49 意外性のある人物は時に思いもよらない行動をとったりする

♧hoirguti


 慣れない射撃訓練場で、すっかり気分を崩した私は屋外で体を休めていた。

 さほど新鮮でもない空気ではあるが、地下の訓練場と比べれば幾分かマシである。

 転生庁内の広場にあるベンチに座って、深呼吸するように息を吐いた。


「やっぱり体に悪いじゃん……」


 だあー、と情けない声を出しながら背もたれに体を預ける。

 木製のベンチでは大したクッション性はなかったが、それでも何もないよりはマシだ。


「よくあんな馬鹿みたいなもん吸って正気を保っていられますね……」


 訳が分からない。

 尊敬すべきセンパイの理解出来ない一面について嘆いていると、自身の喉が渇き切っていることに気付いた。


「飲み物でも買いに行くか」


 独り言を呟きながら、立ち上がる。

 凝り固まった膝がコキっと音を鳴らした。


 目的地は自動販売機。

 首を回して探すと、それはすぐに見つかった。


「お、近くにあるじゃん」


 日常的に使っているとあまり感じることはないが、転生庁本部は広い。

 例えるなら小規模の大学くらいだろうか。

 それほど広ければ、腐るほどある自動販売機もすぐに見つかることは稀というわけだ。


「良くも悪くも再転生者に振り回されてばっかりだなぁ」


 土地が足りなくなって久しい昨今。

 こんな広大な土地が転生庁に与えられたのには理由がある。

 第二転生事変だ。


 幸か不幸か再転生者によってリセットされたこの都市には、まっさらな土地が余るほど生まれてしまった。

 それが転生庁に転用されたというわけだから、不謹慎な話だが転生庁本部の大きさは、第二次転生事変のおかげということになる。


「どれにしよっかなー」


 これじゃないなあ、これじゃないなあ、と行きつく自動販売機で首を振る私。

 そんなことをしていたら、もう既に十台目に突入していた。


 それもこれも、大体が美味しそうに見える飲み物が悪い。しかもおいしそうに見えるくせに微妙にどれも求めているものとは違う気がするのだ。

 と、言い訳をしながらまた次の自動販売機へと歩みを進める。


「結局、私は何が飲みたいんだろ……」


 そんな答えの出ない考え事をしていると、記念すべき十一台目の自動販売機が視界に入ってきた。

 何気なく自動販売機巡りをしていたが、冷静に考えればこんな短期間にこれだけの数見つかるというのは異常なことである。


「自販機溢れすぎだなぁ」


 どこに行っても待ってましたと言わんばかりに鎮座する様子はまるでコンビニである。

 しかし、残念ながらここにも私の心を打つような飲料はなかった。

 

「流石に果てしないか」

 

