48 根拠を持たない結論は重さを持たない
♢komori
昨今、風当たりの強い喫煙者の憩いの場所。
転生庁内にたった三つしか存在しない喫煙所に俺は向かっていた。
ガラス張りで外から中の様子が分かるようになっているお洒落な喫煙所。
中の空気とは裏腹に喫煙所の外観は整っている。
「……俺は煙草を吸わないんですけどね」
ガラスの扉を開いて中の人間に話しかける。
白衣を着た男性は笑いながら手を振り返してきた。
「良いじゃないか。ここの換気扇はしっかりしている。小森君に悪影響が及ぶことはないさ。それとも死体の前が良かったか? 再転生者が来たかどうかすぐに分かる」
「もっと嫌ですよ。死体を見るのは好きじゃない」
「君が生み出した死体じゃないか」
発言からも分かるように、草次博士の人格は明らかに未完成。
けれど、彼を罰することは誰にも出来ない。
それほどまでに彼の実績は確固たるものだった。
「それでも、です。死体が嫌いなのは変わりませんよ。当たり前でしょう」
彼らの死体がないと我々の対応は遅れる。
けれど、そんなことは好みと関係ない。
「自身の行動を見直してみてはどうですか? そんなんでは、部下から嫌われますよ」
「部下からの信頼ってのは研究に役立つのかい?」
「そりゃ役立つでしょうよ。協力も出来ます」
草次博士は手に持った煙草をゆっくりと吸い、白い息を吐き出した。吐き出された息は天井へと吸われていく。
「それが私より優秀な場合に限るよ。そして、それは有り得ない」
「……変わりませんね」
草次博士は、良くも悪くも自我がしっかりしている。
自身の考えを曲げることは非常に
そんな彼の異常性は、研究結果にも反映されていた。
『指名手配犯、勝木紘彰は現在も逃亡を続けており、現在は東北地方に滞在している可能性が非常に高いです。また、指名手配犯、勝木紘彰と共に頭角を現し始めた『再転生者に人権を与える会』の動きも非常に活発になっています』
喫煙者の暇つぶしのためだろうか。
仕方なく、といった感じで設置された少し小さめなテレビが、もう聞き飽きた話題をまた掘り返す。
「彼らの願いはガラスの様に壊れやすいものだとは思わないかい?」
「……それは貴方の研究結果が正しい場合に限りますよ」
「私の結論は統計を元に構築されている。統計情報が間違っていると?」
そんなことは有り得ない。
念を押す様に、こちらをじっと見る。
確かに現状、草次博士の研究を否定するような決定的な欠陥は見つかっていなかった。
けれど、だからといって絶対的に正しいわけではない。
何か見落としがある可能性だってある。
「それを判断するのは自分ではありません。けれど、俺が信用出来るだけの理論や証拠がなければそれを公には出来ません」
草次の研究はもちろん『転生震度』だけではない。
他にも沢山の結果を出している。
その中でも最悪な研究結果があった。
理論は成り立っていて、統計も博士の理論を肯定している。
だからこそ最悪だった。
その研究結果が正しいのであれば、再転生者と人類の共存はあり得なくなる。
そんな研究結果を簡単に肯定するわけにはいかない。
再転生者は人間を殺さなければ生命活動を続けることが出来ない
草次博士が出した致命的な研究結果。
これを公にすれば、転生庁の正当性は証明される。
けれど、同時に様々なものを失うことになる。
「さっさと公表すればいいじゃないか。私達は正しいんだと」
「中途半端な結論なら容認しますよ。転生震度だって言ってみればゴミみたいなシステムです。あれの信憑性を誰も証明出来ない」
今となっては、当たり前の指標である『転生震度』。
転生庁ではその数値が疑いようもないものだとされているが、その実態は誰も理解していない。
なぜ、再転生者は蘇生するのか。
その蘇生の度合いが来る再転生者によって違うのか。
未だ誰も証明出来ていない。
「けど、再転生者の生命活動に関する研究は違う。あれは人類の方向性を決めかねない」
「良いじゃないか。迷うよりマシだ」
確かに迷っている時間は何も進まない。
積もりに積もった再転生者に関する問題は、一つも解決しないままだ。
けれど――
「――迷う時間も大事ですよ」
「そうかい? でも、不毛なデモに人生を費やすだなんて可哀そうだ。助けてあげるべきだと私は思うけどなぁ」
それが草次博士の本音であることは重々承知している。
ニュースの言う通り、街中で『再転生者と共存』をモットーにしている人間は少ないながらも、どんどんと増えている。
それが指名手配犯、勝木紘彰の登場によってそれが激しくなったのは火を見るよりも明らかであった。
