56 思い込みは他の何よりも足を引っ張る可能性がある

♢komori


 ヒカリの能力を完全に看破することは不可能。

 よって、段階を踏んで彼女の能力を使わせる必要がある。

 その工程を踏まなければ、こちらに勝機はない。 


 つまり、初手から本陣をぶつけるのは愚行。

 最初から彼女を俺の潜伏場所に来させるわけにはいかない。

 

「視線誘導は基本だよ、ヒカリ」


 報道機関が押し寄せてくることは理解していた。

 そして、インフルエンサーを気取ったマスコミ風情の一般人が来ることも。


 奴らの動きは正直読めない。

 その背に会社のプライドを乗せているマスコミ軍団ならまだしも、インフルエンサー気取りの一般人は何をするか分かったもんじゃない。


「なら、分かりやすい場所を作ってあげればいい」


 ルールの穴を突こうとするのが彼らの行動原理。

 正直迷惑極まりないが、ルールの穴を突くというのは、表立ってルールを破ることは少ないという意味の裏返し。


 彼らはルールに穴があれば、ルールを破ることはない。

 最低限の良心は持ち合わせている。


「ちゃんと予想通りに動いてくれて嬉しいよ」


 隔離地域に一つ穴を用意した。

 彼らがきちんと下調べをしたのなら、間違いなくその場にカメラは置かれる。


「スコープと誤認するかどうかははなはだ疑問だったが、上手く行ったようで良かった」


 彼女の動向をこの目で見たいのは山々だが、それはリスクを伴う。

 彼女が視線を読むのなら、俺が見るわけにはいかない。


「頑張れよ、後輩」

 

 場は整えた。

 あとは君の働き次第だ。




♧horiguti


 


 屋上に現れた、たった一人の少女を囲う完全装備の集団。

 傍から見れば明らかに以上だ。


 どう考えたって戦力過剰。

 けれど、きっとこれでは足りないのだろう。


「さて、銃撃の間に役割を果たしますか」


 鼓膜が悲鳴を上げているのが分かる。

 至近距離での銃声はあまりにも耳に悪い。


「どうも。こんにちは」

「あ、どうも……」


 銃撃を行う部下達を横目に、屋上に残る一般人の元へ向かう。

 カメラを大事そうに抱えるその男は、

 

「ヒカリが忙しくしてる間に結論だけ話すよ」


 銃撃が行われている間は、おそらく彼女に出来ることはない。

 なら、まず行うべきは市民の安全な避難誘導。


「ここは今から戦場になる。早く逃げて」


 非常階段を指差して、逃亡を促す。

 君のお陰で私達が隠れたのは間違いない。

 けれど、君を守り続けることは不可能。


「え? でも……」

「残念ながら機材は諦めて。機材は君の命よりも重いの? 本当に死ぬよ」


 名残惜しそうにカメラを見る一般人を追いやり、ようやっと目の前の化け物に集中する。

 

「にしても、異様だな」


 屋上にいきなり現れた光の繭。

 おそらく中に少女がいるはずだが、眩しすぎて中の様子は分からない。

 そもそも中の様子を見せないための光の繭だろう。


 それならば中の様子が見えるはずはなかったが、分析を任せられている身からすれば『何も見えない』というのは不便極まりない。

 弾倉に込められていた弾丸が尽き、反転、屋上に静寂が訪れる。


「まあ、だよね」


 期待していなかったといえば嘘になる。

 けれど、床に弾痕すら残らないとは思っていなかった。 


 致命傷を与えられるなんて夢物語を思い描いていたわけじゃない。

 それでも、まさかここまで無力をお思い知らされるとは。

  

「これで終わり? てか、どうすれば『人類の希望』の場所教えてくれるの? もしかして来てない?」


 光の繭から現れたヒカリに当然傷はない。

 それどころか疲れた様子すらない。

 

 けろっとした様子のヒカリを見るとやはり正面からの銃撃は意味がないということを思い知らされる。

 

「ていうか、その仰々しい盾って何の意味があるの? 私飛ぶんだよ? 前だけ守って意味あるの? ちゃんと後ろも守らなきゃ」


 悪びれもせずこちらの改善点を指摘してくる少女。

 自分が死ぬだなんてこれっぽっちも思っていないのだろう。


 こちらを馬鹿にした態度にため息が出る。

 

