55 命知らずはどこにでもいる

♤hiroaki


 ベッドに寝そべりながら天井を眺める。

 シミでも数えれば暇つぶしになるかと思ったが、綺麗に掃除されたホテルの天井はシミ一つ見つからない。


「……暇だ」


 ディルナをホテルから送り出しておよそ三時間。

 特にやることもなく、かといって外に出ることも出来ない俺は、ベッドに転がるしかなかった。


「あー、暇だぁー」


 ネットワークの発達が目まぐるしい現代。

 スマホ一台あれば無限に暇を潰すことだって出来る。

 それは間違いない。

 

 けれど、日本縦断の刺激に比べれば些細なもの。

 三時間も見続ければ飽きも来る。

 

 伸びをしながら寝返ると、ベッド横の時計が目に入った。


「そろそろ開戦か」


 時刻は11時58分。

 約束の正午まであと二分だ。


「頼むからうまくやってくれよ」


 ディルナと転生庁が相見あいまえて、穏便に済むはずがない。

 絶対に戦闘になる。

 

「ああ……、鬱だ」

 

 現実逃避するため、再びスマホの画面に目をやった。

 関係ない動画でも見れば気持ちも紛れるはずだ。

 そんな思いで画面をスクロールすると、気になるタイトルの動画が目に入った。

 

「……なんだこれ?」


 俺が利用していたのは動画投稿サイト『Youtube』。

 現代最強の動画投稿サイトだ。

 一般人から大企業まで、様々な立場の人間が利用しており、知らないものはいないといってもいいだろう。


「ヒカリvs転生庁LIVE?」

 

 そんなyoutubeの中で一際ひときわ目を引くタイトルの動画。

 サムネイルの左下に赤く『LIVE』と表記されたそれは非常に身に覚えのあるタイトルをしている。


 いや、動画じゃないのか。

 LIVEってことは生放送だ。

 いや、待て。


「隔離されてるんじゃなかったっけ?」

 

 事前の情報によるとテーマパークは本日休業。周囲も一般人が出入り出来なくなっていたはず。

 だというのに、中の状況のライブ。

 

「馬鹿なことをするやつもいたもんだ」


 呆れた命知らず。

 けれど、今だけは感謝しよう。


「マジでただの垂れ流しなのか」


 メインエントランスを見下ろす様に固定されたカメラの映像が、無編集で流されている。

 中央に立つ少女はしっかりと画角に納まっていたが、あまりに小さく顔までは確認出来ない。


「まあ、でもディルナだろうな」


 少女のシルエットには見覚えがあった。

 まさか似たような人物が隔離地域に入り込んでいるなんて偶然はないだろう。


「異様な光景だな……」


 普段は死ぬほど混みあっているメインエントランスに少女が唯一人だけ。

 こちらは何の費用もかけてないのを考えると、転生庁は相当頑張ったんだろう。


「流石に何を言ってるかまでは聞き取れないか」


 何かしゃべっているのはなんとなくわかるが、その内容までは聞き取れない。

 けれど、それでも分かることがある。 


「……まあ、流石に小森は来ないよな」


 会話が行われるはずの場所に唯一人。

 交渉は決裂したというわけだ。


「となれば……」


 ディルナも転生庁もそのまま終わるわけがない。

 俺の予想を証明するように、ディルナは手元に持っていたマイクを投げ捨てた。


 直後、少女を狙って煙幕が投げ込まれる。

 カメラの映像が真っ白に染まり、情報が何も得られなくなった。


「なんも見えないな……」


 煙から逃れる様に垂直に飛んだディルナ。

 滞空したまま、首をくるりと回し周りの状況を確認している。


「うるさ」


 現状の膠着状態を解くように、眼下から激しい爆裂音が鳴った。

 あまりに近くから銃撃が行われたせいで、こちらに届けられる音声は割れ、画面は揺れている。


「は?」


 元に戻った画面に映ったのは、空中に浮きこちらを向くディルナ。

 異様な緊張感が流れたかと思った直後、画面からディルナが消える。


「どこいった?」


 俺の言葉に応える様にカメラが切り替わり、真横まで近づいたディルナが映った。


「ちっか……」


 先程までシルエットに過ぎなかった少女が表情も見えるくらい近い場所にいる。

 風でなびく髪も相まって、ディルナの姿は神々しい。


『おい、待て。誰だお前』


 ようやくきちんと聞き取れたディルナの言葉は、随分と荒々しいものだった。




❤dhiluna



 私の移動速度は速い。

 それ自体は褒められるべきことだし、遅いよりは絶対にマシなはず。

 

