52 内容不明のメッセージは閲覧するのにかなり躊躇する。
♢komori
『Dear 人類の希望』
そんなふざけたタイトルの動画がtwitter上に投稿されたのが二日前。
そして、その情報が俺に入ってきたのがつい先程。
というか、指名手配犯がSNSアカウントなんて作るなよ。頭おかしいのか。
お前達は命を狙われているんだぞ。
「はぁ……」
奴らは疑いようもないくらい馬鹿だ。
けれど、そんな馬鹿共に踊らされる自分にため息が出る。
「見ないんですか?」
「……いや、見るよ。見なきゃ始まらない」
隣に座る堀口に急かされてようやく再生ボタンに指を伸ばした。
ここは転生庁本部の地下に設置されたシアタールーム。
基本的には映像情報を共有する際に利用され、名前とは裏腹に映画が上映されることはほとんどない。
最近では『ヒカリ』の能力や行動情報などを共有する際に使われているらしい。
今は
手元の動画の三角のアイコンを押せば目の前にある大きなスクリーンで『Dear 人類の希望』が再生されるというわけだ。
「見ないんですか?」
「……まあ、待てよ」
急かす様にもう一度隣の方から言葉がかかる。
再生ボタンに伸びた指は未だ画面に触れていなかった。
「認めたくないことだが、あいつらの発言には重みがある。しかも俺個人宛だろ。そりゃ見るのに覚悟がいるさ」
「でも、これもう公になってますし、センパイが見なくても世界への影響は変わりませんよ?」
「そんなことは分かってる」
シュレディンガーの猫じゃないんだ。
俺の観測によって結果が決まるわけじゃない。もう既に結果は出ている。
けど、だからといって心理的ハードルが下がるわけじゃないだろ?
「気持ちはわかりますけど、むしろ内容を確認しないままの方が心にしこりが残りません?」
「そりゃそうだけどさ……」
もう既に発表の終わった合格発表を見る時に、相応の覚悟が必要なように、結果が決まったとしてもそれを確認するのにはある程度のカロリーを消費する。
「あー、じれったいですね!」
「は? おい待てお前」
急に大声を出して立ち上がる堀口。
「人類の希望だなんて言われてる人間が何ビビってるんですか! 再生しますよ!」
再び叫ぶや否や、堀口は俺の手からタブレットを奪い去り、勝手に再生ボタンを押した。
◇◆◇hikari no twitter
『どうもー、ヒカリでーす!』
女性の大声と共に画面上に映し出されたのは縄で縛られた五人の男性。
意識は奪われているようで、ぐったりしたまま動くことはない。
「……なんだ?」
『安心してください。これはいきなり知らない人がいきなり襲ってきたので正当防衛を働いた結果です! 私は悪くありません。あ、あと殺してないです! 安心してください!』
訳の分からない画面情報に困惑していると、先程の少女が説明を始めた。
『どうやら二分しか尺がないみたいなんで本題だけ話しますね』
画面の端からピースの形をした手が飛び出す。
ああ、二分ってことか。と理解した時には次の言葉が始まっていた。
『凄い簡単な話です。人類の希望さん。私は貴方と直接話したいなって思ってるんです!』
「は?」
分かってはいたが自身の名前が呼ばれるとドキッとする。
『私は再転生者です。となれば、転生庁の英雄である貴方と対峙するのは必至。けど、いきなり戦闘ではやはり味気ない。というか、出来れば私は貴方と殺し合いはしたくないんです」
画面が一瞬暗転し、デデーンというフリー素材そのままの効果音が流れる。
『というわけで話し合いの場を用意しました!』
画面上に映し出されたのは日本の最も有名なテーマパーク。
『私達の次の目的地は東京ディズニーランドです! 丁度この投稿から五日後。正午にディズニーランドにて待ってます!』
畳みかける様に自身の主張を話し続ける再転生者『ヒカリ』。
動画なんだから当然の話ではあるが、人の話を聞かずつらつらと主張を話していく様子に、気圧されずにはいられない。
『ちゃんと来てねー!』
随分と無邪気な挨拶と共に画面が黒く染まる。
どうやら終了したようだ。
「……」
あまりに訳の分からない内容の動画に言葉が止まる。
ご自慢の防音性能により完全な静寂が訪れたシアタールーム。
「どうします? 罠の可能性も捨てきれないと思いますが」
「……考えさせてくれ」
あまりにも傲慢な宣戦布告。
日時も場所も指定するなんて有り得ない。
私はここにいるから「さあ、かかってこい」と言っているに同じ。
冷静な頭じゃそんなことは出来ない。
「でも困りましたね。ここまで
「分かってる」
「けど、無視するとこっちの沽券にかかわりますよね。転生庁がビビったと思われてしまうと体裁が傷つく」
再転生者のために設置された施設が、再転生者を目の前にして臆する。
「……まあ有り得ないよなぁ」
どう考えたって
こんな絶好のチャンスをモノにしない奴は馬鹿だ。
「というかそもそも来るんですかね。罠の可能性だってあると思いますよ」
「というと?」
聞き返すと、堀口は俺の方を指差した。
「どう考えたって『ヒカリ』の最大の障害はセンパイです。その脅威を排除するためにわざわざこんな動画を取った可能性もあるのかな、って思っただけです」
「分からないでもないが、そんな卑怯なことをこんな大々的にやるのか?」
罠だとしたら、あまりにダサすぎる。
正々堂々の真逆だ。
「さあ? 未だヒカリの行動理念は不明。もしかしたらやるかもしれません」
「……まあ、俺を過剰評価している可能性はあるか」
人類の希望だなんて呼ばれてはいるが、実際はただもちあげられているだけ。
けれど、そんなことを再転生者『ヒカリ』が知るわけない。
「だから全力で排除しに来ようとしている。確かにその可能性は残るか」
「まあ、可能性の話ですけどね」
最後の保険の様に言葉を付け加える堀口。
彼女自身も、その可能性が低いことを悟っているのだろう。
けれど、特に根拠のない杞憂みたいなその可能性を否定する根拠もない。
結論を出すのは難しい状況にあった。
「……情報が少ないな」
「ですねー。ただ奴の指定した日時は三日後です。考えてる時間はあまりない」
分かっている。
行くしか選択肢はない。
化け物が自分から姿を現してくれるのだ。狩らない手はない。
「……ああ帰りたい」
なんで向こうの娯楽にこっちが付き合わなきゃいけないんだ。
俺達はただ人類を守る仕事を一生懸命にやっているだけなんだぞ。
さっさと自分たちの世界に帰ってくれよ。
吐きたくなる弱音を全て飲み込んで、重い腰を上げる。
「ありったけを用意しろ。あっちから喧嘩を売りに来たんだ。ここで仕留める」
あまり人類を舐めるなよ。
ため息だけをシアタールームに残し、本部へと足を進めた。
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