59 人間は唯一瞬のために長い時間をかけるものである

♡dhiluna


 なるほど。

 確かに鏡越しに私を見れば、場所を誤魔化せる。


「……思ってた以上に、小賢しい方法を取るんだね」


 にしたって普通じゃない。

 鏡越しで対象を見れば視線を読まれないとはいっても、それは理想論。 

 実際にやるとなるとその難易度はかなり高いはずだ。


 正面に鏡を置いて、メイクをするのとは訳が違う。

 やつは複数の鏡を利用して私を補足している。


「やるじゃん」


 鏡越しに顔についたゴミをとるのでさえ、若干の難しさがある。

 複数の鏡を使って、その上で狙いを定めるなんて異常だ。

 尊敬に値する。


「でも、納得はいかない」


 鏡張りの部屋なら、私の逆探知を誤魔化すことは出来るかもしれない。

 白煙で埋め尽くされたこの部屋で、本物の視線と鏡越しの視線を見極めることは正直無理だ。

 でも、根本的な問題は解決してない。


「スモーク越しにこっちを見れないのはお互い様のはずでしょ!」


 白煙は部屋全体を覆うほど濃い。

 視界を遮るためのスモークが充満していれば周囲の状況を把握出来ないというのは必然。

 

 なんでそっちだけ見えてるの?

 道理に合ってない。

 

「やっぱズルしてるでしょ」


 さっさと答えてよ。

 私はここになぞ解きをしに来たわけじゃないんだから。


♧komori


 全面鏡張りの部屋。

 正直、これが成立するかどうかは賭けだった。

 あくまでも誤魔化せているのは俺の視線だけ。

 

 突然、俺の場所が変わったわけでもないし、ヒカリから見えなくなったわけでもない。

 俺は今まで通りそこにいるし、スモークがあるとは言えども、近寄れば通常通り網膜に映る。

 常に俺は彼女の攻撃にさらされる可能性があるわけだ。


 というかそもそも鏡越しの視線すら追われる可能性だってあった。

 それでも――


「――賭けた意味はあったみたいだな」


 最初の視線誘導に引っかかった。

 それこそが、彼女の索敵が万能でないという証明。

 

 スコープ越しの視線と、高性能カメラの誤認。

 さらに、こいつはロボットと人間の区別が付けられなかった。


「君の視線追跡には欠陥がある」


 それが我々の結論。

 先程までちょっかいを出し続けて得たモノだ。


「知ってるよ。でも、それは君が見えてることの説明にはならないでしょ!」

「まあ、そりゃそうだ」


 普通に考えれば、ここまで濃いスモークの中では敵の姿など見えない。

 そうでなければ、彼女は視線追跡なんて


「じゃあ、さっさとネタバラシしなさいよ!」 

「安心してくれ。これに関しては特に小細工もない。ただ目が良いだけだ」


 もちろん嘘だ。

 確かに俺の目は良い。

 けれど、それだけでスモークを無効できるわけじゃない。


「嘘つくな!」

 

 振り回される光球。

 濃いスモーク越しにもその明かりが見える。


「随分と苛立っているように見える」

「当たり前でしょ! ちゃんと会話しなさいよ!」

「戦闘中に会話などする馬鹿などいないさ」


 こいつは何処か抜けている。

 その強さ故に今『命を懸けている』を危機感があまりにも薄い。


 だからこそ、我々が付け入る隙がそこに存在する。

 慣れないゴーグルを着け直し、ヒカリを正面に捉えた。



❤dhiluna


 

 目が良いだけ?

 そんなの納得できるわけない。

 目が良いくらいで何とかなるのなら、煙幕に意味なんてなくなっちゃうじゃないか。


「おい、ちゃんと説明しろ!」


 ただ私の声だけが部屋に反響し耳に返ってくる。

 本当に会話をする気はないらしい。


「瓶?」


 苛立つ私の目に入ったのは、光球の光を反射する新しい物体。

 コーラの瓶だろうか。

 こちらに向かって綺麗な放物線を描き私の元へ飛んできている。


「別に瓶でも反応するって」


 私に向かって投げられているのだから、瓶自体に危険性はなくとも、光球は反応する。

 私の自動防御は優秀なんだ。

 むしろ速度が乗っていない分、弾丸よりもずっと守りやすい。

 

 ――パリン。


 瓶が割れ、破片が地面に散らばる。

 弾丸と違い本体が大きい瓶は光球に当たったくらいでは消滅しない。

 当然、中身が私に向かって降り注ぐ。


「え?」


 中身が私にかかること自体は問題ない。

 コーラで服が汚れるくらいは許してやる。


 けど、これは違う。

 中身はコーラじゃない。

 コーラとは違う特徴的な刺激臭。


「うちの後輩は優秀なんだ」


 ――毒か!


 咄嗟に体を光の膜で覆う。

 空中を飛来して私に届いた劇薬は光の膜によって蒸発した。 

 

「好きだね、そういうの」

「君に通じる作戦を貫き通すのは当然の話だ」


 まあ、そりゃそうか。

 銃弾効かないって言ってたもんね。

 なら試行錯誤して毒をあてに来るか。

 

「ちなみに触れてたらどうなってたのかだけ聞いていい?」

「大丈夫。すぐに分かるさ」

「は?」


 天井から異音。

 瞬時にそれは水が流れる音であることに気付いた。


「君に絶対防御があるのはこちらも把握している。だから、その耐久力を知りたいんだ」


 先程の毒と同じ刺激臭。

 なるほど。今度はさっきの毒を大量に当てようということらしい。

 

「……もう小細工の次元じゃないと思うんだけど、これ」

「小細工だけで勝てるとは思っていないさ」


 にしたって大掛かりすぎるでしょ。

 私はここに来るかどうかも分からなかったんだ。

 それなのに、こんな大掛かりなものを用意したのか。


 あまりの好待遇に感謝すると同時に、引っ掛かりを覚えた。

 ここまで周到に用意した彼らがこんな初歩的なことに気付かないわけがない。


 そう思いながらも、問う。


「いいの? こんなことして」

「どういう意味だ?」


 私に毒が効くから、作戦の軸に毒を組み込むのは理解出来る。

 だけど、この量の劇物は訳が違う。


 全面鏡張りの密室。

 そんな場所に毒を流し込んだら何が起きるかなんて考えるまでもない。


「これは毒なんでしょ。心中する気?」

「君と心中できるなら本望さ」


 ああ、そうかい。

 どうやら私のことを相当高く買ってくれてるようで。

 まあ、でも心中は私の望む終わり方じゃない。

 望み通りにはさせない。

 

「君も救うし私も死なないよ」

「楽しみにしてる」


 天井が開く。

 大量の液体が上から降り注ぎだしたのが分かった。

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