そしてゆっくりと世界は変わっていく

45 陰謀論者はどこにでも湧く

♤hiroaki


 どうやら、俺達が不時着したのは北海道のようだった。

 南に下るだけで、日本一周ができるというあまりに完璧な土地。

 今から旅行を始める、という頭のおかしな俺達にとっては最適だった。


「これうまいよ、紘彰」

「高かったんだから不味いわけないだろ」

「いや、分かんないよー? もしかしたらってこともあるし」

「あったとしても、こういう飲食店でそういうこと言うのは失礼にあたるだろ。もっと場をわきまえろ」


 はいはーい、と適当に返事をした後、食事を再開するディルナ。

 こいつには危機感というものがないらしい。

 相変わらずのディルナから視線を離し、店内を見回す。




 大盛況中のここは北海道では有名な海鮮丼店。

 あくまで有名というのはネットの情報だ。本当に有名かどうかは知らない。


 ただ、人の入りを見るとその情報は正しいらしい。

 普段なら人が多い、というのはあまり気分の良いものではないが、出来るだけ目立ちたくない今は、正直ありがたかった。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 ディルナと同じものが遅れて配膳される。

 様々な海鮮が乗せられた豪華な海鮮丼は、想像以上の安さだった。


「あ、そうだ。ちょっと紘彰のやつ貸してよ」

「は? 同じの頼んだだろ。どういう意味だ」

「写真撮りたいな、って思って。せっかくだしね」

「あー、まあそれなら良いけどさ」

  

 ディルナはスマホを取り出して、まだ手のついていない俺の海鮮丼の写真を撮る。

 その手慣れた様子はつい最近スマホという文化を知った人間とは思えない。


「サンキュ」

「ほんと文明の利器に慣れるのはやいよな」


 ディルナから海鮮丼を受け取りながら、正直な感想を漏らす。


「そりゃ、一度異世界を体験してるからね。こんなので戸惑っていられないよ」

「まあ、そりゃそうか」


 顔を隠すために購入したマスクを下げ、箸を持つ。

 サングラス越しに見る料理はいつもよりおいしくなさそうに見えた。


「うま」


 けれど、サングラスをかけているなんて些細な事は本当に美味しい料理の前では関係ないようだ。

 海鮮丼なんて、ほとんど食べたことがないため比較は出来ないが、これがおいしいというのは間違いなかった。


「これが産地直送ってやつだよね。大人たちが無駄に連呼するだけあって凄いじゃん」

「難しい単語を知ってるんだな」

「まあ、別に私頭悪いわけじゃないからね。能力を使うのだって頭使うし」

「そういうもんなのか」


 全く共感は出来ないが、とりあえず相槌を打っておく。

 いつか、ディルナのこういった会話を理解できるようになるのだろうか、なんて考えながら、食事を再開した。

 そんな時だった。

 

『指名手配犯、勝木紘彰のせいでデモ団体の動きが活発化しているという話もありますが――』


 急に自分の名前が聞こえてきて肩が震える。

 テレビを見ると昼のワイドショーが映っていた。


「ずっと同じニュースやってるね。流石にインパクトが大きかったのかな」

「……まあ、前例がないからな」


 再転生者と共に逃走、なんて聞いたことがない。

 そもそも再転生者がいなかった頃でさえ、死刑囚と共に逃走なんてことは、ほとんどなかったはずだ。

 

『一刻も早い勝木紘彰の確保を願う声が増えると共に、一部では勝木紘彰が英雄視されているという実態もあります』


「英雄視だって。凄いね」

「犯罪者を英雄視するなんて頭おかしい団体に決まってる。さっさと食べて出るぞ」

「冷めてるねー。私の尊敬する人は、こういった団体も間違ってないって言ってたけどね」

「尊敬する人? お前にもそんな人間がいたのか」

「そりゃ、一人や二人くらいいるよ。当たり前でしょ」


 再転生者について知っているということは、ディルナの尊敬する人はこちらの世界の人間ということになる。

 俺ではないだろうし、誰だろうか。

 

『英雄視なんて何考えてんだ、って話だよ。まぁ、犯罪者に憧れる若年層ってのはいつの時代もいるからね。仕方ないかもしれないが、善悪の区別はきちんと出来ないとこの先、生きていけなくなるよ?』


 出演者の中でも比較的年を重ねているコメンテーターの言葉が耳に入ってきた。


「なんか無茶苦茶馬鹿にされてるよ」

「悔しいけど結局、世論は彼側だよ。じゃなきゃ指名手配犯になんてなってない」


 こうやって顔を隠す必要もない。

 肩身の狭い思いをしているということは、つまりはそういうことなのだ。


『まあ、なんにせよさっさと捕まってほしいですね。安心して外出も出来ない。転生庁の腕の見せ所ですよ、ホントに』


 次のコーナーの時間が来たのか、司会者はそんなことを言って議題を終わらせた。

 目の前の海鮮丼もあと少しでなくなるといったところ。

 ディルナも丁度食べ終わったようだった。


「ありがとうございましたー」


 お礼の言葉を聞きながら店外に出る。

 どこへ向かおうかと周囲を見回していると、ディルナがスマホを取り出しているのが目に入った。

 

「何やってんだ」

「旅の記録を取るって言ったでしょ。店の外観を撮ってるの」

「律儀だな……」


 どうせ、すぐ面倒になってやめるだろ、と思いはしたが、楽しんでいるディルナにそんなことを言うのは無粋だ。

 口をつぐんでいることにした。


 スマホを横に構えてぶつぶつと呟くディルナ。

 『人類の敵』とかいう大層な名前をつけられた人間の姿とは思えない。


 世間の認識とかけ離れた実態を眺めていると、大きな声が耳に入った。


「「「反対ー!」」」

「……なんだ?」


「再転生者は同じ人間だ。再転生者にも人権を」と書かれたプラカードを持った団体が駅の前で騒いでいる。

 周囲から白い目で見られているというのにご苦労なことだ。


「さっきのニュースの通りだよ。あれでしょ。デモ団体」

「……嘘じゃないんだな」


 デモ団体の煙たがられ方を見るに、大多数の人間は彼らのことをよく思っていないのだろう。

 けれど、実際に存在しているのを見ると急に現実感が増す。


「嘘ついてどうするのさ。誰に得があるのか」

「さあな。そんなものは知らん」


 どこに大人の悪巧みが潜んでいるか分からない。俺達を肯定することによって何かムーブメントを起こすことだって出来るかもしれないのだ。


「「「再転生者に人権を!」」」


 彼らは引き続きプラカードを掲げ、自分達の理想を叫ぶ。

 思ったよりも俺達は注目されているのかもしれない、そんなことを思った。


 

 

 

 

 

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