58 過度な応援はかえって重荷になることもある
♧komori
万全の状態で再転生者と相対することはない。
常に俺達は受け身だった。
常に俺達は不利な状況で戦わされていた。
それが悪い事なのは分かってる。でも仕方ないだろ。
俺達は事前に彼らの情報を得られるわけじゃないんだ。
だから、受け身なのは当たり前。
むしろ受け身なのに対処出来ていることを褒めてほしいくらいだ。
「だが、初めて俺達は有利な状況にある」
『この場所、この時間で、ヒカリという再転生者と戦う』
事前に全てが決まっていて、ヒカリは予定通りこの場所に来てくれた。
約束の時間まで猶予もあり、我々が用意してきた準備が上手く刺さっている。
「普通に考えれば幸運。喜ぶべきことだ」
相手も我々の用意した作戦に意気揚々と乗ってくれている。
本来なら成功しないやり方も今なら成功するだろう。
けれど、素直に喜ぶことは出来なかった。
「嬉しい反面、緊張が凄いな」
作戦は順調に進んでいる。
だが、順調に進めば進むほど俺の責任は重くなっていく。
そして、その重さに耐えられるほど俺のメンタルは強くなかった。
「頼むよ。出来れば死んでいてくれ」
分かっている。求め過ぎだ。
過度な期待は身を滅ぼす。
けど、それでも希望を託してしまう。
「自身の行く末を他人に預けるなんてどうかしてるな」
天井に向かって、弱音を吐き捨てるとインカムが震え出した。
地獄からの呼び声か、それとも。
緊張しながら信頼する後輩からの連絡を取った。
『センパイ』
「お疲れ堀口。どうだ?」
インカムから俺を呼ぶ声が聞こえる。
ほぼ有り得ないが、一抹の希望をもって続きの言葉を待った。
『ヒカリの誘導はきちんと機能しました。奴の索敵能力は万能ではありません。ギミックは計画通り機能するはずです。……ですが、奴に有効打を与えられることは叶いませんでした。現在、彼らの自爆待ちです』
「……そうか」
堀口からの報告を聞きながら、聞こえないようにため息を吐く。
結局、ヒカリは俺の場所まで来るらしい。
元々俺が止めを刺すのが前提の作戦だ。
当たり前といえば当たり前。
けれど、やはり落胆はあった。
「奴らの自爆もダメそうか?」
『確証は持てませんが、おそらく』
まあ、だろうな。
開発途中の機械で死ぬのなら、苦労していない。
「理解した。全力で応戦しよう」
『すいません。また重荷を背負わせて』
「仕方ないさ。そのためにここにいるんだ」
少しだけ迷うような吐息が通話に入る。
迷った上での堀口の返答は端的なものだった。
『信じてます』
通信が切れる。
ゆっくりと狙撃銃を構え、瓦礫の舞う標的へと照準を合わせた。
きっと当たらないだろう。
こちらの場所が割れるだけだ。
だが、それでもいい。
渾身の思いを込めて引き金を引く。
直後、スコープ越しに狙撃対象の笑顔が見えた。
❤dhiluna
今度は写真詐欺なんかじゃない。
ずっと追い求めていたはずの、見覚えのある顔がすぐそこにあった。
「いやー、凄い豪勢な歓迎だね。そんなに楽しみにしてたの?」
「そりゃ、こっちもやれるだけのことはやるさ」
わざわざラスボスみたいに待っててくれるなんてサービス精神が旺盛すぎるよ。
「もしかして場所が場所だから、アトラクション要素でも入れてくれたの?」
お礼を言うために一歩踏み出した私に投げられたのは再びのグレネード。
閃光を警戒し、一瞬目を瞑る。
けれど、音も光も感じない。
恐る恐る開いた視界に入ってきたのは真っ白な世界。
最初に見たのと同じ光景だ。
「いきなりスモークは芸がないんじゃない?」
さっきとは違い目にも優しい体にも優しい白。
極端に眩しくもなく、毒を含んでいるわけでもない。
これただの煙だ。視界を防ぐだけのものでそれ以上でもそれ以下でもない。
なんだこれ。何のためにこんなことを?
「これ意味ないと思うけどな?」
私相手にスモークで目を潰す?
いや、有り得ないでしょ。
だって、こいつらは視線誘導を使った。
なら、私が視線を読めることはもう既にばれている。
まさか、煙で隠せば視線を読めないと思ってるってこと?