「物量で押せるのかとりあえず試してるのさ。まさかここまで圧倒されるとは思ってなかったけどね」

「なるほど。じゃあ、物量で押すのは無駄だって理解してくれたわけだ」

「そうだね。君の防御はどうやら堅いらしい」

「良い理解力だ。じゃあ、諦めてくれない?」


 かわいく首をかしげても、言うことを聞くわけじゃない。

 そもそも私にハニートラップは効かない。


 残念ながら私はノーマルだ。

 かわいいと思うことはあっても、恋愛感情にほだされることはない。

 強く意識を持ち、目の前の化け物と会話を続ける。


「それは無理な話だ。私には君に通じる攻撃を測る必要がある」

「何も効かないよ。試してわかったでしょ? 時間の無駄さ」

「じゃあ、なぜ最初の煙を避けたの? 毒は効くんじゃない?」


 ヒカリは初手の煙を回避した。

 ならば、こいつに浄化作用的な能力はない。


 毒を吸えば少なからず体に支障をきたす。

 そうでなければ避ける必要はないし、そもそも毒であることに気付かないだろう。


「だとしたら何? こんなひらけた場所で毒なんて吸うわけない」

「どうだろ。もしかしたら吸うかもしれないじゃない?」

「すごい希望的な観測をするんだね。君達転生庁にそんな余裕があるのかな?」


 ヒカリは、常に上から目線で話す。

 確かに彼女の方が生物としての格は高いのかもしれない。

 そんなことは重々承知だが、この舐め腐った態度は頭にくる。


「あなたも随分と気楽な戦い方をしてる。気付いているんでしょ? 君はここに誘導されたって」

「そりゃ分かってるよ。でも、誘導くらいは乗ってやらないと公平じゃないでしょ?」


 煽り口調でにこりと笑うヒカリ。


「そりゃ嬉しい限りだよ。私は君の耐久力を測るためここにいる。君が揺さぶりに乗ってくれるのならそれ以上に良いことはない」

「それでどう? 無理なことは分かった?」

「どうだろうね。まだ試したことないことは沢山ある」


 無理と決めつけるにはまだ早い。

 というか、私にその権限はない。

 無理と決めつけて、ここで諦めるわけにはいかないのだ。


「てか、君達も杜撰ずさんだよね。私が全て受け止めたから良いものの、一人を囲んで銃を撃つだなんておかしいよ。味方に撃ったらどうする気だったの?」


 円になって中央を撃つ。

 確かに、一歩間違えれば味方を撃つことに繋がる愚行だ。


 ヒカリの指摘は至極真っ当。

 けれど――。


「――君は盛大な勘違いをしているよ、ヒカリ」

「勘違い?」

「同士討ちするような陣形を取っているのは、同士討ちなんて怖くないからさ」


 うちの部下に同士討ちを怖がるような奴なんていない。

 そんな考えは持たないように出来上がっている。

 というか、同士討ちしたところで問題にならない。


「頭のネジが外れてるってこと? でも、それは私が君達を怖がる理由にはならないよ」

「頭のネジは外れてないさ。きちんと出撃前に確認してきたからね」

「確認……?」


 そりゃ君には理解出来ないだろうさ。

 こいつらは君の時代にはいなかったものだ。


「私が時間稼ぎをしているは理解してるんでしょ? なら、その意味を君はもっと推し量るべきだった」

「何を言っているか分からないね。あなたが私に驚きをくれるって言うの?」


 良い読みだ。

 君みたいな化け物を倒すために必要なのは圧倒的な驚き。

 通常通りの動きをしても殺せないのは分かり切っている。


「その通りさ。私達は君の脅威。けれど、君に私達を殺す気はない。そうでしょ?」

「そりゃそうだよ。弱い者いじめをする趣味はないし、共存する気なのに殺し合いを始めるわけない」


 弱い者いじめ、ね。

 なかなか舐め腐ったことを言うやつだ。


「だから、銃を持つ彼らにすら危害を与えない、って?」

「当たり前でしょ? そんなおもちゃでは私に傷一つ付けられないからね」


 実弾を扱う銃器をおもちゃ扱い。

 なかなか出来ることではない。


 けれど、本題はそこじゃない。

 ヒカリの見落としにこそ本題がある。


「スコープとカメラの違いを把握できなかったように、君は視線を読めても、その細かい差異までは理解出来ていない」

「いきなり何の話?」


 時間稼ぎをしたのはこのホテルから人払いをするため。

 そして、私の退路をきちんと確認するため。


 屋上の端まで寄り、下の方を見る。

 かなりの高さに少しだけ息をのんだ。


「そいつらの視線変だなって思わなかった?」

「まあ確かに……。てか、ずっと黙ってるなんて偉いよね」

「確かにずっと寡黙だった。良い読みだよ、ヒカリ」


 寡黙だったのは黙ってたからじゃない。

 そもそも話す機能なんてついていないから。


「あ、そゆこと?」

「理解が早いね、ヒカリ」


 単純な動作を行う人型兵器。

 完全装備し、さらに縦長の盾で身を隠せば、それは人間と区別がつかない。


 まだ単純な動作しか行えず、実用には程遠いが、『人を殺さない』だなんて大層な目標を掲げてるヒカリには効果抜群。


「いいね! 面白い!」


 少女に覆いかぶさるように歩き出す機械人形。

 防御しようと光球が動き出したのが人形の隙間から見えた。


 手元のリモコンを操作し、彼らに最後の命令を与える。

 ピッピッというカウントダウンの音が鳴り始めた。


「……全部受ける気なのね」

「当たり前でしょ。全部避けたって君達は絶望しない」


 でしょ? と可愛らしくヒカリは笑う。

 まあ、確かに避けられた攻撃は無理やり当てようとするか。

 高圧的な理由もそこに在るのかもしれない。


 なんとなくヒカリの態度に納得しながら、視線を外した。


「じゃあ、生きてればまたね」


 地面に見える衝撃吸収材。

 そいつに向かって祈りを捧げながら飛び降りた。


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