53 二つの思惑がぶつかった時、結果は自ずと目的から離れていく。

♤hiroaki


 本日は日本縦断が始まってから初めての休日。

 今日の主役は俺ではなく目の前で飛び跳ねる少女だ。俺の出番はない。

 いや、俺が主役だった日なんてなかったか。 


「来るかなぁ!」


 ピョンピョンと飛び跳ねて、テンションの高さをアピールするディルナ。

 楽しみなのは分かったから、下の階の人に迷惑だからやめなさい。


「どうだろうな。いずれにせよ、丸腰では来ないだろうさ。奴らも馬鹿じゃない。罠の可能性を考慮するに決まってる」


 馬鹿げたtwitter動画を投稿してから丁度五日。

 あと四時間で指定した正午となる。 


「まあ、そりゃそうだけどさ。もしかしたらそもそも来ないかもしれないじゃん。それは嫌だなぁって」


 出かける準備を進めながら、雑談を交わす。

 残念ながら一日中家にいるだけの俺は、その準備を眺めるくらいしかやることがない。


 万全を期すため、滞在地をテーマパークから離した時点で俺の役目は終わっていた。


「油断はするなよ。お前を殺しに来る可能性は決して低くない」

「安心してよ。不意打ちを受けない限りはまず負けないからね」

「公衆の面前に出るんだから不意打ちし放題だろ。マジで頼むぞ。こんなとこで終わりとか嫌だからな」


 ディルナがいくら能力を使えるといっても、相手は量で押してくる。

 もちろん能力者においては『質より量』は絶対の基準とならない。

 それは理解しているが、それでも心配なものは心配だった。


「大丈夫。安心して待っててよ」

「何を根拠に……」

  

 いつもそうだ。

 こいつの自信には根拠がない。

 自分なら出来るから任せていろ、と理由もなしに俺に告げる。


「むしろ紘彰の方が心配だけどね。孤立するわけでしょ?」


 当然の話だが、俺は待ち合わせ場所に行けない。

 明らかに役不足(誤用)だ。


「ホテルに籠ってることにするよ。ウロチョロするより安全だろ」

 

 コンビニでも行って転生庁に見つかったら笑い話にもならない。

 

「気を付けてね。私は索敵系の能力を持たない。電話でもかけてくれれば気付くだろうけど、壊れる可能性は多分高いから」

「不便だなぁ……」


 能力者なら、俺にGPSでもつけて監視しといてくれよ。


「まあ、多分俺のストーカーが守ってくれるさ。何者かは知らんが、俺のことを熱心に観察してる奴がいるらしい」

「それ大丈夫なの? ホントに守ってくれそう?」

「さあ。でも奴曰く敵じゃないらしいぞ」


 確証は全くないが。


「えぇ……? そんなの信じて大丈夫なの?」

「知らん。でも俺はそいつにかけるしかないだろ。お前にやりたいことがあるなら、それを邪魔するわけにはいかない」


 俺と違って大層な夢を掲げてるんだ。

 多少のリスクくらい背負ってやる。


「ただ絶対帰って来いよ。それだけは約束だ」

  

 小指を立てて差し出す。

 約束のジャスチャーだ。

 

「それ死亡フラグだよ」

「……うるせえな」


 差し出した小指を跳ね除け、手のひらをこちらに向ける。

 おい、無下にするな。


「お土産買ってくるから財布だけ頂戴。楽しみに待っててね」

「……ほんと、図太いよなお前」


 今から戦場に向かうというのにもうお土産の話か。

 転生庁が泣くぞ。



♢komori



 現在時刻は11時50分。

 朝から必死に隔離を進め、完全に包囲状態となった東京ディズニーランド。

 来場客は消えていたが、それでも人が完全にいなくなったわけではない。

 

『あれがマスコミ根性ってやつなんですかね。死ぬかもしれないのに』

「ヒカリほどのスクープはない。そりゃ命も懸けたくなるだろ。奴はこの世界を変えるかもしれないんだ」


 隔離範囲ギリギリの場所にぞろぞろと集まるカメラを持った大量の人間。

 ヒカリの来訪が予想されているメインエントランス付近は特に醜かった。

  

『分かりませんね。奴らにそれほどの信念があるとは思えませんが』

「奴らの心情など頑張っても読めやしない。それよりも重要なのは奴らが存在しているという事実だ」


 インカム越しに後輩と雑談を交わす。

 狙撃場所に単独で辿り着いた俺含め、転生庁の戦闘員は光の姿を確認するまでやることがなかった。


『まあ、どう考えても邪魔ですよね。広範囲の攻撃が使えないですし』

「元々広範囲に攻撃するつもりはない。このテーマパークをぐちゃぐちゃにするわけにはいかないだろ」


 そんなことをしてしまえば、わざわざ俺が狙撃手をやっている意味がない。

 もちろん無差別な生物兵器みたいなものは使いづらくなるが、目を瞑れるデメリットだ。


『まあ、そりゃそうですけど……』

「奴の行動に変な尾ひれがついてもらっては困る。事実をきちんと報道してもらうのは何より重要だ」

 

 【再転生者を救う会】の勢いを削ぐためには、真実を見せるしかない。もし、この場でヒカリが暴動を起こせば再び転生庁の天下は戻る。

 その可能性があるのなら、多少の邪魔くらいは目を瞑ってやろう。

 

『本当に来ますかね?』

「奴は来るよ。来ないわけがない」


 ただただこちらの戦力を削ぐためにあんな動画を出すなんて有り得ない。

 そんなまどろっこしいやり方を取る奴なら、日本縦断なんてはなからしない。


『にしたってもう集合五分前ですよ? ここまで包囲してるのに一切目撃情報入ってこないですし……』

「馬鹿かお前」

『はぁ? なんですかいきなり。自慢じゃないですけど、私の頭は良いですよ』

 

 そういう頭の良さを言ってるんじゃないんだよ。

 もっと根本的に頭を柔らかくしろって言ってるんだ。

 相手は再転生者なんだ。普通の頭じゃやってられない。


「奴の名前はヒカリだぞ。ここに来る方法なんて決まってるだろ」


 空が煌めく。

 それは奴の前兆。


「思い出せ、堀口。奴の名の由来を」


 一筋の光が空を彩った。

 その瞬間、空から地上へと降る流れ星がメインエントランスに届く。

 網膜を貫くほどの閃光がメインエントランスから放たれ、それと同時に周囲の木々が葉を揺らした。

 

 

「五分前しゅーごー!」


 

 突然メインエントランスに現れた少女が叫ぶ。

 確認するまでもない。奴がヒカリだ。


『……あー、なるほど』

「総員気を引き締めろ。作戦を開始する」

 

 ゆっくりと息を吐いて心を整える。

 その後、奴と話すために手元のマイクを口にやった。

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