44 背水になれば行動力は高くなる

 体中が悲鳴を上げている。

 こんなにもしっかり怪我をしたのは何年ぶりだろうか。

 なんにせよ、快適な空の旅は不幸なことに不時着によって終わることとなった。


「いやー、流石におんぶしながらは難しかったわ」


 何の悪びれもなく頭をかいているのはディルナ。

 いつもなら喝を入れているところだが、今はそんな元気もない。

 

「……とりあえず宿を探そう。疲れたわ」


 自分で飛んだわけではないのに満身創痍である。着地したのが森で良かった。

 コンクリートだと即死していたかもしれない。


「そうはいっても近くの宿なんてどうやって探すのさ」

「自分で調べればいいじゃねえか。さすがに圏外じゃないだろ」

「あ、そっか。私にはスマホっていう文明の利器があるんだった。任せてマップだね」

 

 楽しそうにスマホを眺めるディルナは見た感じ傷一つない。

 さすが再転生者、といったところか。


「見つかったか?」

「任せて、ついてきな」


 偉そうに手招きするバカに向かって文句を言ってやりたかったが、そんな気力もない。

 地上で年下の女性におんぶしてもらうわけにもいかないし、ここでスタミナを消費するのは愚の骨頂というものだろう。


「……出来るだけ近くのやつを頼む」


 木々の間から差し込んでくる月の光を一身に受けながら歩いていく。ずいぶんと長く飛んでいた気がしたが、まだきちんと夜らしい。

 手持ちは足りるだろうか、もう既に指名手配犯として顔写真は回ってないだろうか。次々と不安なことは浮かんでくるが、とりあえず柔らかいベッドで眠りたい。

 それだけが頭の中をぐるぐると回っていた。



 ◇



 目覚めると目に入ったのは知らない天井だった。

 いや、知ってる天井だ。


「そっか、家じゃないのか」


 時計を見ると、もう夕方だった。

 ずいぶんと長い間眠っていたようだ。

 

 隣り合って並べられているベッドの片割れを見るとぐっすりと眠っているディルナがいる。


 あれほど長い距離を飛行していたのだから当然か。

 なんて一生理解することのできないであろう痛みをなんとなく想像してみる。

 

 結局、俺たちが不時着したのは山奥のキャンプ地だった。

 本当に人里離れていてよかったと思う。落下地点に人がいれば確実に粉々になっていた。無関係の人間を殺したとなれば無実を主張できなくなる。


 考え事をしながら、自身の体調が悪いことに気が付いた。


「……流石に疲労が溜まってるか」


 正直、ここ最近休息という休息をとっていなかった。

 楽しくはあったが、それは休息とは別。

 

 ディルナという異分子に慣れるのに必死で、メンタルも安定していなかったように思う。


 筋肉痛になっている体をいたわっていると、唸り声が耳に入った。

 どうやら、居候が目を覚ましたようだ。


「おはよう、ディルナ」

「……おはよう」


 瞼をこすりながらゆっくりと体を起こす少女が一人。


「どうだ、気分は」

「これは良い布団だね。ずいぶんと寝心地が良かったよ」

「そうか、ならよかった」


 疲労困憊こんぱいの俺達に宿をえり好みするような余裕はなかった。

 満足していただけたならなによりだ。


「テレビ、テレビー」


 目覚めるや否やホテルのリモコンを探し始めるディルナ。

 ホテルのテレビなんて暇つぶしにしかならないが、何もないよりはましかもしれない。


「そこあるぞ」

「サンキュ。なんか良いのやってないかなぁ」


 ディルナは呟きながら、テレビの電源を入れる。


「ところで、これからどうするの? ノープランで逃げてきたわけだけど」

「全部助けるんだろ? なら、実体に触れなくちゃ意味がない。貯金が尽きるまで旅でもしようぜ。もしなくなったらその時は旅のエッセイでも書くさ」


 とりあえず、貯金が尽きるまでは色々な場所を旅してみよう。

 後悔は全て終わってからすればいい。

 どうせ、この旅は有名になる。日記にでもしてブログに掲載すれば生活に不自由はしないはずだ。


「ずいぶんと楽観的だね」

「お前に影響を受けたのかもな」


 相変わらず楽しそうに笑うディルナを見る。確かに昔よりもずいぶんと楽観的になっているかもしれない。

 良くないな、と思いつつも満足している自分がいた。


「んじゃ、まずは近くを回ろうよ! 旅行したかったんだよね。私が昔いたころとはずいぶんと様変わりしているだろうし」

「だな」

 

 自由気ままに自分探しの旅。

 そんなのも悪くないかもしれない。


 そんなことを考えていた時だった。

 あー! というディルナの大きな声が耳に入る。


「……どうした?」

「見て!」


 テレビの方を指差すディルナ。

 画面上には見知った顔が映っていた。



「紘彰じゃん!」



 『指名手配犯 勝木紘彰』という文字と共に表示されているのは俺の顔写真。


「は?」


 一瞬、意味が分からず口を開けたまま、放心状態になる。

 けれど、アナウンサーの『再転生者≪ヒカリ≫と共に逃亡した……』という放送で状況に頭が追いついた。


「……あー、そうか。そういう感じね」

「大罪人だって! やったじゃん!」

「いや、実感ないだろ……。流石に」


 まさかここまで早くこの状況になるとは思わなかった。

 家まで転生庁が来ていたのだから、当然といえば当然。

 けれど、まさかこんなに早いとは。


「まー、でも吹っ切れたんじゃない? なんか紘彰悩んでばかりだったし」

「……まあ、そうだな。これで全力で旅行を楽しめる」


 確かに、これで俺を縛っていたものはなくなったといってもいい。

 どうせ戻る場所などないのだから最後まで突き進め、ということだろう。


「じゃあ、行くか」

「おっけー。長い旅の始まりだね!」


 どうやら俺は公に指名手配犯になったらしい。

 話が飛躍しすぎて、思わず笑ってしまう。

 

「あぁ、長い旅の始まりだ」


 きっと後戻りはもう出来ない。



 


 

 

 

 


 


 


 


 

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