 諦めていつも飲んでいるコーラにする私。

 雑に吐き出されたコーラは蓋を開けると、派手な音を立てた。


「あぶなっ」


 噴出される炭酸交じりの飲料を口で押える。


 ただ自分の欲している飲み物を見つけることでさえ、こんなに時間がかかるという事実にため息をついた。


「こんな小さな旅でさえ、答えが見つからないんだから、ヒカリ達はなおさらか」


 飲みたいものを見つけるだけでさえ答えが見つからないのだ。人生について考えるには日本一周では足りないだろう。

 自動販売機を巡っただけで、ヒカリの旅に少しだけ共感した堀口であった。


「さて、どうしようか」


 コーラを飲みながら、ベンチで再び休息をとる。昼休憩はとっくに終わっており、仕事に戻るべきなのは明らかなのだが私の体は、仕事を拒んでいた。


 幸い、今は再転生者『ヒカリ』のせいで転生庁はいつも忙しい。

 こんなとこでサボっている私を気にするやつはいないだろう。


「おい馬鹿。面会の時間だぞ」


 しかし、楽観視するのは間違っていたらしい。

 聞き覚えのある声で自身の過ちに気付く。


「……佐多修二」

「フルネーム呼びありがとな。そろそろそっちも俺に名前を教えてくれてもいいんじゃないか?」

「だって、あなた私の名前聞かないじゃない」

「それを言うなら、俺も名前を教えた記憶はないんだけどな」

「書類に書いてあるに決まってるでしょ」

「あーそりゃそうか」


 適当な相槌を打ちながら、佐多は私の隣に何の了承も得ず座る。

 なんだこいつ、図々しいな。


「それで、結局名前は教えてくれないのか?」

「堀口」

「そっけないなぁ。堀口さんね。これからもよろしく」


 差し伸べられた手を振り払ったところでふと疑問に思う。


「てか、なんでここにいるの? うちのセキュリティはそんなに甘くないと思うんだけど」

「そっちが呼んでんだろ。忘れたのか? 今までの生活を保障する代わりに毎週顔見せろって」

「あー」


 忙しすぎて忘れていた。

 そういえばこいつは重要参考人。

 事情聴取を定期的に行うことになっていたはずだ。


「じゃあ、なんでここにいるの? ちゃんと事情聴取受けないと」

「担当お前だろ」


 欠伸あくびをしながら佐多は、時計をこちらに見せる。

 確かに事情聴取の時間から十五分ほど過ぎている。


「……あー」


 そういえばそうだったかもしれない。

 こいつと話すのが嫌すぎてすっかり忘れていた。


「エリート様もサボることなんてあるんだねぇ」


 妙に気に障る言い方だ。

 イラっとして思わず口を開いた。


「なんなの、何か私たちにうらみでもあるの?」

「無いといえば嘘になるな」


 私の強い口調を全く意に介していない様子の佐多。

 それが私の苛立ちを助長させた。


「何が気に入らないの?」

「お前ら融通利かねえじゃん。話も聞かないでマニュアル通りにヒカリをぶっ殺そうとしてるお前らに腹が立ってんだよ。それじゃエンタメが足りてない」

「……相手は再転生者よ? 本気で言ってる?」


「カテゴライズが雑だって言いたいんだよ。やつらとは会話できるんだろ。人間同士だと死ぬほど多くのカテゴリーに勝手に分けるくせに、相手が能力を使えるってなったら急にそれをやめるのか」


 そんなの思考放棄だ。と佐多は言う。

 発言の意味は理解出来る。


 けれど、佐多の話を聞いた最初の感想は「なんて無責任なんだ」だった。

 殺人者を目の前にして説教を垂れている英雄気取りの少年のような、まるで現実が見えてない自己陶酔者。


「そんなことしてたらどれだけ犠牲が出ると思ってるの。私たちは別にトロッコ問題がしたいわけじゃない。再転生者と今ここで生きてる人類。どちらを守るべきなのかは既に答えが出てる」


「そうだろうな。身元も定かではないやつらより、国民を守るべきだろう。この転生庁の運営費だって国民が出してる」

「そこまで分かってて文句言うって相当常識がないのね」


 改善案も出さずに文句だけを言うなんて悪質なクレーマーと何も変わらない。

 話にならない、と佐多の話を一蹴しようとしたところだった。


「勘違いをするな。俺は別に今のお前たちに変われって言ってるわけじゃない。ただ嫌いなんだよ。人の好き嫌いにまで口出ししてくるなんてお前の方が子供なんじゃないのか?」

「うるさいわね。現状に不満があるなら何か行動を起こせばいいじゃない。このままじゃ何も変わらないわよ」


 佐多の返事は大きな笑い声だった。

 話にならない。私の何がおかしかったというの。


「それをするのは俺じゃないさ。渦中のやつがきっと何か変えてくれると信じてる」

「他力本願の極みじゃない」

「そりゃそうだろ。俺は脇役だ。なら世界が楽しい方向に行ってくれた方が良い。お前らよりヒカリ達の方が楽しそうだった。だから俺はお前達を嫌ってる」


 イかれてる。

 リスクとリターンの計算も出来ない餓鬼の意見だ。

 しかも、こいつはそれを理解してる。 

 きちんと現実を理解したうえで、それでも夢物語を語ってる。


「……理解出来ない」

「そうかもな」


 あんたらお堅いエリートには、俺のような馬鹿げたやつの考えは理解出来ねえよ。


 佐多は吐き捨てる様にそんなことを言った。

 その台詞をゆっくりと咀嚼していると、さらに佐多は勢いづいた。


「いい加減代わり映えしない世界に飽き飽きしてるんだ。それを変えようって奴が現れた。どういう結末を迎えるかは知らないが、それでも楽しそうだなって思ってる」


「究極の楽観主義者ね」

「俺が直接被害を受けるんじゃなければ革命は喜んで受けるさ」


 再び時計をこちらに向ける佐多。

 意図が分からず首を傾げると、佐多は時計を指でトントンと叩きながら口を開いた。


「こんなもんでいいか? 実質事情聴取だろ」

「……まあ、どうせあんたから得られる情報なんて大したもんじゃない。帰っていいわよ」


 私の言葉に呼応するように、佐多は立ち上がる。

 その後、そのまま私から距離をとり始めたところだった。

 笑いながら佐多は振り返って私に向き直る。


「やっぱあいつ生かしとくべきだよ。いつも面白いことしてくれる」

「……何の話?」


 佐多はスマホの画面を私にも見えるように突き出した。

 急に目の前に現れたディスプレイに少し困惑しながらも中身を見る。



「……は?」



 『≪再転生者ヒカリ≫、SNSを開設する。昨日からフォロワーが急激に増加している模様』

 そんなタイトルのネットニュースが、スマホの画面に表示されていた。


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