46 大掛かりな作戦が失敗した後は、何をするにもやる気が出ない

♧horiguti



 思わず願い事を唱えてしまうくらいには綺麗な流れ星だった。


 その美しさは、周囲で鳴っているサイレンの音を忘れてしまうほど。

 殺すべき相手であるはずなのに、ただただ圧倒された。


 綺麗な軌跡がずっと飛行機雲の様に残り、空に線を描く。

 ずっと残る軌跡に同じ願いを三回唱えろと言われているような気になって、思わず両手を合わせた。



 ――貴方を殺せますように。



 流れ星が滅びる様にと、流れ星に願う。

 あまりに矛盾した願いに思わず笑みがこぼれるが、神頼みするくらいには絶望的な状況。


『作戦は失敗。順次帰還せよ』


 センパイからの連絡で、確信する。

 やつはやはり我々の手に負えるものではなかった、と。


 先程までしっかりと閉まっていた窓は完全に開け放たれ、風でカーテンがたなびいているのが外からでも分かった。


「人が耐えれる飛行方法だったのかぁ……」


 再転生者が飛行して逃亡する、というのは想定の範囲内だった。

 けれど奴にはハンデがあった。


 勝木紘彰とかいう頭のおかしな男だ。

 見捨てて逃げる可能性も考慮していたが、それならそれで良かった。

 残った人間を捕えることが最大の功績になるはずであった。


「ずるいなぁ……」


 けれど、現実は残酷だ。

 満を持して突撃した我々は、何の成果も得られなかった。


「絶対殺す!」


 流れ星を指差して、大声で叫ぶ。

 体に溜まったストレスが声と共に吐き出された気がした。



 ◇◆◇




 ストレスがある程度軽減されたとしても、それで現実が変わるわけではない。


 ため息を吐いて現実とにらめっこを始める。

 気は乗らないが、そうでもしないと状況は好転しない。


 私の今日の仕事場は取調室。

 普段は一切利用されることはない部屋だ。

 

 出番が来ない理由は様々考えられるが、最大の理由は『事情聴取したい相手が既に死んでいる』ことが多いからだろう。

 再転生者を生け捕りだなんて烏滸おこがましい。


「知ってる? 彼ら今指名手配犯になってるんだよ?」


 そんな普段使われない部屋に私がいる。

 つまり、珍しく事情聴取が必要な相手がいるということだ。


「……」

 

 しかし、相手から返答はない。

 暇になって、部屋を見回す。


 随分と狭い部屋だ。

 特に遊び心のない小さな部屋の中央に机と椅子が二つ。


 ただそれだけ。

 あまりに簡素な部屋過ぎて、もっと力を入れろよと文句の一つでも言いたくなる。

 

「つれないね。せっかく彼らの新しい情報でも教えてあげようと思ったのに」

 

 これは別にカマをかけているわけではない。

 実際に再転生者の動向は転生庁まで届いていた。

 

