50 直接会わなくともライバル関係は生まれる
♤hiroaki
地域とは関係のないチェーン店にて、少し遅めの昼食。
テレビを見ながら、関東圏に入る前の最期の食事を行っていたところだった。
俺の口に向かうはずだった箸が空中で止まっている。
衝撃的すぎる佐多からのLineに思わず口が開いた。
「……は?」
先ほどまでやっていたニュース。
『指名手配犯、勝木紘彰の滞在場所は東北地方』という報道はあまりにも曖昧。
おそらく目撃情報などからおおよその位置を割り出しているのだろう。精度が足りていない。
日本を縦断することは公開情報。
そうなれば日数的に東北地方に滞在している可能性があまりにも高い。
それを予測して報道しているだけ、と考えるのが普通。
だから、マスコミも大したことないな、と安心していたのだ。
しかし、そんなことは安心する理由にはならなかったらしい。
注意すべきスパイは身近にいた。
目の前で呑気に食事を続けている馬鹿こそが最大の敵だったのだ。
「おい、ディルナ」
「ん? なに?」
「これはどういうことだ?」
佐多から飛んできたLINEの内容をディルナに見せる。
『≪再転生者ヒカリ≫、SNSを開設する。数日前からフォロワーが急激に増加している模様』
信じられないような言葉がそこには書かれていた。
「あー、それね。作ったよ? それがどうかしたの?」
「どうかしたの? じゃねえよ。聞いてないぞ」
「そりゃ言ってないからね」
いや、言えよ。てか、確認取れよ。
どういうことやねん。
「いつ作ったんだ?」
「旅が始まってすぐくらいかな。なんか向こうだけが一方的に発信してるのずるいなって思って。凄いでしょ」
「……いや、凄いけどね? でも、そういう問題じゃないじゃん」
まさかここまで現代に適応しているとは思わなかった。
俺に黙って勝手にSNSを作るなんて想定の範疇をはるかに超えている。
まあでも、流石に確認取ってくれてもいいよなぁ……。
ディルナはあくまで俺に保護されているという立場だし。
「あ、紘彰もフォローしといていいよ。最近話題沸騰中だから」
どうやってアカウント見つけるんだ、と文句を言ってやろうと思ったが、どうやらその必要はないようだ。
俺の見ているニュースは随分と親切なようでご丁寧にアカウント名まで乗っている。
どうやらこいつのアカウントは『再転生者ヒカリ(本人)』とかいうふざけた名前らしい。
「……よくこれを本物だと思ったな」
「そりゃ、紘彰の写真とか載せてるからね。すぐに信じてくれたよ。やっぱり有名人みたいだね」
『再転生者ヒカリ(本人)』のツイートを遡ると、確かに俺の顔が載っている。
これは宮城で牛タンを食べた時のやつだ。
すげえうまかった。
――いやまてまて。そうじゃない。
「……は? なんで勝手に人の顔写真使ってんのさ」
「ん? いいじゃん、一緒に旅してるんだし。それに、紘彰の顔なんてもうフリー素材みたいなもんでしょ?」
「だからと言って、見知らぬ人に使われるのと知り合いに使われるのじゃ意味合いが違うだろ」
「今更だと思うけどなぁ。動画サイトで紘彰の顔見ない日はないよ? いわゆるネットのおもちゃさ」
ディルナの言う通り、俺の顔はこの旅を始めてすぐにフリー素材と化したようだった。犯罪者には何をしても良い、というのが世の摂理らしい。
今俺は、いわゆるMAD素材とやらの世界で輝きを見せている。
どこから得たのか分からん俺の顔写真はネットの海を放流していて、沢山の動画投稿者が好き勝手に利用しているようだ。
誰かが卒業アルバムでも提供しているのだろうか。
と、そこまで考えて気づく。
「待てよ。もしかして、お前が素材提供してるってことか?」
「お、鋭いね。最近のリプ欄にはお礼も増えてきたんだよね。『新素材助かります』みたいに。これも紘彰のお陰だよ」
目の前で訳の分からないことを言い始めたディルナのことは諦めるしかなさそうだ。
いろいろ気になることはあるが、それはホテルに帰ってからにしよう。悟った俺は食事に集中することにした。
◇
ディルナのアカウントのリプ欄(返信欄)はひどいものだった。
そもそもの呟きが『仙台の牛タン、美味しかった』(写真添付)程度の他愛ないものに対して、親でも殺されたんじゃないか、と思うくらいの罵詈雑言が投げられている。
その内容は、『頼むから俺の街には来ないでくれ』だとか『さっさと死ねよバケモノ』だとか様々だ。
彼らには、画面の向こうにいるディルナが見えていないのだろうか。
いや、そんなことは関係ないのだろうな。
彼らにとって、有名人は等しく何か概念のようなもので、現実ではない。
「良くこれ耐えれたな。ディルナがそこまでメンタルが強いとは思わなかった」
「まあ、好感度最悪なのは目に見えてたからね。これがもし、歓迎されるって勘違いしてたならもっと心に来てたかも」
それにしたって肝が据わりすぎだ。
こんなに誹謗中傷を受けているというのに、当の本人はホテルのベッドで呑気にごろごろと転がっている。
俺にはマネできそうにない。
「最初から文句言われるって分かってたなら、わざわざ始めなくても良かっただろ」
「そうかもしれないね。けど、せっかく旅の記録を残すなら誰かに見てもらわないと」
勿体ないでしょ? と可愛らしく首を傾げるディルナ。
そういう問題ではないと思うが、確かにせっかくなら見てもらったほうが良いかもしれない。
そうでなくても注目されているのだ。