えぇ? そんな楽観視するかな。
「ねえ、聞いてる?」
質問を投げてみるが返事はない。
ようやく対面出来たって言うのに、つれないやつだ。
「これ多分愚策だよ。わざわざ密室に閉じ込めたのってこんなことがしたかったからなの?」
ただでさえここは密室。
確かに換気性の薄いこの部屋なら、煙は長持ちするだろう。
けれど、視線を読む私にとって目の障害は意味がない。
まさかそんなことすら分かっていなかった?
「……いや、でも視線誘導を作戦に組み込んでた」
一対一なら視線が混ざることもない。
この状況は私に有利なだけ。
視線がただひとつなら、誤認もあり得ない。
ただ視線を追えば、その先に奴はいる。
「そこでしょ?」
牽制の意味も込めて視線の源へ突進する。
そして拳を振り下ろした。
「あれ――?」
――いない。
明らかに先ほどまでここから見られていた。
それなのに何の感触もない。
「後ろ?」
後方から、銃声。
煙を巻き込み弾丸が私の元まで届く。
光球が勝手に防ぐため弾丸自体は全く問題にはならないが、違和感は残る。
なんだ? 何が起こってる?
さっきまでここから見てたじゃん。
いつの間に後ろに回ったって言うの?
「うーん、じゃあそこ?」
納得はいかないけど、やることは決まっている。
視線の元へ再び殴り込む。
けれど、やはりいない。
「今度は上?」
はぁ?
上から見るなんて有り得ない。
もしかして監視カメラとかで私のことを見てる?
「……どういうこと?」
部屋全体が煙で満ちていて、いまいち状況が掴めない。
愚策かと思われた白いスモークにここまで翻弄されるとは。
「やり辛いな……」
部屋の仕掛けも、そもそもこの部屋がどれくらいの大きさなのかもさっぱり分からない。
時々、こっちに聞こえてくる銃声も視線と合致しない。
「どういうトリック?」
全く理解が追い付かない。
視線のもとに奴がいるなら単純な話だった。
本人ではなく機械が射撃を担当しているというだけのこと。
けれど、奴は視線の先にいなかった。
なら逆?
機械が見て、奴が撃ってるってこと?
……いや、それもありえない。
見てないのに射撃なんて馬鹿げてる。
そんなことが出来るやつは人間にはいないでしょ。
いや、待てよ。
人間には?
「え? もしかして人類の希望って再転生者?」
じゃあ、人類じゃないじゃん。
けど、それなら合点がいく。
さっきの人間離れした狙撃も人外なら出来てもおかしくない。
だけど、彼からの返答は否定の言葉だった。
「まさか。正真正銘人間だよ」
いや人間に出来る芸当じゃないでしょ。
――てか、ちょっと待って。
今声右から聞こえた?
視線は後ろから、けれど声は右から。
意味が分からない。
「転移じゃなきゃ説明つかないでしょ!」
四方八方から私を観察しながら、その上で私の攻撃を避ける。
しかも、攻撃は別方向から。
転移くらいしか考えられない。
「俺が君と同じくらい強かったなら、こんなに小手先の技術になどに頼っていないさ」
今度は後ろから声が聞こえる。
けど、やっぱり視線は別の方向。
「小手先の技術?」
転移するのが小手先?
そんなわけない。完全な転移なんて私にすら出来ないんだ。
小手先呼ばわりされては困る。
「じゃあ、なんだって言うの。種明かししてよ!」
何処にいるのかも分からない人類の希望に向かって質問を投げかける。
しかし向こうはだんまりを決め込んだまま。
相変わらず意味のない弾丸が定期的にこちらに届いているのも、私の苛立ちを助長していた。
「私が欲しいのは弾丸じゃないんだけど」
光球が縦横無尽に弾丸を防いでいるうちに違和感に気付く。
明らかに光の量が多い。
「……なんだこの反射?」
白い煙のせいで光が妙に目立っているため気付かなかったが、光球から生み出される光が反射して返ってきている。
反射?
嫌な予感がして、一番近くの壁まで歩みを進める。
そこに答えはあった。
「鏡か!」
壁に自分が映っている。
なるほど。そういうトリックか。
至近距離まで近づいて、ようやく気付く私の鈍感さに嫌気が差す。
どうやらこの部屋の壁は全部が鏡。
いかれたトリックルームに私は招待されたらしい。
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