61 自動検知システムには思いがけない弱点があったりする

♢komori


 始めはただの疑問だった。

 再転生者の反撃システムはどういった仕組みで動いているのだろう、という。


 当然の様に再転生者は能力によって身を守る。

 けれど冷静になればそれは普通じゃない。 



 不意打ち且つ超高速の狙撃を弾く。

 同時に複数の光球を空中に浮かし続ける。

 さらにその全てが常にランダムに動く。

 それでいて本人の邪魔は一切しない。



 どう考えたって高性能すぎる。どんな優秀なSPであってもここまでじゃない。

 もし彼女が一人で操作しているのなら、マルチタスクのレベルを超えている。


 ならば君の光球はなんらかの条件を持たされて自動で動いているはずだ。

 そして、その条件には確実に穴がある。

 

 なぜかって? そりゃそうだろ。

 完璧な条件など存在しないんだよ。


 だが、そうはいっても基本的には万能であるはず。

 彼女に届くはずの危険はほぼ全て周囲の光球によって阻まれるといっていい。

 

 だが、その自動防御は君に届くすべての物を遮っているわけじゃないんだろ。

 

 普通に考えれば当たり前。

 全てを遮るのなら、君は一生人と触れ合えない。

 なら、彼女に危害を与えられる且つ自動防御に引っかからない何かは存在するはずだ。


 と、ここまでは簡単。

 

 もし俺が単なる一般人ならこれ以上考える必要はない。

 もしかしたらこれが効くかもなぁ、なんて予想してみるくらいが関の山だ。


 しかし、俺には責任がある。

 確固たる証拠をもって作戦を組まなければならない。

 

 証拠探しは難航するかと思っていたが、偉大なる後輩の働きによってすぐにそれは終わった。 

 堀口の取り巻きがロボットだと分かった時、君はもう少しその意味を考えるべきだったんだ。


 鉄の人形が君に抱きついた。

 いや、正確には抱き着いたではなく、か。

 あれは当たり前の出来事じゃない。

 

 近づいた瞬間、光球が君を守った可能性は確かにあったんだ。

 けど、そうはならなかった。

 なら、条件は材質じゃない。

 鉄の塊が君に近づいたからといって、無条件に防がれはしない。



 ――つまり、死角からのゼロ距離射撃なら君に届き得る。

 


 なら、残す障害は光球そのもの。 

 自動防御が働かない以上、ランダムに動くだけの木偶の坊だが、だからこそ当たる可能性がある。

 こちらに向かってこなくとも、光球は確かに存在する。当たって無事で済むわけがない。

 死角から攻撃するのなら、そのランダムさえも消す必要があった。


 そのための天井。

 天井からの攻撃によって、光球を頭上へと集めさせる。

 

 そこまでしてようやく。

 ようやく届いた一撃。


 けれど、確かに届いた一撃。


 

「君は神じゃない」 


 舐めるなよ。

 お前も俺も同じ人間。

 そこに圧倒的な差なんてあるはずがないだろ。



❤dhiluna


  

 正直な話、下に見ていた。


 彼がどれだけ凄いことをしようが私の喉元には届くはずがないと高を括っていたし、尊敬の言葉も『まるで赤子を褒める親』のようなものだった。


 初心者に向かって飛び出す『すごい』の言葉には『賞賛』の意味はあっても『畏怖』はない。

 私から出た言葉も同じ。

 そこに『尊敬』や『賞賛』はあっても『恐怖』や『嫉妬』の感情は含まれていなかった。


 鏡越しに敵を補足することも、落下する瓦礫の隙間を縫って狙撃することも、もちろん私には出来ない。

 けれど、だからといってそれを脅威に感じたことはなかった。 

 そんな大道芸染みたこと出来なくても私は負けないからだ。


 多少の技巧の差は圧倒的な実力差を埋めない。

 ずっとそう考えていた。


 けれど、今初めて――



「――死を感じたよ!」

 


 腰に添えられた拳銃。

 既に引き金にかかった指。


 どう考えたって防御はもう間に合わない。

 ニヤリと笑いながら心の中で呟く。


 認めよう。君は強い。

 もしかしたら私を殺せるかもしれないくらいに。

 

「受けよう。名誉の傷だ!」


 弾丸が私に届いた瞬間、即時に能力が発動する。


 いわば緊急脱出。

 衝撃を受けた反対方向へと勢いよく体が動く。

 

「ひっさびさだな、これ」

 

