51 突然のイベントはなぜか連続で来る

♤hiroaki


 ホテルに唯一人取り残された俺。

 特にやることもないため、まるで動かなくなった体をベッドに預けて休める。

 張っていた気をようやく抜くと、体中に疲れが回り始めたのを理解した。


「つがれたぁ……」


 ここまでの長期旅行は経験がない。

 想定以上に俺の体には疲労が溜まっているようだった。


「運動しときゃよかったなぁ……」

 

 もう既に手遅れなのは理解しているが、それでもないものねだりをせずにはいられない。

 同行人のディルナがあれだけ元気なんだ。

 俺が足を引っ張るわけにはいかない。

 

「助けにはならなくても、邪魔するわけにはいかないよな」


 俺にはディルナと違って大層な目標がない。

 ただ流されるまま旅をしているだけ。


『人類と再転生者の共存』


 改めて考えてもあまりに大きな目標だ。

 世界の片隅でただ会社員をしていた俺にとっては考え付きもしなかったような夢。


「どうなっても最後まで見届けるよ」


 俺に出来ることは金銭面以外での助力くらい。

 それでも最後まで付き合わせてくれ。


 少し、いやかなり我儘な願いを自分勝手に押し付けていると自身の喉が渇いているのに気づいた。


「水でも飲むか」


 枕元に置いていたペットボトルを手に取り蓋を外す。

 緑と白のラベルを巻いた柔らかい容器を口につけた。


「うま」


 喉の音を部屋中に響かせながら、元居候の帰りを待つ。

 飲み終わったペットボトルを潰していると、扉の開く音がした。


「あ、終わったか?」

「お邪魔するよ」


 鼓膜に届いたのは別人の声。男だ。

 そもそもディルナは「お邪魔する」なんて遠慮の言葉を吐かない。

 誰だこいつ。


「部屋間違えてますよ」

「いいや間違えてない。君に用があったから来たんだ」


 足音がする。こちらに近づく音だ。

 ホテルの廊下は長くない。すぐに声の主は視界に入った。


「……いつぞやのフードか」


 深く深くフードを被り、体の形が見えないサイズの合っていない服。

 以前、屋上に取り残された時に出会った男だ。

 潰れ切ったペットボトルに目をやり考える。


 ――武器はない。ボディーガードもいない。

 

 そしてもちろん戦闘能力もない。

 非常に不服だが、どうやら俺は彼との会話に興じるしかないようだ。


「何の用だ?」

「久しぶりだね、勝木紘彰君。少し見ない間に随分と有名になった。君の名前を聞かない日はないよ」


 ゆったりとした足取りでディルナのベッドへ向かい、そして俺と向かい合うように座る。

 ぎこちなさが残る俺とは違ってその動作は自然そのもの。

 まるで緊張を感じられない。


「何しに来たんだ。そもそもどうやって入った?」

「鍵閉まってなかったよ。戸締りはきちんとしないと」

「あのバカ……!」


 テンション上がりすぎだ。

 このホテルはオートロックじゃないって確認したばかりだろ。

 元居候の愚行を知り、思わず頭を抱える。


「安心してくれ。君の体調を確認しに来ただけさ。ヒカリ君がいると邪魔されちゃうだろ?」

「俺が邪魔をしないとでも?」

「邪魔されたところで問題にはならないさ。それとも、実は武道の経験者なのかな?」


 被りすぎたフードのせいで表情は全く見えないが、その中は笑っているように思えた。


「いや、違うけど……」

「だろ? それじゃ、まず脈を測るよ」


 フードの男は俺の手首に指をあてる。

 その行動は脈を測ることそのもの。

 けれど、俺にはそれ以外の目的があるように感じて仕方がなかった。


「早いね。もしかして緊張してるのかな?」

「この状況で緊張しないほど頭のネジは外れてない。俺は指名手配犯だ」

 