わざわざこちらの発信を制限する理由はない。
「んじゃ、厄介オタクでもさせてもらおうかな」
誰よりもディルナのことについては詳しいはずだ。
そんな思いも込めてディルナのアカウントのフォローボタンを押した。
役目を終えて、疲れた体をホテルのベッドに預けると、ディルナがこちらを向いていることに気付いた。
「なんだ?」
「そういえば、聞きたいことがあったんだった」
ベッドの端にちょこんと座り、手慣れた様子でスマホを弄るディルナ。
大人しくしてると、やはりこの少女は可愛いななんて思った。
「リプで良く来てたんだけどさ。人類の希望って結局何なの? ずっと気になってたんだよね」
「あー、考えてみれば俺達の宿敵みたいなもんなのか」
そうなればリプで良く来るのにも納得がいく。
お前らは『人類の希望』に殺される運命だ、とか来そうなものだ。
人類の希望。
確か、小森とかいう名前の男性だったはず。
名前は知ってるが、逆に言えば俺の知っている情報はそれくらい。
「転生庁設置以来の英雄ってことだけは知ってるんだが……」
ディルナに
情報の精度はそこそこだが、とある人物の略歴を知るくらいなら十分のはずだ。
「有名人なだけあって充実してんな。やっぱこれだけ大きな名前を背負ってるってことはそれなりにファンもいるわけか」
「えー、いいなー。私とどっちが多いの?」
「お前にはアンチしかいねえよ」
「おい、ふざけんな。こちとらか弱い少女やぞ!」
ベッドに伏せてウソ泣きを始めたディルナは放っておいて、wikipediaの項目を読み上げていく。
「
「――画像見せて―!」
続きを読み上げようとした俺の耳に飛び込んでくる大声。
ディルナの方を見ると、ベッドの上でピョンピョン飛び跳ねているのが目に入った。
おい、マナー悪いぞ。
「演技短いな。そもそもお前のでも見れるだろ」
「見てる画像が違うと食い違いが起こっちゃうかもしれないでしょ、っと」
隣のベッドから飛び跳ねて、こちらのベッドに来るディルナ。
危ないな。結構距離あるぞ。
しかし、そんなことはディルナには関係ないらしい。
意に介する様子もなく俺のスマホをのぞき込む。
「もうちょっとこっち向けてー」
背中越しに画面を覗くディルナに、少しだけ見やすいように角度を調整すると、耳元で感想が聞こえた。
「おー、イケオジって感じだね。仕事出来そう」
「出来るからこんな大層な名前を持ち合わせてるんだろ」
仕事出来ないのに『人類の希望』だなんて名前で呼ばれるわけがない。
……いや、たまに持ち上げられてるだけの人いるか。
「それで実際に何した人なの?」
「彼が着任してから被害が死ぬほど減ったみたいな感じかなぁ。あんまり詳しいことは分からんが、いわゆるシモヘイヘみたいなことだと思う」
「あー、その人も知ってる。人類史上最強のスナイパーでしょ? いいね。かっこいいじゃん!」
今度は俺のベッドの上でピョンピョンと飛び跳ねるディルナ。
おい待て。今度は揺れが直に伝わってくるだろ馬鹿。
落ちないようにスマホを強く握りしめ、ディルナの方を見る。
「そんな楽観視出来る話じゃないと思うけどなぁ。向こうに英雄がいるってことは単純にこっちの危険度が増えるってわけだろ? 怖くないのか?」
「あー、それについては大丈夫。流石に人間には負けないよ」
「フラグビンビンだぞお前」
油断しすぎだ。
往々にして強者は油断をつかれて敗北するものだぞ。
そんなディルナを咎めるためか、丁度良いタイミングでノックの音がした。
注目が一気に扉の方へ向く。
ルームサービスだろうか。でも頼んだ記憶はないが……。
「来客か?」
「私が出るね!」
思考する俺とは反対に、扉の方へ駆け寄っていくディルナ。
ドアノブに手をかけるや否や、そのまま開く。
「だーれですか?」
相変わらず躊躇しない馬鹿だ。
少し心配になりながら、耳を澄ましていると訪問者の声が聞こえた。
「あんたがヒカリか?」
残念ながらこのホテルは構造上、玄関すぐに廊下がある。
ベッドの上に座った状態では、玄関の様子が見えない。
よって、俺に届くのは声のみの情報だがそれでも十分なくらいだ。
どうやら来客は男性らしい。
しかも言葉を聞く限り友好的ではない。
「……ああ、そっか。そういう命知らずもいるわけか」
忘れていた。俺は指名手配犯。
転生庁のみが俺を狙っているわけじゃないんだ。
「なるほど。いいね君達。ウォーミングアップにはもってこいじゃない」
どうやらディルナは、思わぬライバルの出現にテンションが上がっているらしい。突然の敵襲にも異常に乗り気だ。
「決めた! こいつら捕まえて動画撮ろ! んで、小森公俊に送り付けてやるんだ!」
「……頼むから目立たないでくれよ」
「りょーかい!」
廊下から親指だけ立てたグッドサインがちらっと見えた。
華奢な指によって、その手がディルナのモノだと分かる。
「じゃあ、ちょっと野暮用に出かけてくるわ! 場所替えるよー!」
「……くれぐれも目立つなよ」
旅行の疲れから全く動こうとしない体。
祈るしかない自分にちょっと嫌気が差しながら、再びベッドに転がった。
「どうやら意外と俺はあいつを信頼しているらしい」
まあ、負けることはないだろう。
我ながらフラグっぽい台詞を心に秘めてディルナの勝利を祈ることにした。
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