 当然、自動防御をかいくぐる攻撃は予想していた。

 そして、それが当たった際の対抗策も用意している。 


 けど、これを使うことになるとは思わなかった。

 転生前でさえ、この能力を使うことは稀だったのだ。

 まさかただの人間相手にここまで窮地に陥れられるとは。


 腰に感じる鈍い痛みに少しだけ感動しながら、急加速を止めた。

 さっきより高くなった水位が私の動きに応じて揺れる。


「遠いね。もしかして相当強い反動だったのかな?」


 私が離れたのもあるだろうが、明らかに水音がそれよりもずっと離れている。


「一撃で決める気だったからな。同じ作戦もう一回は通らないだろ?」


 死角からの0距離射撃なんて馬鹿げたやり方、二度は通じない。


「にしたってこのままで良いの? この水はだいぶ邪魔じゃない?」


 腰あたりまで溜まった水。

 排水機構が働いていないのか、それとも元から存在しないのかは分からないけど、溜まっていく水は減る様子がない。

 

「そうだな。だが、それはお前だって同じだろ」

「まあ、それは否定しないけど……」


 確かにさっきの緊急脱出の最中、この水はちょっと邪魔だった。

 視界は阻まれるし、壁に当たって波はこっちに返ってくるし。


「でもいいの? より影響を受けるのはあなたでしょ」


 機動力が低い分、君はより影響を受ける。

 そもそも水音は君にとって致命的だ。


 煙によって身を隠し、さらに鏡によってその位置を誤魔化したところで、水の音は鳴る。 

 君の準備はこれで全て無に帰した。

 それでもいいの?


「どうだろうな? 水が赤いぞ。水につかりたくないのは君の方なんじゃないか?」


 確かに、水にさらされた傷は少しだけ痛む。

 徐々に赤に染まっていくこの水が私のタイムリミットを表しているのは間違いないだろう。

 普段なら焼いてしまえば良いだけなんだけど、水に浸かってる今はそれもちょっと怖い。

 

「確かに私にとっても水は毒。でもだからって、出血多量で死ぬレベルじゃないよ」

「それまで時間稼ぎすればいいってことだろ?」

「出来ると思ってるの?」

「出来ないってのは言えない立場なんだよ」


 そりゃそうか。

 本人目の前に、弱音は吐けないよね。


「そっか。でも気を付けてね。もう手加減はしないから」


 私に傷をつけたお礼だ。

 全力で君を降伏させよう。

 

「知ってるさ。だが、そんなものはもうどうでもいいんだ」

「結局諦めたってこと?」


 ゆっくりと声のする方へ足を進める。

 もう迷わない。


 視線はフェイクだが、音は本物だ。

 水のたまったこの状態では奴に速い動きはない。


「いいや、違うさ。言っただろ。あれで殺す気だったって」

「どういう意味?」

 

 時間稼ぎには付き合わないよ。

 君と私はここに雑談しに来たわけじゃないでしょ。


「あのゼロ距離射撃が俺達にできる最大限だったってことさ。作戦はもう終わりだ。俺が君に出来ることはない」

「意外と諦めが早いんだね」


 そんなわけがない。

 ならさっさとこの場から逃げればいいだけ。

 ここに残っている時点で奴は何かする気がある。


「そうだよ。俺はさっさとこの役を降りたがってる。だから、これで終わりだ」

「は? 一体、なんの話を――」


 ――稲妻。


 私の言葉が終わるよりも先に、小森が行動を起こした。

 部屋全体が一瞬光ったかと思えば、瞬時に走る激しい痛み。

 体が思うように動かない。


「電撃ッ……!」

 

 そうか……。

 毒と見せかけたこの水さえも作戦のうちってことね。


「ただのフェイクじゃないのかよ……」

 

 痛いなぁ。 

 ここに来てようやく、傷口が水に浸かっていることの恐ろしさを知る。

 

 決める気って言いながら、さっきの銃撃は結局切っ掛けだったんじゃないか。

 文句を言いたくなる口は、目の前の男のあまりに気持ちの良さそうな笑顔によって閉じられた。

 満面の笑みで、小森は言葉を紡ぐ。


 

「一緒に逝こうぜ」

 


 小森の手に握られた大きなボタン。

 押すと同時に今までで一番大きな爆発音が鳴った。

 建物自体が大きく傾く。 


「ほんっと爆発好きだな……」


 お互い体が思うように動かないこの状況で、この爆発。 

 大掛かりな心中が始まった。






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