62 最も価値の重いモノこそを天秤に乗せろ

❤dhiluna



 無茶苦茶だ。

 こんな馬鹿げた作戦、考え付いても自分でやらないだろ。

 

 お前は人類の希望なんじゃないのか。

 こんな道連れの作戦はどっかの誰かにでも頼めばいいじゃん。

 ……なんでわざわざ君みたいな優秀な人間がこんなことを――



 ――いや、だからこそなんだろうな。



 きっと君じゃなきゃ私はこんなに乗り気にならなかったし、自殺を択から外さなかった。

 最重要人物が捨て身の攻撃をするわけない。

 その考えさえも利用されたってことか。

 

「やられたよ……。毒がフェイクだった時点で、君に死ぬ気はないと思ってた」


 命を懸けるほどの勇気なんてない、って思ってたわけじゃない。

 君は君自身の命の重さを十分に理解してるんだろうなって、そう思ってたんだ。


「……命を天秤に乗せられない奴は、こんな仕事やってられないさ」

「ま、そりゃそうか」


 君達は、明らかに格上の命を奪わなきゃなんないんだもんね。

 そりゃ保守的になんてなれやしないか。


 支えを失った建物は傾いていく。 

 きちんと真下から私に効力を発揮する重力とは違い、地面はいびつな方向へと形を変えていった。


 天井から流れ出していく水をボーっと眺めていると違和感に気付く。


「……ねえ、なんで腕上げてるの?」


 自分もろとも電撃の対象にした小森。

 私と同じように奴の体にもその影響は確かに表れている。


「……この方が楽なんだよ」


 彼の体は明らかに痙攣しており、顔色も優れない。

 どう考えたって溺死しないようにするのが精一杯だ。

 それなのに、彼の片腕は上を向いている。


「その方が楽? 変わってるね」

 

 不自然だ。

 片腕だけ動くにしてもそんなことする必要がない。

 間違いなく何か意図がある。


「……なんだこの音?」


 私の思考を邪魔するように突然主張しだしたプロペラの回る音。

  

「ヘリ……か?」


 何のために?

 落下する私を仕留めようってこと?


「ねえ、なんでわざわざヘリなの? もっと良い攻撃方法あるでしょ」


 目の前の小森に答えを聞こうとして、光の反射に気付く。

 不自然に挙げられた腕から伸びる一筋の糸。

 彼は腕を挙げているわけじゃない。腕を吊ってるんだ。


「……命綱かぁ。そんなもの用意してたんだ」

「お前と違ってこっちは命懸けなんだよ。これくらいは許してくれ」


 ヘリの音が大きくなるにつれ、小森の体は腕に引っ張られていく。

 なるほど。君はヘリに吊られてるのか。


「最初から?」

「まさか。こんな動きづらいモノ最初からつけてるわけにはいかない。言っただろ、命懸けだ。これはさっき付けたんだよ」


 煙で見えなかったけれど、命綱は最初からずっとそこに在ったのか。

 銃の反動が大きかったのはそれに近づくため。

 やっぱ用意周到だね、君達は。

  

「そっか。一人だけ逃げ道用意してたなんてズルいね」

「……てめえが言うなよ。お前が一番ずるいんだ」


 ゆっくりと天井へと引っ張られていく小森。

 この調子なら、ホテルが崩れるより先に彼の救出は終わるだろう。


「そっか。そりゃそうだ。一番ズルいのは私」


 力の差があるのは最初から分かってた。

 ならそれを埋めるための技術があるのは当然。


「……またな」


 水の流れに押され、煙はもうほとんどなくなっている。

 さっきまで最大の脅威だった小森も今は、無抵抗に吊り上げられるだけのただの人間。

 あまりにも無防備だ。


 私の体は確かに動かないが、光球はその限りじゃない。

 ちょいと命令を出せば奴の命を奪うことも可能。

 

 小森が、天井へと吸い込まれていくまであと少し。

 私の能力なら間違いなく間に合う。


 ――けど。


 光球に意識を向けて少し考える。

 その後、ゆっくりと動かして天を仰いだ。


「……ちょっと味気ないか」


 にっこりと笑って、英雄を見送る。

 不意打ちをするなんて私のプライドが許さない。


「行きなよ。君には私の安全性をきちんと伝えてもらう必要がある。ちゃんと伝えてよね。私は強かったって」

「……さっさと死んでくれ」

「嫌だよ、バーカ」  


 次は別の作戦を組んでくれるんでしょ。

 なら、こんなところで死ねないよ。

 まだやり残したことだってたくさんある。

 

「コーヒーもまだ飲んでないしなぁ」


 壁が割れる。

 床が崩れる。

 重力がその身にかかる。


「ああ、まだ昼だったんだ」


 本格的に崩れ出したホテル。

 外の景色がようやく目に入った。


 ヘリの音は遠く離れていく。

 長い長い今日の戦闘の中で初めて、私の能力が何かを巻き込む心配はなくなった。


「さて、どうにかしますか」 

 

 体は動かないけれど、頭は良く動く。

 能力もきちんと発動する。


 なら、心配することなんて何もない。



♧horiguti


 

 戦場から離れる様に歩みを進めるヘリ。

 ぐったりとして寝ころんだままのセンパイを介抱しながら、ホテルの行く末を見守った。

 

「……無茶するんですから」

「しなきゃ勝てない勝負だった」


 いつもとは違う、かなり衰弱した様子のセンパイ。

 その姿を見るだけで、『ヒカリ』という存在がどれほど強大であるのかというのを理解させられた。

 

「あれだけの電撃、死ぬ可能性だってあったんですよ」

「馬鹿かお前は。俺の命を持っていくだけの出力がなければ、奴の命は持っていけない」

「そりゃそうですけど……」


 そこまでの重荷を背負う必要なんてないでしょうに。

  

「んで、勝ったんですか?」

「じき分かる。ホテルが光ったのなら俺達の負けだ」


 まあ、勝ってる確信があるならこんなに衰弱してないか。


「じゃあ、手応えはどうでした?」

「……完敗だ。あれほど手心を加えられたのにも関わらず、届かなかったよ」

「珍しいですね。センパイがそこまで言うの」

「事実は認めるさ。あれだけ尽くして届かなかったのは確かだ」


 この時点で勝ちを確信出来ていないということは、そういうことなのだろう。

 けど、引っかかることがある。

 センパイのこの状態は『ヒカリ』が作り出したものじゃない。

 『ヒカリ』の能力に電撃は存在しないはずだ。


「でも、作戦は最終段階まで行ったんですよね。なら少なからず奴に攻撃が当たったってことじゃないんですか?」


 まさかセンパイがただただ自爆するためだけに電撃を受けたとは考え辛い。

 なら、『ヒカリ』に電撃が当たる状況にはあったはず。


「ま、それはそうだな。その点で言えば、彼女に付け入る隙は確かに存在する。けれど、それは今回じゃなかった」

「今回じゃなかったって、次がいつ来るかも分かんないじゃないですか」


 正直、今回ほどの好条件が次来るとは思えない。

 それなのに、センパイの声に焦燥感はなかった。


「それについては安心しろ。時間切れは必ず来る。地の利があるのはこっちだ」

「だから時間切れって何のことで――」

 

 言葉が途切れる。

 視界から外していたはずのホテルに視線が無理やり引き付けられた。



「――あ」



 地球との引力に従って、形を崩していくホテル。

 その中央で何かが光る。

 それはきっと彼女の能力だ。


「……化け物が」


 眼下から、恨めしそうに呟くセンパイの声が聞こえる。

 けれど、その言葉とは裏腹に表情は笑っていたように思えた。





 

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