47 強大なものに勝つためならば、倫理など気にしていられない

♧horiguti


 普段の生活ではほとんど嗅ぐことのない硝煙の匂い。

 そんな馴染みのない匂いが充満している部屋で私は顔をしかめた。

 鼻をつまんで、目の前に立っている上司を睨む。


「鼻腐ってます?」

「残念だな、お前が少数派だよ。腐っているとしたらお前の鼻だ」

 

 私は、ずいぶんと前から換気扇と消臭剤を設置してくれ、とお願いはしているが一向にその願いが叶う様子はない。


 理由は分かっている。

 私みたいな一般人はそもそもこんな施設利用しないのだ。

 一般人の意見が受け入れられないのも無理はない。


「にしても、嫌な臭いだなあ」

「味があるって言いな。この良さが分からんとはまだまだ子供だな、堀口」

「体壊しますよ。絶対体に良くないでしょ」


 言いたいことは分からないでもないが、賛成は出来ないなぁ、というのが私の本音だった。





 ここは転生庁本部の地下にある射撃訓練場。

 実銃の利用が一般化した我々だからこそ常用することが許されている。

 

 しかし、実際問題、拳銃では再転生者を殺せない。

 拳銃を構えるなんて言う愚行ののち、防御されないなんて有り得ないことだ。


 ならば、必然的にここを利用するのは『ただ銃撃が好きな人』もしくは『センパイの様な狙撃手』に限られるわけだ。

 そこに私は含まれない。 


「それで、調子はどうです?」

「悪くはない。ヒカリがきちんと歩行しているなら外すつもりはないな」

「流石のセンパイでも、流星には当てられない、と」


 残念だなぁ、と肩を落とすふりをする私を睨むセンパイ。

 冗談じゃないですか。怖いですよ、センパイ。


「お前は自分のやるべきことは終わったのか? こんなところで油を売ってる暇なんてないだろ」

「失礼ですね。ただ油を売りに来たわけじゃありませんよ。私だって一応練習しておきたいんです」


 壁に掛けられている中から一番扱いやすそうなものを見繕って、手に取る。

 弾詰まりなどを起こしていないか、マニュアル通り確認した後、人型の的に向かって構えた。


「……思ったより遠いな」

「そりゃそうだろ。いきなり当たる程度のものなら練習にならない」

「にしたって初心者用のスペースがあってもいいとは思いません?」

「適材適所ってやつだ。わざわざ慣れていないやつにスナイパーをさせる必要はない」

「現実的だなぁ」


 とりあえず数発撃ってみるが、まったく見当はずれの場所に弾丸は着弾。当たる気配がなかった。


 あー、これ照準通りに飛んでないわ。

 銃が悪いわ、銃が。


 そう思った私が、違う拳銃にしようと体から力を抜くと笑い声が耳に入った。


「……なんか文句でもあります?」

「案外諦めるの早いんだなと思ってな。良いのか? そんなすぐ諦めてたら上達するもんもしないぞ」

「適材適所ってセンパイが言ったんじゃないですか。これは私には向いてなかったみたいです」


 隣に百発百中の人間がいると、自分が普通であっても劣等感を感じるというのは仕方のないことだ。


 自分を適当な理論で納得させて、拳銃を元の位置に戻す。

 その途中、自分の後方を誰かが通過するのを気付いた。


「仲がいいというのは、良いことだ」

「珍しいですね、草次くさつぐ博士。こんなとこまで何か用ですか?」


 いきなり現れた白衣を着た中年の男性には見覚えがあった。

 草次総司くさつぐそうじだ。


 転生庁研究部門の事実上トップ。

 処理する気のない伸びた髭がチャームポイントらしいが、私は気に入っていない。

 

「いや、一段落ついたから息抜きもかねて顔を見せに来ただけさ」

「どうです? 何か成果は得られましたか?」


 センパイが敬語を使う数少ない人間だ。

 完全に部署が違うため、上下関係はないに等しいのだが、それだけの権威が悔しいが草次にはあった。


「いいや、残念ながら」


 首を振って否定する草次。


「小森君があれだけ綺麗な状態で死体にしてくれたのにも関わらず、何も分からなかったよ。申し訳ないね。いくら解剖しても、やはり普通の人間との差異は見られなかった」


 彼らの仕事は主に再転生者の原理の解析。

 最大の功績は『転生震度』の発見だろうか。


 『転生震度』発見以前は、再転生者がこちらに来てもすぐに把握することが出来なかった。

 現在の迅速な対応は草次のお陰と言って相違ないだろう。


「どうだい? 今度は生け捕りに挑戦してみないかい?」

「それは無理な相談ですよ、草次博士」


 しかし、彼が凄い人だからといって尊敬の対象になるかというのは別。 

 私は彼のことがどうしても好きになれなかった。


「君には大層な呼び名がついてるじゃないか。その名に見合う大仕事を頼むよ」

「俺には重すぎる称号です。今すぐにでも返品したいですよ」


 談笑するセンパイと草次。

 それに水を差すべきではないというのは理解していたが、どうしても看過出来ない言葉があった。 


「ちょっと待ってください。じゃあ、なんであいつら能力使えるんですか?」


 人間との差異がないのなら、彼らが能力を使える説明が出来ない。


「それが分からないって話なんだよ、堀口君。彼ら再転生者は人間と何ら変わらない構造をしている。もしかしたら、能力の源みたいなものは死ぬと同時に失うのかもしれない」


「そんなことあります? 死亡すると空気に溶ける、みたいなことですよね? そんなの現実的な考えてあり得ないと思うんですけど」


「どうだろうね。世界には魂には重量があると信じる者もいる。実際にそういうデータも出ているんじゃなかったかな。一概に否定できるものではないと思うよ」


 魂の重さは21グラムとする研究者もいる。

 それは知っているが、私は信じていない。

 そもそもあれだけ大規模な外部干渉能力がパッと消えるとは思えなかった。

 