「馬鹿ってのは時には役に立つもんだね」


 何でも呟いてしまう馬鹿達のお陰で、『ヒカリ』の情報は逐一私達のもとに届く。

 SNSってのは便利だ。

 やつらのあまりにもインスタ映えする移動方法を、馬鹿共が投稿しないわけがなかった。


「SNSってのは便利だね。連絡を取らなくたって彼らの安否を知れる。それはあなたにとっても良い事なんじゃない?」


 正直、これは転生庁にとっては嬉しい誤算だった。


 再転生者の正確な位置までは把握出来ない転生庁にとって、場所が分かるというのは大きな追い風。

 彼らが転生庁の警戒していない場所で災害を起こす可能性は限りなく低い、というわけだ。


「でも、そもそもなんで逃げたんだろうね」


 私は未だに、彼女らの行動に納得がいっていなかった。

 こちらは、命がけで出撃したのだ。

 それなのに、彼らはこちらにはなんの干渉もせずにただ逃げた。


 助かったのはこちらだ。

 分かっている。

 ヒカリが全力で迎撃すれば無事で済むわけがない。


「……けど、肩透かし感は否めないよねぇ」


 なにがしたいのか。

 能力が使えなかったため、逃亡。であれば理解も及ぶ。


 けれど、あの逃亡を見るに再転生者が能力を使用できない状態にあったというのは考えられない。


「なにか人に使えない理由があるのかなぁ」


 独り言のように目の前の男性に語りかける。

 反応を待つために口を閉じてみるが、特に返答はない。


「君が一緒に逃げなかったのと関係してるの?」


 またしても男からの返事はない。

 難しいな。事情聴取って。


「ここに来てからはずいぶんと無口だね。ついてくるときはあんなにも従順だったのに」

「……いや、なんて答えようかなと思ってね」


 肘をついて、ゆっくりとこちらを向く男。

 事情聴取されているとは思えない気怠さである。


「お、やっと口を開いてくれた。なんて答えてくれてもいいよ。実は私たちの部署でこんなことになったのは初めてだからね。慣れてないんだ」 


「んじゃ、新しい情報の一つでも教えてくれよ」


 情報はたくさんある。

 せっかくだから、その中でも重要なものを教えてあげよう。


「んじゃ、重要な情報を一つ。あの再転生者の個体名は【ヒカリ】に決まったよ。あれほど綺麗な流星を見せつけられたらそれに関する名前をつけざるを得ないよね」


 大規模な災害には特定の名前が付けられるように、再転生者にも一定以上の脅威が認められると個体名が付けられる。

 誰にでも分かるように彼らの能力に関した名前をつけるのが通説だ。


「ヒカリ、ね。あまりに安直なネーミングセンスだな。転生庁にはセンスがある人間はいないのか?」


「一般人に分かりやすいってのが優先なの。無駄に凝った名前つけて誰か判別できなかったら本末転倒でしょ?」


「確かに。そういえば昔いた再転生者もスノーマンって名前だったか。往々にして単純なもんならそれでいいかもな。実際、あいつにぴったりだ」


 スノーマンとは懐かしい名前が出た。

 数少ない名前付きの再転生者だ。


 彼が砂漠を氷河にした影響は未だなくなっていない。

 水のない地域に水を生み出したと言えば聞こえはいいが、やっていることは環境破壊である。


「それで、話す気にはなった?」

「……そうはいってもなぁ。別に俺はお前達以上の情報を持ってないと思うぞ。なんせ、そのヒカリとは今日初めて会ったんだ。転生庁は長い時間かけてヒカリの正体を突き止めたんだろ? むしろお前達の方が情報を持ってるんじゃないか?」


 肩を落として首を振る佐多。

 しかし、それを鵜呑みにして帰すわけにはいかない。


「それを証明するものは?」

「そいつは難しいな。悪魔の証明ってやつじゃないか? 会った事実を証明するならまだしも、その逆を証明するなんて一般人には不可能だ」

「そうは言われてもこっちだって仕事でやってるからね。君の発言をただ鵜呑みにするわけにはいかないのさ」


 佐多の言い分は正しい。

 やったことを証明するのは簡単でも、やっていないことを証明するのは難しい。

 そんなことはこちらも分かっている。

 

「それで、一体いつになったら俺は解放されるんだ? 残念ながら俺は無実だぞ」

「それは上が判断することだね。まあ、そこまで不自由することはないだろうから、楽しんでいってよ」

「……まあ、貴重な経験だからな」


 これ以上、彼から聞き出せる情報はないだろう。

 そう結論付け、尋問室を後にしようとすると、「早く出れるように上に交渉しといてくれ」と生意気なセリフが耳に入った。



 ◇



 結局、大した情報を得ることは出来なかった。

 掴みどころのない人間だ、というのが私の正直な感想である。


「にしたって一緒に逃げなかったのは謎だよなぁ」


 デスクに突っ伏しながら呟く。

 あの時間まで一緒にいたのなら、私たちにただ捕まえられるのを待つという選択肢を取る理由はないような気がする、というのが私の考えだ。


「まあ、でも逃亡生活をするっていうのもリスクが高いか」

 

 再転生者と共に逃亡をするというのは普通の生活を捨てるということと等しい。さすがに一般人が軽々しく背負えるものではないというのは事実だ。


 しかし、そうなると再び疑問が上がってくる。

 佐多にその覚悟がないのだとしたら、なぜあの時あそこにいた? 

 何か目的があった?


 考えても答えは出てこない。

 面倒になった私は、隣にいる優秀な人間に頼ることにした。

 

「どう思います、センパイ」

「あまりにも脈絡がないなとは自分で思わなかったか、堀口」

「常識的に考えてあの再転生者の事でしょう? 今話題沸騰中の個体名【ヒカリ】ですよ」

「……まあ、想像以上に速かった、というのが素直な感想だな。こちらが勝手につけたものではあるがヒカリという大層な名前に負けない速さだったよ」

「まるで流れ星みたいでしたもんね。ちゃんと願いかけました?」


 私の質問にセンパイは苦笑いを見せる。

 もうちょっと隠すように苦笑い出来ません?


「殺してやろうって相手に向かって祈るなんて、あまりにも不敬だな。なんて祈ったんだ?」

「そりゃ、お前を殺してやるって祈るに決まってるじゃないですか」

「そいつは叶いそうか?」

「さあ、どうでしょうね。それはセンパイ次第みたいなとこもあるでしょ」


 目途の立たない『ヒカリ』討伐。

 そのキーとなるのがセンパイであることは疑いようもなかった。

 

「安心しろ。どうせいつか奴らは失速するさ。」

「失速? それなんか根拠あるんですか」

「そりゃお前が考えることだ。すぐに答えを教えちゃ面白くないだろ」

「それ誤魔化すときに使う常套手段ですよ。本当に根拠あります?」

「じきにわかるさ。さっさと仕事に戻れ」


 言いながら小森は部屋を後にする。

 小森の発言の意味が分からず、堀口は首を傾げた。

 

「じきに分かるって、本当ですか? 私にはあの怪物が捕まるビジョンが見えないんですけど……」


 適当なこと言ってごまかそうとしてません?


 



 


 

 


 


 

 

 


 


 

 

 



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