63 人は多面性を持つ。一面だけ見たって人間は理解出来ない
♤hiroaki
太陽が丁度身を隠し始め、空がオレンジ色に染まりだしたくらいだろうか。
ようやくホテルの扉が開き、待ちぼうけしていた俺の元に居候が戻ってきた。
半日見なかっただけなのに、なんだか久々に見たような気がする。
それだけずっとディルナと一緒に行動していたという事実に、少しだけ恥ずかしくなった。
けれど、当の居候からはそんな様子は一切読み取れない。
ただ当たり前のように玄関を通って俺の元までやってくる。
「ただいま」
「……おかえり、ディルナ」
腰に巻かれた包帯や、朝とは違って傷のついた服装。
最強を語る少女のあまりに珍しい姿になんだか不思議な気分になった。
「そう、私はディルナ。ちょっと聞かなかっただけなのに、久々に聞いたような気がするね」
「何の話してんだ、お前は」
自分の名前を反芻するディルナ。
まるで初めて貰ったあだ名が嬉しくて繰り返す子供のようである。
「自分のアイデンティティについて再確認してるんだ。ついさっきまで別の名前ばっか聞いてたからかなぁ」
「自分のアイデンティティ?」
なんだその大層な概念は。
そんなもの人生全部かけたって見つかるか分からん代物なんじゃないのか。
「世間的には、私の名前はディルナじゃなくて、ヒカリだからね。ディルナなんて呼び方をするのは紘彰くらいだよ」
服を着替えるために洗面所へと向かったディルナ。
ちょっとした衣擦れの音と共にディルナの声が聞こえてくる。
「俺もヒカリ呼びに変えようか?」
「だめだよ。ディルナは私の大切な名前なんだ。紘彰だけはちゃんと呼び続けないと」
「重い役目だな……。そんなに大事なら、ツイッターで本名公開すりゃ呼んでくれる奴増えんじゃないのか?」
「ダメだよ。現代人なのにネットリテラシーも知らないの? 本名公開なんてありえないよ」
「……まさか最近スマホを知った人間にそんな助言をもらうとはな」
確かに本名公開なんて馬鹿のやることだけどさ。
お前も俺も今更だろ。
隠す個人情報なんてもう存在してない。
フリー素材には、今更ネットリテラシーなんて必要ないんだよ。
「私の好奇心を舐めちゃいけないよ。私の最強を支えているのはこの好奇心といっても過言じゃない」
「いや、過言だろ。どう考えたってお前の強さの根底はその能力だよ」
「……うるさいな」
ディルナの知的探求心が尋常ではないことを俺は良く知っている。
強すぎて、転生庁に宣戦布告をしてしまうくらいだ。
普通じゃ有り得ない。
けど、それが能力を凌駕するなんて有り得ない。
君の強さの根底は、その圧倒的な自身の裏付けである能力だ。
「いっや疲れたねぇ……」
部屋の隅に置いてあるクッション付きの椅子に全体重を預けながら、ディルナは呟く。
「そんなに強かったのか」
「いや、ホント強かったよ。私が彼らを舐めてたとはいえ、完全に痛み分けだね。あれほどまで覚悟を持ってるとは思ってなかった」
「最強を返納する気にはなったか?」
冷蔵庫を開き、手に当たったペットボトルをディルナの方へ投げる。
キンキンに冷えた飲料水。
潰しやすい特殊なペットボトルの蓋を開け、ディルナは口を付けた。
「そんなわけないでしょ。私は依然として最強だよ。けど、彼らもちゃんと強かったってだけさ」
「何がそんなに強かったんだ」
普段から自分に絶対の自信を持っているディルナが相手の強さを認めるなんて無茶苦茶珍しい。
「うーん、難しい話だね。確かに強かったんだけど、私より優れてる点が何処にあったかって言われると簡単には説明出来ない」
「はあ? なのに強かったのか? よく分からんな」
「馬鹿だね、紘彰。すぐに分析出来ちゃう策なんて、本当は大したことないんだよ。だから、負けた理由が分からないってのが本当の強さなんだ」
「言ってる意味は分からんでもないが……」
にしたって自分より優れてるところが何処か分からんってのは、傲慢以外の何物でもないだろ。
「あー、でも目は良かったね。それは間違いないよ。瓦礫の隙間を縫う狙撃も、鏡を利用する方法も、目が良くないと出来ない」
「それは本当に目が良いが故なのか……? よく分からんな」
それはどちらかというと頭が良いだとか、予測する能力にたけているだとか、そういった類の能力なんじゃないのか?
「もしかしたら違うかもね。でも、それが目に起因しているのは間違いないよ」
「まあ、ディルナがそう言うならそうなんだろうな」
理解は出来ないが、信じてないわけじゃない。
ディルナはこれでいて優秀だ。
幼く見えるが、その行動には合理性が存在する。
「うーん。あともう一つだけ気になることだけあったんだけど……。言っても分かんないだろうね」
「安心してくれ。さっきからほぼ理解出来てない」
やっぱ戦闘的な話になるとほとんど意味が分からんな。
転生庁の人間は能力者じゃないにしても、戦闘経験は豊富だ。
俺のような一般人が理解出来る範疇におそらく奴らもいない。
「んで、交渉はちゃんと出来たのか?」
「いんや、ほぼ出来なかったね。けど、まあアピールは出来たんじゃない? 私は正気を保ってたし、転生庁の全ての作戦を受けてそれでも返した。これで何の影響もないなんて有り得ないよ」
「本当かなぁ……」
それは希望的観測って奴だろ。
「それはこれから次第ってことで」
「まあ、それもそうか」
周りがどう動くかなんて分かるわけない。
予想したところで当たるわけないんだ。
この状況だって、ディルナに会う前の俺では考えもつかなかった。
いや、匿った後でさえこの状況は予測出来てなかったな。
自分を取り巻く異様な状況。
いつの間にか俺はこんなとこまで来てしまったらしい。
過去のことを振り返りたいくらい思い出は沢山あったが、俺達が見るべきは未来だ。
「それで、これからどうする気なんだ?」
「とりあえず寝る。疲れた」
ベッドにダイビングしたディルナはそれっきり身動きをやめた。
その後、ゆっくりと肩が上下し始める。
「……さいですか」
寝息を立ててベッドで眠る少女。
その姿だけを見れば、俺でさえ倒せてしまいそうだ。
「無防備だなぁ」
お前はさっきまで命の奪い合いをしてきたばかりなんだろ。
なのに、なんで何の躊躇もなく寝れるんだよ。
「信頼されても困るんだけどな……」
お前は最強かもしれんが、俺はそうじゃないんだ。
俺にお前を守る力はない。
それはちゃんと分かってるのか?
「こうやって見る分にはただの可愛い女の子なんだけどなぁ」
こんなか弱い少女が全国規模で恐怖の対象になっている。
そんな事実が存在することが信じられないくらいだ。
「おやすみ、ディルナ」
とりあえず、ゆっくり休んでくれ。
まだ旅は続けるんだろ。
お前が元気じゃなきゃ、俺が困る。
ディルナに布団をかけ直し、残されたペットボトルにふたを閉め、冷蔵庫へと戻した。
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