「にしたって、にわかには信じがたいですね」

「まあ、そうだろうさ。ただ、相手は未知の生物だ。我々の常識が通用する相手とは限らない」


 言いながら、せっかくここに来たのだから、と草次は実銃を手に取る。

 カチャカチャと、慣れない手つきで拳銃を弄る音が、部屋に響いた。


「その他の可能性はないんです? 草次博士」

「良いことをきくね、小森君」


 まるで教壇で授業をする教師の様な事を言う草次。

 持っているものが拳銃ではなく、指示棒であったなら、理科の教師にでも勘違いしたかもしれない。


「当たり前だけど、その他の可能性は存在する。だけど、それはさっき話した理論より突拍子のないものだ。まあ、だからこそ私はそうであってほしいと思うけどね」

「どういう可能性です?」


 私がさらに掘り下げると、草次は心底嬉しそうに笑った。

 そして、続ける。



「再転生者は人間とそもそも同じものだ、という可能性さ」



 あまりに意味の分からない言葉に唖然とする。

 もう一度聞き返そうとも思ったが、どうせ聞き間違いではないだろうと、諦めることにした。


「……本当に突拍子のないアイデアですね。じゃあ、私達はもしかしたら能力が使えるかもしれないってことですか?」

「そういうことだ。歴史上にもたまにいるじゃないか。能力を使えるとしか思えないような超人達が」


 照準を近くの的に合わせながら応答する草次。

 本職ではないため、やはり動作にキレがない。


 多分、私の方が上手いだろう。

 そう思いながら、眺めていると数秒の後、空薬莢が地面とぶつかる音とほぼ同時に、弾丸は的に着弾した。


「お、当たった。私にも能力が使えるのかもしれないね」

「そういう話じゃないと思うんですけど……」


 ツッコミありがとう、と茶化しながら草次は私に笑いかけた。

 その後、求められていた答えを話し始める。


「まあ、真面目な話をすると相当可能性は低いだろうね。もし、本当に彼ら再転生者と我々が同じ生物なら、世界はもっと風変りしているさ。人類が転生事変並みの災害を起こしていたに違いない。けれど、現実はそうなっていない」


 ならば、再転生者と人間はやはり別の生物なのだよ、と草次は言う。


「そもそも人類と再転生者が全く同じものなら転生震度など測れないしな」


 転生震度の測定には再転生者が使われる。

 これは比喩表現などではない。


「……あの測定方法は、転生震度の数値を公に出来ない理由の一端を確実に担ってますよ」


 センパイの言葉に完全同意である。

 転生震度の測定方法はあまりにも趣味が悪い。

 転生震度の測定に利用されるのは『再転生者の死体』。



 彼らは



「死体と一緒に寝てた甲斐があったよ。そうでなくては気付けなかった」


 楽しそうに話す草次。

 その言葉を聞いてやはり分かり合えないな、と確信した。


 死体に電極を繋げ、帰ってくる信号の強さで転生震度を測定する。

 あまりにも非人道的な行為。


 草次にとっては結果が全てなのだろうが、私はそうではない。

 再転生者を殺すことに躊躇はない。それは確か。

 

 けれど、彼らの死を冒涜する行為は別だ。


「……イカれてますよ」

「誉め言葉として受け取っておこう、堀口君」


 随分と音が反響する部屋だ。

 皮肉交じりの草次の言葉を聞きながらそんなことを思った。


「誉め言葉ですよ。私にそんなことは出来ない」


 それが世間的に正しいかどうかなんて些細なことだ。

 彼が結果を出しているのなら、それでいい。


 出口の扉に手をかけながら、草次はセンパイの方へ振り返る。


「そうだ。小森君」

「なんです?」

「話があるから喫煙所で待っている。ゆっくり吸っているからあとで来たまえ」

「ここでは出来ないんですか?」


 センパイの言葉を草次が笑った。

 おい、常識人を笑うな。おかしいのはお前だぞ、草次。


「戦場に慣れきってるようだな。ここは、話をする場じゃないさ。 君と私の仲だ。戦場に出るというのに話をしないままではしこりも残る」


 ごめんなさい。おかしいのはセンパイかもしれません。


「片付けが終わったら行きます」


 銃の分解を始めたセンパイを見ながら思う。


 君と私の仲ってなんですか?

 センパイに知らない面があるの私嫌ですよ?


 ほぼ間違いなく杞憂である心配を心のうちに抱えながら、射撃場を出た。


 え? センパイって常識人ですよね?

 草次と共通点あるの私嫌ですよ。

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