思えた。
◇◆◇
「いやー、食べたねえ」
「ご馳走様でした」
敵対する立場ではあるが、奢ってもらったのは事実だ。
会釈をして感謝を告げる。
「やはりいいね。若者は食欲があって。紹介した料理を大量に食べてもらえるのは見ていて気分が良いよ」
「そうでしょそうでしょ! 女だって舐めちゃいけないよ。私もたくさん食べるんだから」
「良いことだよ。食事が喉を通るってことは、健康の証だ」
ふふん、とディルナは鼻を高くする。
「そうだ。名前を名乗ってなかったね」
思い出したかのように、警官は姿勢を正す。
綺麗な礼をした後、口を開いた。
「僕の名は、
「……それはどうも。俺の名前は――」
京塚は、続けて名を名乗ろうとした俺の言葉を遮った。
首を横に振って、口を開く。
「――不要だよ。君達は有名だからね。名乗る必要なんてない。そうだろ、勝木紘彰君」
「覚えていただいて光栄です……」
警官が絶賛逃亡中の指名手配犯の名前を憶えているというのは当たり前。
けれど、当事者となるとなんだか少し恥ずかしい。
「頑張れよ、
手を振って、どこかへと消えていく京塚。
自由な人だ。仕事にあれほど私情を挟む警官も他にいないだろう。
「嵐みたいな人だったな」
「私は好きだよ。あれくらい
自分勝手な警官と別れ、路地裏に二人。
基本的に予定の入っていない我々は、こんなところに放置されるとやることがない。
「んで、これからどうする? ホテルに戻るか?」
「んー、せっかくだから紘彰もディズニー行こうよ」
「ちゃんと営業してんのか? お前ぶっ壊したんだろ?」
「ぶっ壊したのは私じゃないよ。どっちかといえば壊したのは転生庁でしょ」
「……確かに」
でも、あの場所を選んだのはお前だろ。
なら責任の一端ぐらいは担えよ。
「大丈夫でしょ。私が戦ったのってあくまで玄関だし。中までは壊れてないでしょ」
「……いや、知らんけど」
YouTubeライブは途中で途切れちゃったからな。
最後まで見れたのはあの場にきちんといた人間だけだ。
「紘彰だって私と転生庁の共同作品見たいでしょ」
「戦闘の痕跡を共同作品って言うなよ……」
「良いじゃん。私と転生庁で生み出したのは間違いないんだし」
「いやまあ、それはそうだろうけどさ……」
けど、なんか不謹慎だろ。
……いや、確かに死人は出なかったけどさ。
「あんだけ話題になったんだから、多分SNSスポットにでもなってるよ。私達も写真撮りに行こ」
「……現代病ってのは恐ろしいな」
戦場の跡をSNSのスポットとするなんて頭のネジが外れてる。
けれど、一番やばいのはそのことに違和感を覚えなくなっていることだ。
ディルナの言葉を肯定してしまっているという事実が現代病の恐ろしさを物語っている。
自己顕示欲にまみれた人間なら、戦場跡をSNSスポットにするくらいは造作のない事だろう。
「そうと決まれば善は急げだね!」
「……決まってねえって」
お前にとっての善って一体なんなんだ。
てか、そもそもチケット取れんのかおい。
そういう細かいところ考えてる?
ねえ、ディルナさん。
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