60 ブラフはここぞという時にするからこそ意味がある

♢komori



 再転生者は万能じゃない。

 一見万能に見える能力も、確実に弱点が存在する。

 それに気付けるかどうかは我々次第だが、それに気づくのが我々の仕事だ。


 そして、それを突くのが俺の仕事だ。


「……」


 息を吐く。

 その後、ゆっくりと空気を吸うと嫌な臭いが鼻に入った。

 

 作戦は順調に進んでいる。

 頭上から聞こえ始めた水の音がその証拠。

 

「……もう小細工の次元じゃないと思うんだけど、これ」


 水の音はヒカリにも聞こえてたようで、きちんと反応を返してくる。

 おそらくその意図も伝わっているはずだ。


「小細工だけで勝てるとは思っていないさ」

 

 ヒカリは戦闘中、常に光球を浮かばせている。

 その数に法則性はなく、完全にランダム。


 その大きさにもばらつきはあるが、基本的には野球ボール程度の大きさで、間違っても1m級の光球が浮くことはない。


「いいの? こんなことして」

「どういう意味だ?」


 問い返しながら、思考を整理する。

 

 ヒカリの光球の影響範囲はきちんとその大きさの通り。

 だから、瓶は消滅しないし中の液体も彼女へと降りかかる。 


 つまり、ヒカリの光球は当たらなければ恐るるに足りない。

 

「これは毒なんでしょ。心中する気?」

「君と心中できるなら本望さ」


 本心からの言葉だが、まだ賭けに出る気はなかった。

 自分が先に命をなくすような作戦は行わない。せめて同時だ。


「君も救うし私も死なないよ」


 ヒカリを象徴するような強気な発言に思わず笑みがこぼれる。

 そう来なくちゃな。

 

 この仕掛けは、完全防備で対処するような油断も隙もない敵では意味がない。

 君のような余裕綽々よゆうしゃくしゃくの最強でなくてはならない。

 

「そいつは楽しみだ」


 天井が開く。

 水が流れ落ちるまであと少し。 

 腰に付けた拳銃を握りしめ、気持ちを落ち着かせる。


「……はぁ」


 君の強さの根源は速さだ。

 その圧倒的な速さゆえに重く、その圧倒的な速さゆえに鋭い。

 

 光速という全てを超越した何者にも追いつけないその能力。

 普通に考えれば最強。

 どうやったって我々に勝ち筋はない。



 ――だが。



 その速さは自動防御がゆえ。

 光球の操縦を全てオートに任せているからこその速度のはずだ。

 けど、人間の反応速度には限界がある。


 そして、それは君も例外ではない。

 そうだろ、ヒカリ。


 そうじゃなきゃ、君はあの再転生者を救えてたはずだ。

 不意打ちであったとしても、狙撃は光速を超えない。

 それなのに君は彼を守れなかった。


 ――なら。


 きっと付け入る隙はあるってことだろ。

 なあ、ヒカリ。 

 



❤dhiluna




 私の頭上から大量に降り注ぐであろう劇薬。

 その量が分からない以上、適当な対処は出来ない。

 

 最も安全なのは光の繭によって私を覆うこと。

 この状態ならまず私の防御が破れることはない。

 奴らがどれだけ凄い攻撃を用意していたとしても、光の繭を超えるほどのものではないだろう。


 けど、それじゃ意味がない。

 

「君を守らなきゃ」


 心中は許さないよ。

 こんなところで終わりなんて私望みじゃない。


「さて」


 自身を守るだけなら、迷うことはないんだけど。

 奴が心中する気なら話は変わってくる。


 何も見えないこの状況。

 情報源は聴覚と嗅覚のみ。

 あまりにも情報が少ない。


「……まず天井の高さが分からん」 


 刺激臭は段々と強くなる。

 毒が近づいてきていることは分かるが、あとどれくらいでこの部屋に辿り着くのかが全く予想出来ない。

 

 とりあえず、毒が来るのは天井からのはず。

 光球を頭上に集めよう。


「ねえ、あとどれくらいなの?」


 全てを知っているであろう人類の希望に向けて質問を投げる。

 予想通り回答はない。

 

 けれど、その代わりに人類の希望らしき人影が瞳に映った。

 一歩前に出て直接聞いてやろうと考えたところで気付く。



 ――人影が見える?



「は?」


 待て。

 ありえない。


 未だ霧は健在。

 何故こいつの姿が見える?


「近づいてきてる?」


 ありえない。

 液体は地面にぶつかれば分散する。

 開いた天井がもし一部分であったとしても、毒がかからない保証はない。


「ほんとに心中する気ってこと?」


 ……いかれてる。

 頭のネジがちゃんと締まってないのか?

 いや、それとも私を信用してるってこと?

 

 私の疑問が晴れるより先に、水の音が強まった。

 ついに天井から劇薬が降り出すらしい。 


「……ナイスタイミング」


 慌てて上方向へ向けてレーザーを放つ。

 レーザーが液体を蒸発させていく音を確認してから、視線を正面に戻した。


「ゴーグルか!」


 煙をかき分けて、一瞬だけ見えた人類の希望の顔についている見覚えのない物体。

 それがあんただけ見えてる種ってわけか。


 だが、分からない。

 なぜこいつは近づいてきた?

 近づいたところで意味はない。

 何かが進展するわけでもないだろう。



「あれ――?」



 足に感じる違和感で思考が引き戻される。

 そういえばおかしい。


 蒸発させたのは一部で、それも一瞬。

 ならば、部屋を満たそうとする劇物の勢いが止まるはずがない。

 

「冷たいのに痛くない……?」

 

 ……なるほど。

 匂いはフェイク。

 先に毒を見せることによって、次に来る水さえも毒だと錯覚させたってことね。

 

「やるじゃん」


 まんまと騙されたよ。

 だからお前は決死のダイブが出来たのか。


「君は強いよ、間違いない」


 何処からか聞こえる声。

 部屋中に反響して、彼がどこにいるのか掴めない。

 

「そんなの分かってる!」


 今更何を確認してるんだ。 

 そんなの前から分かってたことじゃないか。


「だが君は神じゃない」

「……は?  何を言って――」


 腰のあたりに感じる違和感。

 ゆっくりと視線を動かして、その違和感へと照準を合わせる。



「――ゼロ距離ッ!?」



 目に入ったのは腰に添えられた拳銃。

 既に引き金には指が掛かっている。

 銃声が鳴った。



 






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