彼らには大前提として『再転生者に害はない』、『彼らも同じ人間だ』などの考えがある。
草次博士の研究結果が明るみになれば、流石に『再転生者と共存』なんて言い出すやつはいなくなるだろう。
「けれど、それは取り返しのつかないことになります」
再転生者の人権を完全に剥奪すれば、もう別の道はない。
やっぱり『殺さなくても生存活動は行えました』とは訂正出来ない。
「良いじゃないか。君だって腐るほど殺しただろう。今更やり直せると?」
「我々老人が未来の可能性を奪うのは良いことではありませんよ。俺はやり直せなくても、誰かがやり直すかもしれない」
「君はまだ三十八だろ。若者さ」
あなたに比べれば若いかもしれない。
けれど、あなたと俺では立場が違う。
研究者のあなたは年齢なんて気にならないかもしれないが、こっちは戦闘員なんだ。
年齢は気になるさ。
「もう老人ですよ。戦闘員としては致命的な年です」
「人類の希望がそんな弱気でどうするんだい」
「弱気にもなりますよ。俺は再転生者じゃない。ただの人なんです」
「そんな弱気なとこが君の強さなのかもしれないな」
背もたれに完全に体を預け、天井を眺める草次博士。
会話が一段落し口を閉じる。
必然、二人しかいない喫煙所にはテレビの音声だけが響いた。
リラックスするために今まで一番深く息を吐いた草次博士。
その後、ゆっくりと口を開いた。
「……小森君の考えた方が理解出来ないわけじゃない。けれど、忘れるなよ」
「……」
言葉に迷っていると、草次博士は煙草の灰を落とす音が聞こえた。
「我々人類は再転生者を尊重することが出来るほど強くない。本当に共存出来るのなら、我々転生庁は黙認されてなどいないさ」
分かっている。
現状、再転生者を殺すことは正当化されているということくらい。
そうでなくては、俺は『人類の希望』だなんて大層な名前で呼ばれていない。
ただの大量殺人犯だ。
「まあでも、例外はある。それを否定する気はないよ」
二本目の煙草を取り出し火を点ける草次博士。
箱を振ると、残り少なくなった煙草が転がる音がする。
「再転生者は何かしらの死亡条件がある。それは人を殺すことで解決出来るものだ。これは間違いない。けれど、別の方法も存在するんだろうな。そうでなくては辻褄が合わない」
「……理解があって助かります」
逃亡した再転生者は過去にも例がある。
その中の一人――とある再転生者は倉庫の端で見つかった。
体操座りの態勢で、じっとうずくまっていた状態で発見されたため、まず初めに調べられたのは再転生者の動向。
倉庫で隠れていた四日間何をしていたのか。
様々な検証が行われたが、倉庫から出た痕跡も見つからず、また何者かが倉庫に入った痕跡も見つからなかった。
――再転生者には人を殺せたタイミングはない。
もちろん能力で全て詐称していた可能性もあるが、物的証拠は殺人を否定した。
この事件が辛うじて草次博士の理性を保たせている。
「冷静に考えればヒカリも人を殺していないんだろうな」
「俺はそう考えています。事実は分かりませんが」
草次博士は、「そうか」と小さく呟き、息を吐く。
白色に染まった吐息は再び天井へと吸われていった。
「小森君の意見は尊重しよう。だが、その代わり頼みがある。勝木紘彰を生け捕りにしてくれ。貴重なサンプルだ」
「……彼は犯罪者ですが、同時に人ですよ。貴方の実験材料じゃない」
「どうせ死刑だ。良いじゃないか、処刑方法が実験だったとしても」
良くないですよ。
相変わらず物騒なことを言う草次博士に呆れてしまう。
「変わりませんね」
「私が変わることは世界の損失だ。私は非情だからこそ、結論を出せる。非情過ぎるなら君が止めろ」
あまりにも高すぎる自信。さらに無責任。
けれど、これがこの人の良さだ。
「頼むよ、人類の希望。君が迷ってちゃ我々は生きていけない」
草次博士の口から飛び出した重い重い称号。
俺の肩に乗っていなければそれでよかったのに。
そんなことを考えていると、草次博士が立ち上がったのが目に入った。
「大仕事を果たすんだろ。期待しているよ」
俺の肩を叩き、喫煙所を後にする草次博士。
バタンと、ガラスの扉が閉まる音が部屋中に響いた。
ヒカリの逃亡から五日。
各地の転生庁支部が我々を受け入れる用意はほぼ完了したらしい。
「……分かってますよ」
天井の換気扇を眺めながら呟く。
明日から我々は本格的に追跡を始める。
――失敗は許されない。
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