 こいつが俺を殺す可能性だってゼロじゃない。

 もう既に通報されている可能性だってある。

 そんな中、緊張しないなんて無理だ。


「いいね。良い意識だよ。それくらいの危機管理能力がなきゃ指名手配犯はやってけない」


 フードの男は笑いながら、俺の手首から指を離す。


「これで何か分かるのか?」

「君は至って正常だね。特におかしなところは見つからなかったよ」

「脈を測るだけでそこまで分かるもんなのか?」


 脈ってのはそんな万能なものだっただろうか。


「詳しいことは秘密さ」


 口元に人差し指に当てて『しーっ』のジェスチャーをするフードの男。


 似合わない動作が妙に腹立たしい。

 本当は適当言ってるだけじゃないのか。

 見た目からして怪しすぎるこの男の言葉は何一つ信用できなかった。


「おい、何やってる」

「喉が渇いたんだよ。見て分からないかい?」


 しかし問題はそんなことではなかった。

 こいつが適当なことを言っているかどうかなんてどうでもいい。

 先程までディルナのベッドの端で座っていたこいつは、今冷蔵庫を漁っている。


「……居座る気か?」

「ヒカリ君が帰ってくるまで、だけどね」


 勝手に人の冷蔵庫の中身を物色しながら図々しいことを言う男。

 事前に冷やしていたコーラを手に取ったフードはそのまま元の位置に戻り何事もなかったかのように座った。


「どうだい? 再転生者との旅行は」

「質問する前にまず名乗れよ。お前はなんなんだ」

「手軽に名乗れる名前を持ち合わせていなくてね。礼儀を欠いているのは理解しているが、名は教えられない」

「……なんだそれ」


 有名人か、それに類する何かなのだろうか。

 それとも無茶苦茶なキラキラネームで名乗るのすらはばかられるのかもしれない。真偽は分からないが、不満は募る。


「それで旅行はどうだい?」

「悪くはないよ。すべてを捨てて純粋に楽しむってのも悪くはない」

「そりゃよかった。君達が楽しく旅行出来ているならそれ以上のことはないよ」

「意味が分からないな」

「深い理由はないさ。きっとね」


 再びプシュっという炭酸の音が耳に届く。


「やっぱ飲み物はコーラに限るね。丁度冷えていていい感じだ」

「お前やってること泥棒だぞ」

「良いじゃないか。僕は相当君達の助けになったはずだよ? その見返りとしちゃ安いくらいだ」

「何の話だ」


 再びコーラに口をつけ、喉を鳴らすくらい豪快に飲み干すフード。新品だった500mlのコーラはもう既に空になっていた。


「佐多修二が転生庁の重要な情報を握っているわけないだろ。疑わなかったか? なんでこいつそんなに詳しいんだって」

「……は?」


 コホンとわざとらしく咳ばらいをするフードの男。

 


「奴に入れ知恵をしたのは僕だ」


 

 確かにおかしいと思っていた。

 佐多修二はただの同期。

 転生庁が怪しんでいるということは分かっても、転生庁が来る時間帯まで指定するのは不可能だ。


「それでもまだ謎が残るだろ。お前は一体誰なんだ」

「そういう細かいところは秘密さ」


 口元に人差し指に当てて再び『しーっ』のジェスチャーをするフードの男。

 

「まあ、ここまで情報を出せば大体絞れるだろ? そろそろヒカリ君が帰ってくるらしいし、ここらへんでお暇するよ」


 立ち上がり、部屋を後にしようとするフードの男を


「おい、話は終わってねえ――」

「――病人は寝ときな。変に気を荒げて疲労をためるのも良くないよ」


 かなり強い力でベッドに押し付けられる。

 疲労が溜まっているせいかどうかは分からないが、体は全く動かなかった。


「じゃあ、また。体調にはくれぐれも気を付けてね」


 空のペットボトルをゴミ箱に放り投げた音だけが耳に入った。

 

 

 ◇


 

 五分程度、自分の無力感に打ちひしがれていると、再び扉の開く音がした。

 俺が音の主を確認するよりも前に、それが何者か理解した。


「ただいまー! あいつら雑魚だったわ。さっさと宣戦布告動画撮ろー」


 ドタドタと、大きな足音を聞こえてくる。

 叫びながら走ってきたディルナは、俺の顔を見て歩みを止めた。

 首をかわいく傾けて、頭の上にはてなマークを浮かべる。


「なに? ねむいの?」


 疲れてんだよ。

 逆にお前はなんでそんな元気なんだ。 

 やっぱ再転生者ってすげえな。


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