 けれど、世界は早すぎるものに制約を付ける。

 頂に上る何者かの足を、地上に這う馬鹿共が引っ張るように速すぎる私は自然の妨害を強く受けている。


 その妨害を表す様にホテルの屋上に着いた私は、その場に粉塵をまき散らした。

 法外な速度によって押しのけた風が、私のもとに吹き付ける。


「ふうーきもちいー」


 強く私に吹き付ける風。

 移動には邪魔だが、ただ浴びるのであればこれほど心地良いものはない。

 

 一通り深呼吸を追え、首をぐるりと回した。

 お目当ての『人類の希望』がここにいるはずだ。

 

 しかし、目に入ったのは知らない顔だった。

 

「おい、待て。誰だお前」


 視線の主の顔を確認して、唖然とする。

 こいつは私の知ってる『人類の希望』じゃない。

 こんなパッとしない奴が人類を背負っていいわけがない。


「写真詐欺か⁉」


 ふざけんな。あんなイケオジだったじゃないか。

 なんだその面は。


「私の期待を返せ!」

 

 記憶と一致しない目の前のさえない男に向かって文句を叫ぶ。

 

「違う! 違う! ちょっと待ってくれよ!」

「……何を待てと?」


 両手を大袈裟に振って、後ずさりする男。 


「俺はお前の目的の人物じゃない! 冷静になってくれ。ただの一般人だ!」


 騒ぎ立てる馬鹿の言葉を信じ、周りを確認する。

 ここはホテルの屋上。

 そこに存在するはずの銃器がない。


 というか、なんだこいつ。

 戦場にそんな軽装で来るなんて頭がおかしいのか。


 目の前に立つヒョロヒョロの男をまじまじと見つめてようやく気付く。

 

「……なるほど。望遠カメラか」


 スコープ越しの視線と勘違いしたのはこれのせいか。

 つまりこいつはただの聴衆。

 野次馬って奴だ。


「立派な撮影環境だこと」


 いくらかけてるんだ。

 今から戦場になるって言うのにご立派なカメラに固定器具

が配置された屋上。

 楽観的と言わざるを得ない。


「分かってくれたか⁉ 俺はただの一般人だ。敵対したいわけじゃない!」

「……まあ、それは分かったよ。私も君みたいな雑魚をライバルだとは思いたくない」


 こいつがただの馬鹿であることは理解した。

 けれど、まだ解決していないことがある。


 弾丸は確実にこっちの方向から飛んできていた。

 こいつが狙撃を行える? いや、そんなわけがない。 


「――重ねたか」


 こいつはここに誘導されたと考えるが普通。

 そしてこいつを隠れみのにして狙撃を行った人間がいる。


「下か?」


 ここは屋上。

 となれば、隠れるには下。


「来てるな」


 複数の足音。

 間違いない。こちらに向かってくる転生庁のやつらのモノだ。


 自動防御によって私を守ろうと光球が動き出す。

 後方を光球に任せ、周囲を確認すると見覚えのある姿が目に入った。


「ああ、なるほど。殺意の源は君か」

「お久しぶり、店員さん。貴方を殺しに来たよ」


 バイト先で出会った女性の転生庁員。

 名前は何だったか。

 覚えてないが、状況に影響はない。

 

「ちなみに聞くけど人類の希望はどこ?」

「ノーコメントだね」


 階段からちらりと見える全身を覆う縦長の盾。

 名前は知らないが警察などが使うアレだ。


 一つ見えたかと思えばぞろぞろと同じものを持った人間が現れた。

 まるでゴキブリだ。 


「改めて自己紹介するよ。私は堀口沙紀。貴方を殺すよ」

「残念ながら君には興味ないんだ。出来るだけ早く『参った』してくれると助かる」


 盾の隙間から私を狙うライフルの数々。

 今にも発射されそうなそれが、次々に光ったのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る